【1章】:初仕事編(全7話完結済み)
5話:1000階旅館の若旦那
~ 1000階旅館:よろず荘の一室にて ~
「白蛇様、言われた通り着替えて来たぞ」
色映えの無い黒の肌着に、これまた色映えの無い黒の
髪も染めていない黒色の為、全体的に何とも色映えの無い青年:
「やはり、私の見立て通り
「誰が若旦那だ。それに黒は誰でも似合うだろ」
「おやおや、
そんな二人のやり取りを、少し低い位置から大きな獣耳で聞いていた狐の美少年:
彼はジロリと
「白蛇様、コイツよりもボクの方が似合ってるぞ」
「うん、そうだね。
本気か、ただ話を合わせているだけか。
柔和な笑みを浮かべて白蛇様が頭を撫でると、
ここで更に「俺の方が似合ってるだろ」と張り合う
「で、俺はこれから何をすればいい? 言っとくけど、旅館で働いた事ないから何もわからないぞ」
「大丈夫大丈夫、そんなに心配しなくてもいいよ。いきなり全部の仕事を任せるつもりはないし、そもそもこの1000階旅館:よろず荘は、“旅館であって旅館じゃない”からね」
「は? ……どういう意味だ?」
「それについてはこれから。まぁ立ち話も何だし、お茶でも飲みながら話そうか」
■
~ 数分後 ~
シトシトと、相変わらず小雨が降り続けている美しい日本庭園。
上空からは温かい陽光が差し込む何とも不思議な光景の中、その中庭をグルリと囲む回廊の縁側に
左隣には
3人並んで
その後は誰が言い出すでもなく「ふぅ~」と3人が肩を降ろしたところで、改めて
「――この1000階旅館はね、どちらかと言うと旅館よりも“
「万屋? 今の日本じゃまず聞かないけど、いわゆる何でも屋ってやつか」
「そう、旅館兼“何でも屋”だね。だから『よろず荘』なんて名前も付いてる訳だけど、まぁそれはそれとして。この1000階旅館は、客の願いを叶える毎に“一つ上の階層の扉が開く”。それを繰り返して1000階の扉を開くと、神々の住まう桃源郷に辿り着けるんだ。つまり私は桃源郷へ辿り着く為に、この1000階旅館に住んでいるんだよ」
「ふ~ん? それは何の冗談だ」
「おや、冗談に聞こえたかい? 『あやかし』が見える
「………………」
嫌味か、真理か。
ぐぅの音も出ない白蛇様の反論(?)に
「まぁすぐに信じてくれとは言わないよ。どうして『あやかし』が神々の住まう土地を目指すのか、普通は理解し兼ねるだろうしね。だけど答えは単純。私自身、桃源郷から降りてきた身なんだ」
「え?」
それってつまり……。
「白蛇様は神様ってこと?」
「一応ね。でも
「はぁ、何かちょっと哲学っぽいけど……そういうものなのか?」
「そういうものだよ。まぁ好きに捉えてくれたらいいさ」
「そうか……まぁそれはわかったけど、でもどうして白蛇様は桃源郷に戻りたいんだ? そもそも戻るのが大変なのに、なんでこんな場所まで降りてきたんだよ」
「それはほら、大人の秘密ってことで」
人差し指を唇に当て、それ以上の回答を拒否する白蛇様。
きっと自分には想像もつかない出来事があったのだろうと、
「白蛇様は、桃源郷で色々悪さをして追放されたらしいぞ」
「………………」
思いがけず残念な正解を知ってしまった。
「ひゅ、ひゅ~」
白蛇様は口笛を吹いて誤魔化した(?)。
その後に「オホンッ」と咳払いして姿勢を正す。
「とにかくそういう訳だから、
「う~ん……思ってた仕事とは違うけど、とりあえず内容はわかった。しかし、こんな辺鄙な場所にある旅館を訪れる客なんているのか?」
「勿論。客が来なかったら私だってここに居ない。それにほら、噂をすれば……」
タイミングよく流れて来たのは、現代人には馴染み深いチャイム音。
正面玄関は
「さぁ若旦那、出番だよ」
「え、いきなり俺が接客するのか?」
「習うよりも慣れろってね。まぁ初回だから私もサポートするし、
白蛇様に背中を押され、半ば強制的に立たされた
己の意思で旅館に残った以上、ここまで来たら引き下がる訳にもいかないだろう。
一世一代の大勝負、とは言わないまでも。
それでも意を決してロビーに戻り、彼はガラガラと摺りガラスの玄関扉を開ける。
内側の扉を開け、外側の扉を開け。
そして目の前に居たのは、世界一大きな齧歯類――『カピバラ』だった。
「……はい?」
しかも一体どういう訳か。
カピバラは二本足で立ち、更には――
「あ、どうも~」
「喋った!?」
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