25話:『天水公園』の穢れ憑き①

 『天水公園』の濁った水から、穢れ憑きけがれつきが姿を現した。

 ウネウネと不定形に動くその姿はまるで巨大なアメーバの様であり、「頭」と言っていいのか微妙なところだが、一番高い部分は優に4メートルを越えている。

 全身に濁ったヘドロを纏っており、その穢れ憑きけがれつきを目の前にした杞憂きゆうの背筋がゾッと凍る。


(コレは……昔よく感じていた感覚だ。俺によく“悪さ”をしていた奴等と同じ類の……ッ!!)


 正直言って油断していた。

 近頃逢う『あやかし』は愛嬌があるというか、怖い感じが全くしないので緊張感を失っていたのは事実。

 久方ぶりに感じた「恐れ」に杞憂きゆうの魂が震え、そんな彼の背後から声がかかる。


「杞憂っち、すぐに湿地から出るんだ!!」


 ハッと我に返り。

 薬屋:貞明ていめいの言葉で湿地を出ようとするも、泥濘ぬかるみが酷くて足取りが重い。


 それを“好機”とでも捉えたのか。

 穢れ憑きけがれつきがウネウネと動き、身体に纏ったヘドロを飛ばしてきた!!


(くッ!!)


 逃げようが無い。

 咄嗟に腕で顔を庇う――その杞憂きゆうの頭を踏み台に。

 狐の美少年:琥珀こはくが、空中で縦に一回転。



 尻尾でヘドロを叩き落とすバチンッ!!



 ものの見事に杞憂きゆうへのヘドロ直撃を防いだものの。

 遊歩道へ着地した琥珀こはくは、無残にも汚れた尻尾を見て苦々しく顔をしかめる。


「うへぇ~、ヘドロで尻尾がドロドロだ。最悪」


「琥珀っち、帰ったら僕が洗ってあげるよ」とウキウキで貞明ていめいが声を掛けるも。


「薬屋は必要無い。杞憂きゆうに洗わせる」


「えぇ~? なんか杞憂きゆうっちだけズルくない? 僕のことも優遇して欲しんだけど」


杞憂コイツを守ったせいで尻尾が汚れたんだ。杞憂きゆうに洗わせるのが当然だろ」


「むむっ、そういう理屈か。だったら――」


 ここで貞明ていめいは足元の小石を拾い、それを穢れ憑きけがれつきに投げつけた。

 結果は「ベチャっ」とヘドロの身体に小石が入っただけだが、貞明ていめいは意気揚々と大声を上げる。


「おい穢れ憑きけがれつきッ、今度は僕を狙ってみろ!! それともやり返す根性も無いのか!? その身体みたいに根性までねじ曲がったのか!?」


 煽り耐性が低い、という訳でもないのだろうが。

 貞明ていめいの要望通り、今度は穢れ憑きけがれつきが彼目掛けてヘドロを投げる!!


「さぁ琥珀こはくっち、今度は僕を守ってその尻尾を汚しぶへッ!?」


 コントロールは抜群。

 穢れ憑きけがれつきが投げたヘドロは、撃ち落とされること無く貞明ていめいに命中した。


「ぶはッ、ごほッ、げほッ……うげぇ、くっさぁ。ちょっと琥珀こはくっちッ、何で叩き落としてくれないの!?」


「馬鹿かお前? 自分から当たりに行くやつを助ける訳ないだろ」


「むむっ、それは正論が過ぎるね」


 などと一人納得する貞明ていめいを、杞憂きゆうが放っておくにも限界はある。

 茶番を繰り広げている貞明ていめいよりも、杞憂きゆうは更に穢れ憑きけがれつきに近い位置に居るのだ。


 この会話の間もヘドロが飛んできて、それを琥珀こはくが尻尾で撃ち落としている。

 彼が居なかったら、杞憂きゆうはとっくに身動きが取れなくなっていただろう。


「おい貞明ていめい、この穢れ憑きけがれつきはどうすればいいんだ? まさか何の策も無しに俺達を連れて来た訳じゃないだろう?」


「勿論、一応それなりの対抗手段は持って来てるよ。と言っても、身体を動かすのはボクの領域じゃないからね」


 言って、貞明ていめいはポケットをゴソゴソと漁り、紙に包まれた丸い玉を取り出した。

 直径1センチほどの小さな玉で、それをヒョイとに宙に投げ、杞憂きゆうが受け取る。


「この玉は何だ?」


「僕お手製の対:穢れ憑きけがれつき用の丸薬だよ。それを穢れ憑きけがれつきに飲ませると、憑りついた穢れけがれが霧散して正気に戻る筈だ」


穢れ憑きけがれつきに飲ませるって……何処が口かもわからないぞ? そもそもアイツに口があるのか?」


「それは大丈夫。見た目はあんな感じでも中身は『あやかし』だからね。必ず何処かに本体が居て、そこには顔も口もある筈だ」


「そうか。しかしどうやって本体の『あやかし』を見つけ出せばいい?」


「そこはまぁ、気合で何とか? とにかくファイト!!」


「くっ、役に立つのか立たないのかわかんねーな……ッ」


 いや、間違いなく役には立っているが、それと同じくらい残念な言動が目立つ。

 期待通りに期待を裏切ってくれると言うか、何とも喰えない男なのは間違いない。


琥珀こはくっち、そういう訳だから杞憂きゆうっちをサポートしてあげて」


「お前の命令っていうのが気に喰わないけど、白蛇様の為に仕方なくやってやる。――けどッ」

 

 尻尾でヘドロを叩き落とすバチンッ!!


 今日何度目かのヘドロを防ぎ。

 杞憂きゆうの肩に着地した琥珀こはくが、ポンポンと杞憂きゆうの頭を叩く。


穢れ憑きけがれつきに薬を飲ませるなら、杞憂コイツよりもボクがやった方がよくないか?」


「いや、それは駄目だよ。一番動ける琥珀こはくっちは僕等の切り札だ。穢れ憑きけがれつきの口が何処にあるか把握出来ているならともかく、そうじゃないと“もしもの時”のリスクが大き過ぎる。一番失っちゃいけない戦力は琥珀こはくっちだから、“偵察”は下っ端に任せておけばいい」


(下っ端って……)


 随分な言われようだが、杞憂きゆうとしても彼の大まかな考え方に文句はない。

 そりゃあ琥珀こはく一人で全てが済むなら話が速いが、そうとは限らない以上「切り札」はなるべく温存しておく方が良いだろう。


「おい杞憂きゆう、そういうことらしいけど大丈夫か?」


「ん~、まぁそれで行くしかないみたいだしね。貞明ていめいが動けるなら“下っ端”は二人になるけど……」


 チラリ。

 視線を送るも、貞明ていめいはヒョイと肩を竦める。


「僕ってば顔と頭は良いけど、身体能力の方は残念な感じなんだよねぇ。もう、神様ってば意地悪なんだから~。杞憂きゆうっちもそう思わない?」


「………………(ま、別に期待してないからいいけどさ)」


 丸薬をくれただけで十分だと、今はそう思っておく他ない。

 ともあれ、防御一辺倒始まった穢れ憑きけがれつきとの邂逅かいこうも、ようやく杞憂きゆう達に反撃の狼煙が上がった。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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