23話:皆“完璧”を求め過ぎなんだよ

 猿も木から落ちる。

 ことわざの中では割と耳にする言葉だろうが、実際に木から落ちる猿を目の当たりにしたのは、朝霧あさぎり杞憂きゆうの人生で初めての出来事。

 それも動物番組や夕方のニュースでよく見るニホンザルではなく、金色の毛並みを持つ金絲猴キンシコウで、普通に「初めまして若旦那」と挨拶して来たのだから恐れ入る。


「アッチはキンジ――金絲猴キンシコウの『あやかし』ですぜ」


「ど、どうも。俺は朝霧あさぎり杞憂きゆうだ。何かまぁ色々あって、今は1000階旅館の若旦那(?)ってことになってる」


「キシシッ。色々って、どうせ白蛇の旦那絡みでしょ? あの方は結構強引だからな。まぁだからこそ頼りになるんだけども」


「そ、そうだな。白蛇様は頼りに……(なってるのか?)」


 むしろは今は酔っ払って、周りに迷惑をかけまくっている状態。

 ただ、それはあくまでも白蛇様の一面でしかなく、酔っ払っていなければ確かに頼れる存在なのは間違いない、のか?


 まぁそこの是非はともかく、挨拶はこれで終わりらしい。

 金絲猴キンシコウのキンジは、クルリと薬屋に振り向き、ここで彼の本題に入る。


貞明ていめい先生。こんな場所でアレだけどさ、また“例の薬”を貰えるかい? 明日『蓬莱亭ほうらいてい』を訪ねようと思ってたけど、ちょうど先生がこっちに来たからさ」


「オッケー、いいよ。僕もたまたま持ち歩いてたし」


 パーカーのポケットに手を突っ込み。

 ゴソゴソ漁って貞明ていめいが取り出したのは、小さく折り畳まれた複数の紙。

 話の流れからして、アレは薬を包んだ「薬包紙」で間違いなく、それを「はい」と笑顔でキンジに差し出す。


「毎回言ってるけど、一度に沢山使うのは駄目だよ。それと自分以外の者に使うのも駄目」


「わかってるって。先生の言い付けは守るよ」


 言いつつ、薬を受け取ったキンジの顔。

 そこには僅かながらも「安堵の表情」が見て取れ、『あやかし』の意外な一面を前にした杞憂きゆうは、そこに自然と親近感を覚えた。


(薬を欲しがる『あやかし』も居るんだな……知れば知るほど人間染みてるというか、何というか。益々以って『あやかし』のことがわからなくなってきた……)


「それじゃあ御三方、また今度。琥珀こはく坊は、今度アッチと毛並み対決しような」


「ふんッ、そんなのやるまでもなくボクの圧勝だ。でも、暇があれば受けて立ってやらなくもないぞ」


「キシシッ。それじゃあ暇を見つけて挑みに行くよ」


「好きにしろ。どうせボクの圧勝だけどな」


 モフモフな尻尾をフリフリして、琥珀こはくが偉そうに仁王立ち。

 それを「受諾」と受け取ったのか、金絲猴キンシコウのキンジは長い尻尾をクルクル回しながら森の中へと消えていった。


 そして、入れ替わる様に――茂みが揺れるガサリ



「あのぅ、先生……私にも薬を貰えますか?」



 ――“熊みたいな猫”が、恐る恐ると声を掛けて来た。



 ■



「あ、ありがとうございました……。あの、それでは……ッ」


 貞明ていめいから薬を受け取り、そそくさと逃げる様に遠ざかる“熊みたいな猫”。

 その正体は、哺乳綱ほにゅうこう食肉目しょくにくもくジャコウネコ科ビントロング属:ビントロングの『あやかし』だ。


 時に「珍獣」と呼ばれ、あまりメジャーな動物ではないものの、その割には結構多くの動物園で飼育されている。

 近年は目に見る機会も増えてきており、杞憂きゆうも先の『あやかし』を見て「あ、ビントロングだ」と僅かに感動した――という余談はさて置き。


貞明ていめい、意外にも『あやかし』に慕われてるんだな」


「えぇ~、意外にもは余計じゃない? 琥珀こはくっちからも、こんなに慕われてるのに」


 スッとモフモフ尻尾に手を伸ばすも、琥珀こはくにサッと避けられて終わり。

 そこに「しつこいぞ」と冷めた瞳を向けられれば、貞明ていめいも肩を竦める他ない。


「――ま、僕が慕われてるというよりも、『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』が慕われてるだけだけどね。それでも僕って人当たりは良い方だと思うし、杞憂きゆうっちよりは慕われてるかな? 杞憂きゆうっちもさ、もっと笑顔にならないと」


「余計なお世話だ。ちなみに興味本位で聞くが、さっき渡したのは何の薬だ? キンジにも渡してたよな」


「あぁ、中身はどっちも同じだよ。“ただの小麦粉”」


「……は? 何だって?」


 聞き間違いかと思って聞き直すも、貞明ていめいは「小麦粉」と同じ答えを返した。


「ビントロンちゃん、ちょっと前に色々あってね。それでアレコレ考え過ぎて不眠症になったみたい。キンジも近頃は眠りが浅いみたいで、それであの二人には『眠り薬』ってことにして小麦粉を渡してるんだ」


「えぇ、普通に藪医者じゃないか」


「あはは、これまた手痛い評価だね。この写し世うつしよにネットがあったら、杞憂きゆうっちに低評価爆撃されそう」


「いや、笑い事じゃないだろ。お前を頼って来てるのに……どうするんだよ?」


「別に、どうもしないよ?」

 さも当然と、あっけらかんと貞明ていめいが返す。

「余程切羽詰まった状況じゃない限り、僕は薬での対処療法は基本やらないことにしてる。薬に依存しちゃうと怖いからね」


「……それで治るのか?」


「治るというか、効果は結構あるよ。渡したのがただの小麦粉でも、プラセボ効果で眠り薬だと思えば眠れるし」


「プラセボ……思い込みの力ってやつか。まぁだからあの二人(二匹?)もお前の所に来てるんだろうけど、思い込みだけじゃどうしようもない時だってあるだろ」


「そりゃあね、思い込みにも限界はあるし。だから本当に薬が必要だと思ったら、僕だってちゃんと処方して渡す。――でもさ、治らなかったら何なの?」


「え?」


「『あやかし』も人間と同じだよ。元気な奴も居ればそうじゃない奴も居る。でも、死なない限りは生きてるし、それでいいじゃん。皆“完璧”を求め過ぎなんだよ。心や身体に不健康な部分が一切無い奴が、この世の中にどれだけ居るのかって話。自分の悪い部分ばかりに目が行って、他の人と比べて落ち込んで、それで益々元気が無くなってさ、悲しいことだと思わない?」


「それは……(そう、なのかも知れないけれど)」


 けれど――その後が出てこない。

 霧の様にもやっとした感覚があるだけで、そこで無作為に手を伸ばしても「コレだ」という言葉を掴める気がしない。


 結局、その日/その場で思いついただけの浅い考えでは、ずっと“向き合ってきた”だろう貞明ていめいには立ち向かうことすら憚られた。


 ――――――――――――――――

*あとがき

そろそろ森を抜けて、薬の材料を採りましょうかね。

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る