13話:4匹の小さな雫達

「コイツ等は『しずく』。自然の力を司る精霊だ」


 狐の美少年:琥珀こはくが教えてくれたのは、厨房キッチンの果物籠に居た小さな生命体の正体。

 大きさは無花果いちじく1個分くらいで、身体の半分以上を占める雫型の大きな顔に、小さな身体と細長い手足が生えている。


 それが4匹。

 この“匹”という単位が相応しいかどうかも朝霧あさぎり杞憂きゆうにはわからないが、ともあれ。

 十人十色ならぬ四匹四色な4匹を前に、琥珀こはくが続けて口を開く。


「赤いのが『火の雫』、青いのが『水の雫』、緑が『草の雫』で、黄色いのが『雷の雫』だ。雫達は1000階旅館の色んな仕事をしてて、お前よりよっぽど働き者だぞ」とのこと。


 そんな怠け者こと杞憂きゆうを、カラフルで小さな4匹が各々豊かな表情で見上げる。


「人間が来たぞす(火)」

「コハクより大きいぞす(水)」

「何者ぞす?(草)」

「何しに来たぞす?(雷)」


(しゃ、喋ってる……まぁ今更か)


 白蛇やカピバラが喋る写し世せかいだ。

 今更何が喋っても大した驚きは無く、杞憂きゆうは意を決して雫達に声をかける。


「えっと、はじめまして。俺は朝霧あさぎり杞憂きゆう。ここでメロンパンを作りたいんだけど……厨房キッチンを借りてもいいかな?」


「どうするぞす?(火)」火の雫が左隣を見て、

「どうするぞす?(水)」水の雫が左隣を見て、

「どうするぞす?(草)」草の雫が左隣を見て、

「どうするぞす? ――あ、ボクの横には誰も居ないぞす(雷)」


 ボケなのか本気なのか、無人の隣を見た雷の雫。

 そんな雷の雫を見かねて、火の雫が「ぴょんッ」と果物籠の縁に立つ。


「この厨房キッチンは我々のテリトリーだ!! 我々の許可が欲しければ、甘々粉あまあまごなを持ってくるぞす!!(火)」


甘々粉あまあまごな? 何それ?」


「ヒントはあげないぞす。さぁ人間よ、この超難問にうんうんと沢山頭を悩ませるがいいぞす(火)」


「え~っと……多分だけど、甘々粉ってのは“砂糖”のことでいいのかな」


「「「ッ!?」」(全員)」


 雷に打たれた、とは正にこの事。

 いきなり正解を出された為か、驚いた衝撃で雷の雫が「ビリリッ」と“放電”。

 周囲に小さな電撃を撒き散らし、その放電を受けた3匹が跳び上がって、そのまま「きゅ~」と儚い声を出しながら倒れた。


 これに動揺したのは、放電した張本人:雷の雫だ。


「あわわわっ、大変ぞす。またやってしまったぞす~ッ(雷)」


「え、おい、大丈夫か? ――琥珀こはく、俺はどうしたらいい?」


「そんなに焦らなくても大丈夫だ。砂糖を舐めさせたらすぐに起きる」


「あ、そうなんだ? とにかく砂糖だね」


 勝手のわからぬ厨房キッチンだが、調味料などは大抵まとめて一か所に置かれている。

 テーブル並んだラックの中から杞憂きゆうが四角い箱を手に取ると、中にはスプーンと共に小さな白い粒が入っていた。

 粒のサイズ的には恐らく砂糖で、念の為にちょっと舐めてみるも「甘い」。

 塩と砂糖を間違えるような古典的なミスはせず、彼は倒れた雫達にその砂糖を舐めさせた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「た、助かったぞす(火)」

「ビリビリしたぞす(水)」

甘々粉あまあまごな、甘いぞす(草)」

「みんな無事で良かったぞす~(雷)」


 気絶した雫達に砂糖を舐めさせたら、小さな身体がムクリと起き上がった。

 ホッと胸を撫でおろす杞憂きゆうだが、火・水・草の3匹を「きゅ~」と気絶させた張本人:雷の雫は、杞憂きゆう以上にホッとしている様子。

 先ほど「またやってしまったぞす~ッ」と慌てていたので、どうやらこれが初めてという訳でもないらしい。


(雷の雫はドジっ子なのか? あまり吃驚させない方が良さそうだな)


 そんな内心を覚える杞憂きゆうの前で、再び火の雫が「ぴょんッ」と果物籠の縁に立つ。


「助けてくれたお礼に、“キュー”を手伝ってあげるぞす(火)」


「「「賛成ぞす~!!(水・草・雷)」」」


 と他3匹も賛同しているが、流石に聞き返さない訳にもいかない。


「キューって何? もしかして俺のこと?」


「もしかしなくてもそうぞす? キューはさっき、キューって名乗ったぞす(火)」


「いやいや、名乗ってないよ。俺の名前は朝霧あさぎり杞憂きゆうだ」


「それはぼくも聞いたぞす。でもでも、アサギリキュ―だと長いぞす」水の雫も会話に参戦。


「うん。短く呼ぶのは別にいいんだけどさ、キューじゃなくて“きゆう”だよ」


「……キュー?(草)」草の雫が首を傾げ。


「き・ゆ・う」と杞憂きゆうが丁寧に発音しても。


「キュー?(雷)」雷の雫まで首をかしげる。


「いや、だからね。俺の名前は――」


「キュー!!(全員)」


「……うん、まぁいいか」


 杞憂きゆうは諦めた。

 そして雫達4匹の前では「杞憂きゆう」改め「キュー」となった朝霧あさぎり杞憂きゆうの、メロンパン作りが幕を開ける。

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