【1章】:初仕事編(全7話完結済み)

5話:1000階旅館の若旦那

 ~ 1000階旅館:よろず荘の一室にて ~


「白蛇様、言われた通り着替えて来たぞ」


 色映えの無い黒の肌着に、これまた色映えの無い黒の作務衣さむえ

 髪も染めていない黒色の為、全体的に何とも色映えの無い青年:朝霧あさぎり杞憂きゆうを見て、イケオジ(?)姿の白蛇様が「うむ」と頷く。


「やはり、私の見立て通り杞憂きゆうには黒が似合うね。よっ、若旦那」


「誰が若旦那だ。それに黒は誰でも似合うだろ」


「おやおや、杞憂きゆうはひねくれ者だねぇ。そういう元も子もないことを言わないの。それに黒色は汚れも目立ちにくいし、仕事するには都合がいいんだよ。似合ってるのは本当だしね」


 そんな二人のやり取りを、少し低い位置から大きな獣耳で聞いていた狐の美少年:琥珀こはく

 彼はジロリと杞憂きゆうを睨んだ後、長身イケオジの袖をグイっと引っ張る。


「白蛇様、コイツよりもボクの方が似合ってるぞ」


「うん、そうだね。杞憂きゆうも似合ってるけど、琥珀こはくの方がもっと似合ってるよ。その着崩し方も最高だね」


 本気か、ただ話を合わせているだけか。

 柔和な笑みを浮かべて白蛇様が頭を撫でると、琥珀こはくは満更でもなさそうな顔。

 ここで更に「俺の方が似合ってるだろ」と張り合う杞憂きゆうでもないので、彼は撫でるのが一段落してから、改めて白蛇様に向けて口を開く。


「で、俺はこれから何をすればいい? 言っとくけど、旅館で働いた事ないから何もわからないぞ」


「大丈夫大丈夫、そんなに心配しなくてもいいよ。いきなり全部の仕事を任せるつもりはないし、そもそもこの1000階旅館:よろず荘は、“旅館であって旅館じゃない”からね」


「は? ……どういう意味だ?」


「それについてはこれから。まぁ立ち話も何だし、お茶でも飲みながら話そうか」



 ■



 ~ 数分後 ~


 シトシトと、相変わらず小雨が降り続けている美しい日本庭園。

 上空からは温かい陽光が差し込む何とも不思議な光景の中、その中庭をグルリと囲む回廊の縁側に杞憂きゆうは座っていた。


 左隣には琥珀こはく、右隣りには白蛇様。

 3人並んで琥珀こはくが用意した茶を「ズズッ」とすすり、口の中に緑茶特有の旨味が広がると、アレコレあって落ち着かなかった杞憂きゆうの心も静まるというもの。

 その後は誰が言い出すでもなく「ふぅ~」と3人が肩を降ろしたところで、改めて白蛇様しろへびさまが口を開く。


「――この1000階旅館はね、どちらかと言うと旅館よりも“万屋よろずや”の方が意味合い的には近いんだ」


「万屋? 今の日本じゃまず聞かないけど、いわゆる何でも屋ってやつか」


「そう、旅館兼“何でも屋”だね。だから『よろず荘』なんて名前も付いてる訳だけど、まぁそれはそれとして。この1000階旅館は、客の願いを叶える毎に“一つ上の階層の扉が開く”。それを繰り返して1000階の扉を開くと、神々の住まう桃源郷に辿り着けるんだ。つまり私は桃源郷へ辿り着く為に、この1000階旅館に住んでいるんだよ」


「ふ~ん? それは何の冗談だ」


「おや、冗談に聞こえたかい? 『あやかし』が見える杞憂きゆうの話も、見えない人間からすれば冗談に聞こえるだろうね」


「………………」


 嫌味か、真理か。

 ぐぅの音も出ない白蛇様の反論(?)に杞憂きゆうが押し黙る。


「まぁすぐに信じてくれとは言わないよ。どうして『あやかし』が神々の住まう土地を目指すのか、普通は理解し兼ねるだろうしね。だけど答えは単純。私自身、桃源郷から降りてきた身なんだ」


「え?」

 それってつまり……。

「白蛇様は神様ってこと?」


「一応ね。でも杞憂きゆうが思うほど大層な存在じゃないよ。神々の住まう桃源郷で生まれた、もしくは桃源郷に辿り着いた『あやかし』を神と呼ぶだけで、根源的にはどちらも同じ存在だ。勿論、神と呼ばれるからにはそれ相応の力を持っているけど、何を以て神と呼ぶかは人それぞれ。神など居ないという人間にとって、きっと私は神ではないだろうしね」


「はぁ、何かちょっと哲学っぽいけど……そういうものなのか?」


「そういうものだよ。まぁ好きに捉えてくれたらいいさ」


「そうか……まぁそれはわかったけど、でもどうして白蛇様は桃源郷に戻りたいんだ? そもそも戻るのが大変なのに、なんでこんな場所まで降りてきたんだよ」


「それはほら、大人の秘密ってことで」


 人差し指を唇に当て、それ以上の回答を拒否する白蛇様。

 きっと自分には想像もつかない出来事があったのだろうと、杞憂きゆうが言葉を飲み込んだところで、グイっと琥珀こはくが袖を引く。


「白蛇様は、桃源郷で色々悪さをして追放されたらしいぞ」


「………………」


 思いがけず残念な正解を知ってしまった。

 杞憂きゆうが少し冷めた視線を向けると――


「ひゅ、ひゅ~」


 白蛇様は口笛を吹いて誤魔化した(?)。

 その後に「オホンッ」と咳払いして姿勢を正す。


「とにかくそういう訳だから、杞憂きゆうには訪れた客の“願い事”を叶えてあげて欲しいんだ。それが1000階旅館の若旦那としての仕事だよ」


「う~ん……思ってた仕事とは違うけど、とりあえず内容はわかった。しかし、こんな辺鄙な場所にある旅館を訪れる客なんているのか?」


「勿論。客が来なかったら私だってここに居ない。それにほら、噂をすれば……」



 ピンポーンチャイム



 タイミングよく流れて来たのは、現代人には馴染み深いチャイム音。

 正面玄関はりガラスの二重扉なので客の姿はよく見えないが、チャイムが鳴ったのであれば誰かが来たのは間違いない。


「さぁ若旦那、出番だよ」


「え、いきなり俺が接客するのか?」


「習うよりも慣れろってね。まぁ初回だから私もサポートするし、琥珀こはくも居るから問題無いよ」


 白蛇様に背中を押され、半ば強制的に立たされた杞憂きゆう

 己の意思で旅館に残った以上、ここまで来たら引き下がる訳にもいかないだろう。


 一世一代の大勝負、とは言わないまでも。

 それでも意を決してロビーに戻り、彼はガラガラと摺りガラスの玄関扉を開ける。


 内側の扉を開け、外側の扉を開け。

 そして目の前に居たのは、世界一大きな齧歯類――『カピバラ』だった。


「……はい?」


 しかも一体どういう訳か。

 カピバラは二本足で立ち、更には――


「あ、どうも~」


「喋った!?」

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