38話:カピの助日和

 ~ 1000階旅館の2階:客室にて ~


 午前7時過ぎ。

 毛布も被らず布団の真ん中で目を覚ましたのは、ずんぐりむっくりな体型の『あやかし』:カピの助。

 普段は川沿いの草むらで寝起きしているが、1000階旅館に泊まった今日に限っては、自然ではない人工的な空間の中での起床となる。


「ふぁ~……お腹空きましたね」


 口を開き、大きな前歯を見せびらかす様な欠伸の後。

 カピの助は「よいしょ」と立ち上がって、短い後ろ脚で器用に2足歩行を始める。


 まずは小さな手を器用に使って部屋のふすまを「スーッ」と開け、その先でレールの引き戸を「コロコロ」と開けて廊下に出ると、目の前には「雨」。

 手摺の向こう側には、中庭に降り注ぐ小雨が今日も今日とてシトシトと振り続けているが、そんな光景を横目に廊下を歩いて階段へ。


 杞憂きゆう琥珀こはくと比べると身体が小さく、そして手足の短いカピの助には一苦労する場所だが、降りるだけなら問題無い。

 ちょっとジャンプして1段下に着地。

 これを繰り返すだけで1階に辿り着く――筈だったが、脚を踏み外して尻餅。

 そのままお尻を打ちつつ、滑り台の様に階段を滑り降りる。


「わっ、たっ、とっ、ととととあ痛ッ!?」


 最後は廊下に盛大な尻餅。

 衝撃で悲鳴を上げたものの、ずんぐりむっくりな体型のおかげか意外と身体は丈夫であり、言葉に出すほど痛くもない。

 結果的にはスピーディな1階への到着となった。


「は~、吃驚しました。でもこの降り方は速くていいですね。今後はこの“滑り降り”を活用しましょう」


 災い転じて福となす。

 朝から素敵な移動法を発見したカピの助は、続けて狐の美少年:琥珀こはくを発見。

 ただし、朝っぱらから琥珀こはくは廊下に寝転び、中庭に足を出して「スースー」と寝息を立てている。

 どうやら中庭の掃除中に寝たらしいが、朝起きてすぐに寝ることが出来るのは、ある意味才能ではないだろうか?


 などとどうでもいいことを考えつつ。

 起こすのも可哀想なので静かに琥珀こはくの横を通り過ぎ、そのままカピの助は1000階旅館の玄関へ向かう。

 “昨日のトラウマ”で白蛇様が出て来ないか少しドキドキしたものの、結局は誰にも会わずに1000階旅館の外へ出ると、涼しい朝の空気がカピの助の身体を包んだ。


 ここで、一度深呼吸。


吸うスー吐くハー


 新鮮な空気を肺に取り入れ、それからカピの助は1000階旅館の目の前にある「森の小道」へ移動。

 この道は通称「紫陽花あじさい通り」と呼ばれ、杞憂きゆうが降りた『おかどめ幸福駅』から1000階旅館までを繋ぐるメインストリートでもある。

 鮮やかな紫陽花とキラキラ輝く新緑の葉っぱが印象的で、何を隠そうその葉っぱに付着したキラキラこそが、カピの助がここに来た理由だ。


 それを証明する為、ではないが。

 カピの助は丁度いい高さの葉っぱに近づき、そこに付着したキラキラをペロリと舐める。

 それを数回行い、これにて「食事」は完了。


「ご馳走様でした」


 お腹をポンポンと叩くおじさん染みた姿が、ある意味で動物と『あやかし』の一番の違いと言っても過言ではない 

 二足歩行したり、人間の言葉を喋ったり、中には服を着ている『あやかし』もいるが、それ以上に「食事」が別物過ぎる。


 人間みたいな――広義の意味では動物みたいな食事は取らず、彼等の食事は決まって「つゆ」。

 誰の目から見ても明らかに動物離れした、仙人の如き食事で暮らしていける存在が『あやかし』なのだ。

 1000階旅館周辺の森にはそんな『あやかし』達が大勢暮らしており、カピの助の頭上で枝葉を揺らした「猿」もその内の1匹。


「お、カピの助じゃん」


「おやおやこれは、キンジさんではありませんか」


 頭上から声を掛けて来たのは、金絲猴キンシコウの『あやかし』:キンジ。

 体長70センチ程の金色に見える毛を持った猿で、コレはカピの助が知る由も無いが、昨日は杞憂きゆう達の前に落ちて来た腰を打った『あやかし』でもある。

 今日は木から落ちることなく、スルスルと幹を降りて最後はピョンッと地面に飛び降りた。


「カピの助も食事かい?」


「えぇ、私はさっき終わりましたけど。そういうキンジさんも食事ですか?」


「そんなとこだな。それよりカピの助、アンタ凄いな。新しい若旦那ともうマブダチになったんだって?」


「マブダチ? それはどういう意味です?」


「マブダチはマブダチだ。ダチの中のダチってことだよ。要するに友達ってことだ」


「はぁ、そうなのですか。若旦那と友達、かどうかはわかりませんが……」


 ここでカピの助は少し間を空け。

 それから葉っぱの露を舐めるキンジの姿を見つつ、何とな~く頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。


「私は好きですよ、新しい若旦那のこと。前の若旦那と比べると少し頼りない部分もありますけど、同じくらい優しくて、同じくらい“いい人”です」


「へぇ~、カピの助がそう言うんならそうなんだろうな。実は昨日、アッチも若旦那に会ったんだぜ」


「あら、そうなんですか?」


「まぁ昨日は貞明ていめい先生から薬を貰っただけで、大した会話も無かったけどな。軽く自己紹介しただけだ。でも、カピの助がそこまで言うなら、アッチも今度頼み事してみようかな」


「えぇ、困り事があったら是非相談してみて下さい。きっと親身になって話を聞いて下さいますよ」


「キシシッ、だといいけどな。――んじゃアッチはこれで。またな」


「はい、また~」


 小さな手を上げて別れの挨拶。

 互いに1メートルに満たない小さな『あやかし』2匹の会話は終わり、それからカピの助はUターン。

 来た道を戻ってすぐに1000階旅館へ辿り着くが……。


「おや、誰も居ませんね。若旦那も琥珀こはくさんもお仕事中でしょうか?」


 戻って来たのは「帰りの挨拶」の為だったが、生憎どちらの姿も見当たらない。

 別にお金払って宿泊する旅館でもないので、チェックアウト時に受付で手続する必要も無く、誰も居ないならこのまま帰ろうとカピの助が踵を返した――その時。


「おはようカピの助」


「わっ、白蛇様!?」


 いつの間に背後へ現れたのか。

 振り向いた先には白蛇様(イケオジ)の姿があった。

 “ウザ絡み”されたのは昨日の今日なので、内心では少しドキドキしつつ、カピの助が「おはようございます」と挨拶を返すと、白蛇様は「昨日はゴメンね~」と言葉を紡ぐ。


「いやぁ~、カピの助にも迷惑かけたみたいで。大丈夫だった?」


「えぇまぁ、大丈夫と言えば大丈夫ですけど、でも大丈夫じゃないですよ~。酔っ払うのは程々でお願いします」


「あはは、以後なるべく気を付けるよ。それでさ、お詫びと言ったらなんだけど“旅行”を計画してるんだよね。迷惑をかけたカピの助も招待するからさ、楽しみにしててね」


「はぁ、旅行ですか? 行き先はどちらへ?」


「それは今後のお楽しみ。近々皆を誘って発表するからさ」


 何とも勿体ぶる白蛇様。

 本当は何も考えていないだけでは? と思いつつも、それを口に出すカピの助ではない。

 ヒラヒラと手を振る白蛇様に見送られながら、そのままカピの助は1000階旅館を後にした。


 その後は住処にしている川沿いの草むらでゴロゴロしたり、のんびりお散歩して出逢った『あやかし』とお喋りしたり。

 杞憂きゆうに貰った「途中から白紙の絵本」にお絵描きしたり、カピの助にしか出来ないカピの助の時間を過ごしたのだった。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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