15話:初めてのメロンパン作り(2)

 ~ メロンパン作り開始から1時間後 ~


「とりあえず生地は出来た、のかな……」


 不安げな表情の朝霧あさぎり杞憂きゆう

 彼の前には2つのボウルがあり、それぞれパン生地(の筈)とクッキー生地(の筈)が丸まった状態でボウルの中央にポツンと入っている。


 ちなみに「入っている」で言えば。

 杞憂きゆう作務衣さむえにスマホも入っているが、アンテナは“圏外”。

 1000階旅館が無料Wi-Fiを用意している訳もなく、ネットに繋がらない = レシピも見れない為、全て杞憂きゆうの感で分量を入れて作った次第だ。


(仮に分量が合ってたとしても、イースト入れてないからパン生地の方は駄目だと思うけど……)


 それでもクッキー生地の方は上手くいった、気がしなくもない。

 メロンパンはさておき、とりあえずクッキーが美味しく出来れば琥珀こはくも及第点をくれるだろう。


「キュー、この生地をどうするぞす?(火)」


「えっとね、確か冷蔵庫で少し寝かせるんだよ」


「お布団はいるぞす?(雷)」


「要らないよ。冷蔵庫に置いておくだけでいいから」


 ボケか本気かわからないが、とりあえず真面目に答えを返し。

 杞憂きゆうは2つのボウルを冷蔵庫に入れて「ふぅ~」と安堵の息を漏らす。

 それから改めて厨房キッチンを見渡し、入口に敷いた座布団の上でスヤスヤと寝ている琥珀こはくが視界に入り、一段落したのもあってか今更ながらの疑問を抱く。


「そう言えばさ、琥珀こはく君から聞いたんだけどさ……『あやかし』って基本的に人間の食べ物を食べないんでしょ? それなのにこんな立派な厨房キッチンがあるのって、つまりは琥珀こはく君の為だけに設備や材料を用意したってこと?」


「それは違うぞす。昔はここにも大勢の人間が居たから、人間用の設備がここにはあるぞす(火)」

「でも今は、この世界に来れる人間が少なくなったぞす(水)」

「時代の流れぞす(雷)」ということらしい。


(そう言えば、昔は人間と『あやかし』の距離が近かったとか、『あやかし』が見える人間も多かったとか、そういう話を聞いたことがあるな……)


 何故そういう人間が減ったのか――その具体的な理由までは杞憂きゆうも知らないが、旅館に厨房キッチンがあるのはそういった理由らしい。

 温泉やトイレ、その他の設備も同じ理由だろう。


「だから電子レンジとかオーブンとか、冷蔵庫が普通にあるんだね。……あれ、でもこの冷蔵庫とか結構新しいやつじゃない?」


「それは前任者が現世から買って来たぞす(火)」

「白蛇様もたまに現世から仕入れてくるぞす(水)」

「最近は、家電の進化が目まぐるしいと言っていたぞす(雷)」


「ふ~ん? 普通に現世から買って来るのか。まぁ便利なモノだし、生活の必需品だから使わない手はないか」


 写し世うつしよに家電を作るような技術は無いだろうし、言われてみればその通りという答えでしかない。

 ただ、家電の現物を手に入れたところで、家電と言うからには絶対に「電気」が必要な訳だが……。


「ついでに聞くけどさ、1000階旅館で使う電気って何処から送られてくるの? まさか太陽光発電とかじゃないよね?」


「あ、電気は全部ぼくぞす(雷)」


「え?」


「1000階旅館の電気は、全部ぼくが作ってるぞす(雷)」


「……え?」


 思わぬ答えに杞憂きゆうがフリーズ。

 パチパチと何度かまばたきをすると、雷の雫が胸を張る。


「暇な時、ボクが蓄電器に電気を溜めてるぞす。旅館の電気は全部それで賄ってるぞす(雷)」


「そ、そうなんだ? 凄いね」


「えっへんぞす。キューはぼくに感謝するぞす(雷)」


 最初の放電やらかしでただのドジっ子かと思ったが、雷の雫は物凄く重要な役割を担っていたらしい。

 それから杞憂きゆうは雫達にアレコレと質問をぶつけ、写し世うつしよの知識を増やしている合間にオーブンを加熱。

 冷蔵庫から生地を取り出し、適当な大きさに切り分け、祈るような気持ちでオーブンに入れたのだった。



 ■



 ~ 数十分後 ~


「出来たね……“クッキー”が」


 少し焦げ気味ではあるものの、パッと見はそれっぽいクッキーが出来上がった。

 漂って来る香ばしい香りも悪い感じはしないので、うろ覚えの知識で作った割には上出来と言えるだろう。


 ただし、当然と言えば当然だが、適当に作ったところでパンは出来ない。

 パンと呼べる程に膨らむことが無く、見た目的にも大きくて分厚いクッキーみたいな出来栄えで、コレには焼き上がりの前から目を覚まして待っていた琥珀こはくもご立腹。


「――おい杞憂きゆう、ボクが食べたふわわふのやつと全然違うぞ。コレ、美味いのか?」


「う~ん。材料的にはそんなに間違ってないと思うから、そこまでは味は悪くないと思うんだけど……」


 不安気に答えた杞憂きゆうの前で、琥珀こはくがパン(仮)をひとかじり。

 硬めの端っこを食べたのもあってか、「ボリボリ」とパンらしからぬ音が聞こえてくる。


「ど、どう?」


「む~……不味くは無いけど、美味くもない。あと、全然ふわふわしてない。こっちの小さいのは――まぁまぁだな」


 ギリギリで赤点は免れた。

 クッキーに関しては及第点を貰えた杞憂きゆうだったが、どうやっても後悔が残る結果となった。

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