11話:メロンパンの約束

 カピの助と別れて1000階旅館へと戻る途中。

 紫陽花通りの小道を杞憂きゆうが急ぎ早に歩いていると、木の上から「おい」と声を掛けられた。

 声の主は枝の上に座る狐の美少年で、杞憂きゆうはゆらゆら揺れる彼の尻尾を見ながら言葉を返す。


琥珀こはく君……? どうしてそんな場所に」


「ちょっとだけ見直したぞ」


「ん?」


 会話が噛み合ってない。

 ならばこちらから合わせにいこうと、杞憂きゆうは自分の質問を棚に置いて琥珀こはくの言葉を反芻する。

 見直した = 評価が上がったらしいが、思い当たる理由は1つしかない。


「もしかして、俺とカピの助のやり取りを見てたの?」


「違う、ボクはさっきここに来たばかりだ。だけどさっき“780階の扉が開いた”。だからお前、ちょっとだけ見直してやる」


「それはどうも」


 嬉しいけれど、爆発的に喜ぶ体力は残っていない。

 例え体力が残っていたとしても、そんな風に喜ぶ杞憂きゆうでもない。


 それでも、ホッとしたのは事実。

 780階の扉が開いたということは、どうやら無事にカピの助の願いを叶えることが出来たらしいが、そんな杞憂きゆうを見る琥珀こはくの目は懐疑的だ。


「お前、何でカピの助の願いがわかった? 部屋でゴソゴソしてたのは知ってるぞ」


「え、見張ってたの?」


「お前が逃げたら、白蛇様に教えてやろうと思ってな。でも途中で眠くなって……違う、ボクの話はいい。お前、部屋で何してた?」


「何って、絵本を描いてたんだよ。それで紙とペンを探してたんだ」


 見つからなければ白蛇様に尋ねようかと思っていたが、前任者が残していたのか、運よく机の引き出しに画用紙と鉛筆、それに色鉛筆も入っていた。

 そこからカピの助に渡した絵本の創作に入り、徹夜で描き上げて先ほど渡してきた次第となる――という流れを琥珀こはくに話すと、彼は益々懐疑的な目を向けて来る。


「カピの助が新しい絵本を欲しがってるって、何でわかった? カピの助はそんなこと言ってなかったのに」


「別に、全部わかった上で行動した訳じゃないよ。絵本を渡して喜んでくれたのも結果論でしかないし、もしかしたら全然喜んでくれない可能性もあったから」


「それじゃあお前、何もわからないのに絵本を描いたのか?」


「ん~、そうと言えばそうだけど、でも一応は考えたよ。カピの助の願いは何だろうってさ」


 失くした絵本を見つけて欲しいという、その願いは昨日の時点で間違いなく叶った筈だ。

 だけど次の階層の扉は開かなかった。

 それはつまり、カピの助の願い、その真意は別の所にあったという話になる。


 では、カピの助が本当に願ったモノは何か?

 本当に欲していたモノは、その願いの奥底にあるのは何か?

 暗がりの部屋で一人考えて、思考を回し続けた結果、杞憂きゆうは1つの仮説に辿り着いた。


『カピの助の願い……それはもしかして、カピの助自身もわかってないんじゃないか?』


 流された絵本が宝物で、カピの助がそれを取り戻したかったのは事実。

 だけどそれはボロボロになって、修復不可能な代物になったのも事実。


 これは完全に杞憂きゆうの憶測に過ぎないが、恐らくその時点でカピの助の願いは“変わった”のだ。


 宝物がボロボロになった時点で――否、ボロボロだとわかった時点で、彼の中に「次の願い」が生まれた。

 ボロボロの宝物はそのままに、大切なままに、ひっそりと心の中にしまって。


 その上で、カピの助は「次」を欲した。

 古いおもちゃに飽きた子供が、新しいおもちゃを欲しがるように。


 “薄情な奴”だと、そう断罪することも出来るだろう。

 だけどそれは、悪いことでも何でも無く、至って普通のこと。


 どんなに大事な宝物でも、永遠ではない。

 物も、記憶も、全て劣化する。

 どんなに鮮やかな思い出も、いつか必ず色せる。


 だからこそ、「次」を欲することは決して恥ずべきことではない。


 そこで杞憂きゆうは、カピの助に「次」を提案したのだ。

 断られるなら仕方がないし、カピの助の「次」になれなくても仕方がないけれど、それでも出来るだけのことはやってみようと。


 結果的に、今回はたまたま上手くいっただけ。本当にそれだけだ。

 今日渡した絵本だって、いつかは劣化し、色褪せてボロボロになる。

 いつか必ず過去のモノになる。


 それでも構わないから、杞憂きゆうは新たな絵本を紡いだ。

 ボロボロの宝物を見つけて、仕方が無いと悲しみ、それでも強がっていたカピの助に喜んで欲しくて。

 今日渡した絵本が、いつか宝物ではなくなる時が来るとしても、せめて今くらいは喜んで欲しくて。


 夢破れ、絶望していた自分をカピの助に重ね。

 自分へ「頑張れ」とエールを送る代わりに――。



 そんな杞憂きゆうの意図を、どこまで琥珀こはくが感じ取ったかはわからない。

 どんな思考の上に絵本を描いて渡したのか、それを上手く喋れていたかどうかも杞憂きゆうにはわからないが、それでも彼なりに思うところはあったのだろう。

 話を聞いた後、琥珀こはくは相変わらず半分はだけた甚平の懐から“何か”取り出し、それをポイっと投げ落とす。


「受け取れ」


「おっと」


 遅れ気味の指示だが何とか間に合った。

 地面に落ちる前に杞憂きゆうが両手で掴んだそれは、笹の葉に包まれた“おにぎり”。


「飯をやる。頑張ったからな」


「……それはどうも」


 随分とシンプルな食事だが、それでも無いよりはありがたい。

 創作活動による一時的な興奮と、カピの助に喜んで貰えた嬉しさで腹の虫も大人しくしていたが、一度空腹を思い出せば「ぐぅ~」と腹の虫が鳴くのも止む無し。


 一口食べ、すぐに感じる塩の塩味と、遅れてやってくる白米の甘み。

 食べる程に空腹が満たされるどころか食欲が増して来る謎の現象を覚えつつ、杞憂きゆうはパクパクとおにぎりを頬張る。

 そんな彼の前に、木の枝から飛び降りた琥珀こはくがスタッと着地。


「飯食ったら、次こそふわふわのやつ作れ。わかったか杞憂きゆう


「はいはい。メロンパンの約束は忘れてないよ――って、ん? もしかして今、名前で呼んだ?」


「……お前のこと、ちょっとだけ認めてやる」


 そっぽを向いた琥珀こはくの顔。

 美しいその横顔が、僅かに朱を帯びて見えるのは気のせいだろうか?


 例えそれが気のせいだとしても。

 それが何だか嬉しくて、杞憂きゆうの顔から自然と笑みが零れるも――慣れぬ世界での活動限界が来た。

 睡眠不足と空腹が満たされたことも相まって、急激な眠気が襲って来た杞憂きゆうが「ふぁ~~」と大欠伸。。


「悪いけど、メロンパン作る前に一眠りしていい? 流石に眠気が酷くて……」


「全く、杞憂きゆうはしょうがない奴だな。ボクは心が広いから寝ることを許すけど、その分沢山作るんだぞ?」


「はいはい、わかったよ。ちなみに材料とかはあるよね?」


「厨房に行けば色々ある筈だ。それで作れるか?」


「それは見てみないことには何とも……」


「じゃあ今から厨房に行くぞ。材料の確認だ」


「えぇ~? その前に一眠りさせてよ」


「我がまま言うな。大人だろ」


「えぇ……」


 疲労困憊で眠い杞憂きゆうと、彼を叱咤するスパルタな琥珀こはく

 そんな二人の賑やかなやり取りを、少し離れた木陰から見守っている男性。

 徐々に小さくなる二人の背中を見守りながら、その男性は――白髪の長身イケオジこと白蛇様は、人知れず静かに目を細める。


「やっぱり、杞憂きゆうを選んで正解だった」


 ――――――――――――――――

◆あとがき

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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