16話:『薬屋:蓬莱亭《ほうらいてい》』

「コレ、割と美味しいぞす(火)」

「ぼくも割と好きぞす(水)」

「あとで草の雫にもあげるぞす~(雷)」


 何とか食べれるモノに仕上がった(?)クッキーを雫達は気に入ってくれたみたいだが、杞憂きゆうが自分で口にしてみても到底「合格点」には程遠い。

 そもそも約束したのはメロンパンであり、期待させた結果がコレでは琥珀こはくに申し訳なく、彼はただただ謝ることしか出来ない。


「ゴメン、琥珀こはく君。やっぱり作り方が調べられないと難しくて」


 言い訳しつつ、作務衣のポケットから取り出したスマホ。

 そのバッテリーは残り25%。

 ここには雷の雫がいるので、充電ケーブルさえあれば充電も可能かもしれないが、ネット環境が無ければレシピを見ることも出来ず、如何に現代人がネットに頼っていたのかを思い知らされる。


 が、そんなことは琥珀こはくに関係が無く、彼はムスッとした表情で告げる。


「おい、これで終わりじゃないだろうな? ボクは美味しいふわふわのやつを食べたいんだぞ」


「わ、わかってるよ。俺も美味しいメロンパンを作りたい気持ちはあるんだけど、パンを膨らませるイーストが無いし、レシピも無いから正しい手順がわからなくて……」


「レシピ? イーストはわかんないけど、レシピは聞いたことあるぞ。料理の作り方を書いたやつだ」


「そうそう。そのレシピがあれば、多分俺にもメロンパンが作れる筈なんだけど……え、もしかして1000階旅館にあるの?」


 期待の眼差しを杞憂きゆうが向けるも、琥珀こはくはフルフルと首を横に振る。


「ここには無い。でも、確か“薬屋”が持ってた気がする」


「薬屋? そんな人も居るんだ? ……あ、人じゃなくて『あやかし』か」


 すぐに訂正するも、その訂正を彼は否定する。


「いや、薬屋は人間だ。森の外れで暮らしてる」


「人間? 写し世うつしよに人間が居るの?」


「何を驚いてる。杞憂きゆうだって人間だろ」


「それはまぁ、そうなんだけど……」


 この写し世うつしよに自分以外の人間が居るとは、全く思いもしなかった杞憂きゆう

 疑問は色々と膨らむものの、それは直接本人に会って聞けばいい話であり、そもそもレシピ本を入手しないことには、膨らみ続ける琥珀こはくのメロンパンへの期待にも応えられない。


 ――という訳で。 

 森の外れに暮らしているという“薬屋”へ会う為、杞憂きゆう琥珀こはくと共に、1000階旅館をあとにしたのだった。



 ■



 ~ 森の外れ ~


 モフモフな尻尾を追いかけ、木漏れ日を受けてキラキラと輝く紫陽花通りを進むこと30分。

 似たような光景が続く中、何度か道を曲がった為に琥珀こはくの先導無しでは辿り着けなかっただろう「森の外れ」に到着。


 杞憂きゆうよりも大きなこけした岩が、あちらこちらに転がっている開けた土地。

 上空からは疎らな木漏れ日が差し込み、神聖さすら感じる美しい光に包まれた空間で――彼は“見つけた”。


「はぁ~、物凄く大きな木だな。今まで見た中で一番大きいかも……」


 見つけたのは、“見つけた”といった表現が不釣り合いに思える程の立派な巨木。

 大人が10人集まって手を繋いでも、絶対に一周出来ないだろう物凄く太い幹を持っており、途中からは「鬼の角」の如く左右で二股に別れている。

 別れた幹だけでも並の大木以上の太さで、その先の枝葉から茂る青々とした葉っぱが、先に述べた神聖さすら感じる美しい木漏れ日を演出していた。


 この美しさ、大きさだけでも注目に値する。

 が、やはり一番無視出来ないのは幹の根元に見える「扉」。


 手作り感のあるこけした石の階段が4段あり、その上にこれまた手作り感のある木製の扉が設置されている。

 横には丸い窓の存在も確認出来、おとぎ話の様な話ではあるが、この巨木が「家」であることは想像に難くない。


 その証拠に、扉の上には『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』と書かれた看板もあり、ここまで案内してくれた琥珀こはくが「ふぅ~」と一息。


「着いたぞ。ここからは杞憂きゆう一人で行ってこい」


「え、琥珀こはく君は来ないの?」


「ボク、あいつ苦手だ。ここで待ってる」


 こけした大岩にピョンと飛び乗り、すぐさま緑の絨毯に寝っ転がる琥珀こはく

 どういう訳か「自分は絶対に行かない」という強い意思が見て取れる為、杞憂きゆうは仕方なく巨木の根元まで一人で歩く。


(まぁ相手は人間だし、いきなり取って喰われるような事はないか)


 短い階段を上り、扉の前に立つも、周囲にインターホンの類は確認出来ない。

 必然的に「コンコンッ」とノックし、合わせて「すみませーん」と声を張り、しばらく返事を待つも――反応は無い。


「留守か? いや、扉に鍵は掛かってないな(っていうか、そもそも扉に鍵が無いのか……)」


 試しに扉を引いてみると、動いた。

 随分と不用心ではあるが、写し世うつしよには泥棒も出ないだろうし、鍵を付けるだけ無駄なのかも知れない。


 少し迷ったがそのままドアを開き、巨木の中に入ると――“居た”。


 まるで雑貨屋の様な内装云々は一旦保留し、杞憂きゆうの視界が捉えたのは、木製のカウンター越しに見える一人の男性。

 年齢は恐らく同じくらいか、もしくは彼の方が少し若く、髪は派手な桃色で、更には色の付いた丸眼鏡を掛けている。

 本でも読んでいるのか手元に視線を落としたまま、杞憂きゆうが入って来たことに彼はまだ気づいていない。


(アレが薬屋、だよな……?)


 正直、見た目からは「チャラそう」な印象を受ける。

 杞憂きゆう的にはあまり関わりたいタイプの人間ではないが、だからと言ってこのまま静かに帰る訳にもいかないだろう。


 意を決し、杞憂きゆうが改めて「あの~」と声を掛ける。

 すると気付いた桃髪の若者が顔を上げ、開口一番に告げた。


「――やぁ、待ってたよ。朝霧あさぎり杞憂きゆう

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