36話:貞明《ていめい》日和①

 ~ 1000階旅館の2階:客室にて ~


 午前9時32分。

 写し世うつしよに生きる大半の者が目を覚まし、何かしらの活動を行っているこの時間。

 掛け布団を明後日の方向に蹴りやって、浴衣もはだけてお腹丸出しで寝ていた薬屋:貞明ていめいが目を覚ました。


 呆けた顔でムクリと上半身を起こし、ポリポリと頭を掻いてから「ふぁああ~~」と大欠伸。

 それからゆっくりと周囲を見渡す彼の視界に映るのは、普段とは違う純和風な内装の部屋。


「そう言えば、昨日は1000階旅館に泊まらせて貰ったんだった。……『蓬莱亭ほうらいて』まで歩いて帰るの面倒だなぁ」


 寝起き早々に帰りのしんどさを心配しつつ。

 そうは言っても1000階旅館に泊まるのは何も初めての事ではない。

 貞明ていめいはだけた浴衣を着直し、慣れた手つきで布団を畳み、それから館内用のスリッパを履いて廊下に出た。


 この1000階旅館という建物は、“『あやかし』が泊まる宿”というのが大前提。

 その基本思想故に「人間用のトイレ」は各部屋に無く、利用する場合は1階にある共同トイレを客も使うことになる。


 かくして1階のトイレで用を済まし。

 勝手知ったる1000階旅館と言わんばかりに、迷うことなく厨房キッチン横のダイニングスペースに移動。


 ここへ来た理由は言わずもがな朝ご飯を食べに来た訳だが、ダイニングには若旦那:杞憂きゆうの姿も、狐の美少年:琥珀こはくの姿も無く、小さな精霊の姿だけ。

 それも4匹居る訳ではなく「雷の雫」1匹で、その小さな精霊は貞明ていめいを見るなりピョンッと飛び跳ねた。


「むむっ、お寝坊さんテイメーがやっと来たぞす。おはようぞす(雷)」


「おはよう雷っち。二人(杞憂きゆう琥珀こはく)はもう食べ終わった?」


「キューとコハクならとっくに食べ終わったぞす。テイメーが最後で、テイメーの朝ご飯をボクが守ってたぞす(雷)」


「おー、それはありがとう。感謝するよ」


「これくらい朝飯前ぞす(雷)」


 エッヘンと、小さな身体で胸を張る雷の雫。

 そんな彼の後ろ――テーブルの上には、杞憂きゆう達が食べたものと同じ「朝食のおかずセット」が、ラップを掛けられた状態で置かれている。


 杞憂きゆう達が朝食を食べたのは2時間ほどの前の話なので、どうやっても冷めてしまうのは避けられないが、そこは電気が使える1000階旅館。

 おかずはレンジでチンして、ご飯は保温状態の炊飯器からお茶碗に盛って、味噌汁は鍋で温め直せば、あっという間にホカホカの朝ご飯。

 ついでに迷うことなく戸棚から「ふりかけ(ゆかり)」を取り出し、「ゆかりご飯」にしたら完成だ。


「いただきます」


 両手を合わせ、まずは味噌汁を一口。

 それから焼きサバの身を箸でつついて、ご飯に乗せて食らう。


(……ゆかりご飯と合わせると、ちょっとしょっぱいな)


 自業自得、という程の「業」でもないか。

 少ししょっぱくても十二分に美味しく、甘い卵焼きで口の中を中和し、味噌汁を飲んで味をリセット。

 このサイクルを繰り返しつつ、貞明ていめいはテーブルの上でゴロゴロしている小さな精霊に声を掛ける。


「雷っちさー、この後は暇?」


「暇じゃないぞす。1000階旅館の蓄電池バッテリーに電気を溜める、大事な大事なお仕事があるぞす。……何か用事があったぞす?(雷)」


「ん~、そろそろ『蓬莱亭ほうらいてい』の蓄電池バッテリーも充電してくれないかと思ってね。あと3日くらいで無くなりそうなんだ」


「なるほどぞす。それじゃあ朝ご飯を食べ終わったら、一緒に『蓬莱亭ほうらいてい』に行くぞす(雷)」


「え、1000階旅館の方はいいの?」


「大丈夫ぞす。帰って来てからやれば問題無いぞす。充電中は暇だから、『蓬莱亭ほうらいてい』で貞明とお喋りするぞす(雷)」


「やったね、流石は雷っち」


「これくらい昼飯前ぞす(雷)」


 エッヘンと、小さな身体で胸を張る雷の雫に見守られながら、朝ご飯を平らげた貞明ていめい

 それから皿洗いをしてから部屋に戻り、昨夜に雫達が「洗濯 & 乾燥」までしてくれた服に着替えて、色付きの眼鏡を掛けたら準備は万端。


 雷の雫と共に1000階旅館の玄関へと向かう――その際。

 中庭を望む回廊にて、のこぎりを手にした若旦那:杞憂きゆうを発見する。


「やぁ杞憂きゆうっち、朝から何やってんの? のこぎりなんて似合わないのに」


「その台詞、貞明おまえにだけは言われたくないな。見ての通り……かどうかはわからないけど、“櫻子さくらこの部屋作り”だよ。丁度いい部屋が無いから俺に作れってさ」


「へぇ、それは大変そうだね。頑張って」


「何だよ、手伝ってくれないのか?」


「それは若旦那である杞憂きゆうっちの仕事でしょ? 僕には僕の仕事が控えてるんだよ。これでも写し世うつしよ唯一の薬屋だからね」


「ふむ。それを言われると反論し辛いな……」


 専門性の高い仕事のことを言われると、素人には手出しが出来ない。

 というか、杞憂きゆうが頼まれた仕事なので、無理に手伝いを強要するのも違うと思ったのだろう。

 諦めたように溜息を吐いた杞憂きゆうは、その視線を貞明ていめいの肩に向ける。

 

「雷の雫も、貞明ていめいとお出掛けか?」


「そうぞす。『蓬莱亭ほうらいてい』の蓄電池バッテリーをバリバリに充電して来るぞす(雷)」


「あー、なるほど。そういうことか。道中気を付けてな」


「合点承知の助ぞす~(雷)」


 ビシッと元気に敬礼する雷の雫。

 そのやり取りを最後に、「それじゃまた~」と貞明ていめいは1000階旅館を出た。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ー



 宝石の様にキラキラと輝く、新緑が眩しい葉っぱに癒されながら。

 森の小道:紫陽花あじさい通りをのんびり歩き、途中で顔を見せた『あやかし』と雑談して、ゆっくりと30分かけて『蓬莱亭ほうらいてい』に到着。


 そこで貞明ていめい(&雷の雫)を待っていたのは、脚が縞柄しまがらで一見するとシマウマ様にも見える『あやかし』だった。


「やぁ、オカピーノじゃないか。今日はどうしたんだい?」


「それが~、くしゃみが止まらない気がして~、先生に薬を貰えなかな~って」


 少しのんびりした口調で喋ったのは、オカピの『あやかし』:オカピーノ。

 ジャイアントパンダやコビトカバと並んで「世界三大珍獣」とも言われるオカピの姿をした『あやかし』だ。

 パッと見はウマの様に見えるが実際はキリン科の動物で、頭にはキリンを彷彿とさせる2本の小さな角がある。


 なお、オカピーノは当然の様に4本足で立っているが、カピバラやサモエドの『あやかし』が2足歩行の写し世うつしよにおいて、その辺りの扱いがどうなのかは誰にもわからない。

 という話はさて置き。

 帰りを待たれていたとあっては、貞明ていめいとしても診ない訳にはいかないだろう。


「くしゃみが止まらない気がするっていうのは、これまた随分な症状だね。話を聞くからとりあえず中に入って」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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