40話:杞憂日和②

 犬小屋――確かに杞憂きゆうが作ったのは犬小屋だが、言うまでもなくその出来はお粗末なモノだ。

 床は斜めの勾配がつき、壁は風の通しの良さそうな隙間が空き、屋根は隙間にプラスしてアチコチから釘がはみ出ている。


 ここが「アナタの居場所」と言われても、それで喜ぶ者が居ないことくらいは杞憂きゆうにもわかっていた。

 それでも汗を流したのは、強引に物事を進めようとした日本人形のあやかし:櫻子さくらこに、「無理なモノは無理」と納得させる為。


「な、コレでわかっただろ? どうやったって素人の仕事じゃ限界があるんだよ。本当に良い部屋にしたいならプロに頼むしかない」


「むぅ~……」


 期待以下だったと言わんばかりの反応だが、だからと言って「作り直す」ことはしない。

 これは責任の放棄ではなく、彼女のことを想えばこそ。

 更に言うなれば、杞憂きゆうの中に「惜しい」という気持ちはある。


櫻子さくらこが“もう少し小さければ”、既製品でも何とかなるかも知れないんだけどな。まぁ、それは言っても仕方がないんだけど」


「あら、それはどういう意味? 今の時代は部屋が売ってるの?」


「あぁ、確か“ドールハウス”っていう、人形用の家というか、部屋みたいなのがあるんだ。専門店に行けば小物も沢山あるから、櫻子さくらこが気に入る物もあるとは思うんだけど……」


「何よ、いまいち歯切れが悪いわね。そんないいのがあるんだったら最初からそれでも良かったのよ。何で隠してたの?」


 最初からそれを教えていれば、数時間かけてボロい犬小屋を作る必要も無かった。

 自らの努力を棒に振るような“今更の発言”に櫻子さくらこが怪訝な表情を受かべるも、杞憂きゆうには杞憂きゆうの言い分がある。


「別に隠してた訳じゃないんだけどさ、櫻子さくらこに丁度いいサイズの部屋は売ってないと思うんだよな。ドールハウスはもっと小さい人形向けなんだ」


「そうなの? アタシじゃ駄目?」


「多分な。俺も詳しい訳じゃないから、絶対に駄目だとは言えないけど……恐らく、櫻子さくらこが半分くらいの大きさなら丁度いいと思う。でも大きさを変えるとか無理だろうし」


「半分って、このくらい?」


 ボフンッ。

 前触れも無く、白いモクモクに包まれた櫻子さくらこ

 その煙がすぐに晴れると、丁度半分くらいの大きさになった櫻子さくらこの姿があった。


「そうそう、そのくらいの大きさなら丁度いいかも――って、小さくなれたのかよ」


「あら、小さくなれないなんて言った覚えは一言も無いわよ?」


 さも当然と言い返す櫻子さくらこ

 小さな彼女は続けてボフンッと煙に包まれ、それが晴れた時には“元よりも大きな櫻子さくらこ”に変わっていた。

 身長的には狐の美少年:琥珀と同じくらいで、大人とは言えないまでも間違いなく「人間のサイズ感」になっている。


「……大きくもなれたのかよ」


「あら、大きくなれないなんて言った覚えは一言も無いわよ? ――ま、この大きさは妖力の消耗が激しいから、長時間は無理なんだけど」


 小さい時とは打って変わり、人間サイズは口も開くらしい。

 パッと見は普通の女の子にも見える櫻子さくらこだったが、先の「妖力の消耗が激しい」発言は本当なのだろう。

 三度「ボフンッ」と煙に包まれ、結局は元の大きさに落ち着いた。


「小さくなるのは妖力も少なくて済むから、良い部屋があるなら小さい方に合わせてもいいわよ。アタシの度量の広さに感謝なさい」


「はいはい、感謝してますよ」


 非常に薄っぺらい感謝で、その感謝以上に「大きさを変えられる事実をもっと早く教えてくれたら……」と愚痴を溢したくもなるが。

 それは一旦、脇に退けて。


櫻子さくらこが小さくなれるなら、既製品でも何とかなりそうだな」


 何はともあれ「部屋作り」の目途がついた。

 自作するのは絶望的だった為、購入で済むならそれが一番手っ取り早いのは間違いない。


 ただし、コレで全ての問題が解決された訳でもなく、新しい選択肢が出て来たからこそ新しく出てくる問題もある。


「とりあえずはドールハウスを買うって方針でいいけど、この写し世うつしよで買える訳も無いからな。現世げんせに戻る必要がある」


現世げんせ……アタシが居た頃から何か変わったのかしら?」


「どうだろうな。日本人形で遊んでた時代からは色々と変わってると思うけど、その前にまずは“白蛇様に相談”しないと」


「白蛇様……?」



 ――――――――



 ~ 中庭を望む回廊にて ~


 キッチンから回廊まで戻って来ると、ロビーのソファでくつろぐ白蛇様(イケオジ)の姿があった。

 杞憂きゆう達の行動を先読みしていた訳ではないだろうが、これ幸いと声を掛ける。


「なぁ白蛇様、ちょっと頼みがあるんだけど」


「ん、どうしたの? って、お~、なるほどなるほど。キミが噂の櫻子さくらこくんだね」


 杞憂きゆうの肩に座る小さな人形を前に、グイっと前のめりで顔を近づける白蛇様。

 逆に、2メートル近い大男に接近された櫻子さくらこは、「うっ」と怯んだ後に杞憂きゆうの耳を引っ張る。


「ちょっと杞憂きゆう、誰よこのヤバいおっさんは?」


「ヤバいおっさんって……さっき言ってた白蛇様だよ。どうやら凄い『あやかし』らしくて、桃源郷から降りて来たとかなんとか」


「桃源郷から? それじゃあこのおっさん、神様じゃないの。どおりで“えげつない妖力”を持ってる訳だわ」


「あぁ、それでヤバいって言ったのか。早くも白蛇様の酒癖の悪さを見抜いたのかと思った」


 などと目の前で会話されたら、流石の白蛇様もいい気分はしないらしい。


「こらこら、人前でコソコソ話しない。それから櫻子さくらこくん、私のことはおっさんじゃなくて、せめて『おじ様』と呼んで欲しいねぇ。これでもまだまだ若いんだから」


「若いって、アンタいくつなの?」


「いくつに見える?」


「うげっ、面倒臭い神様ね。杞憂きゆう、後は任せたわ」


 出逢って早々、早くも白蛇様の性格を理解した櫻子さくらこ

 面倒事を杞憂きゆうに任せ、任された杞憂きゆうは渋々と“予想”を答える。


「まぁ人間的には40代くらいに見えるけど、『あやかし』で神ともなれば長生きだろうし……100歳くらいか?」


「100歳、それが杞憂きゆうの答えで本当にいいね?」


「いいよ別に。正直、何歳でも驚かないし」


 ここで1000歳とか10000歳とか言われても、どのみち感想は「凄いなぁ」で決まりだ。

 勿体ぶられても困るだけで、こんなことに時間を費やして欲しくも無い。

 そんな杞憂きゆうの内心を感じ取ったのか否か、白蛇様はグッと眉根を眉間に寄せる。


「それじゃあ正解を発表するよ。私の年齢、その正解は~~~~『ひ・み・つ』」



「「………………」」



 シラケた。


「そ、そんな目で見ないでよ。リアルに言うと300歳くらいだよ」


 神様と言えど、冷め過ぎた空気に耐えきれなかったらしい。

 白蛇様が速攻で答えをバラし、杞憂きゆうは「まぁそんなものか」とさざ波の如き感想を覚える。


「人間目線で言うのもアレだけど、流石に神様ともなれば長生きだな。『あやかし』は皆そのくらい生きるのか?」


「ん~、それは時と場合によりけりかな。皆それぞれの事情があるから一概には言えないんだ。――それで、私に何か用かな?」


 ここでようやく本題。

 随分と前置きが長くなった為、杞憂きゆうは色々と省いて真っ先に要件を伝える。


「ちょっと現世げんせに行きたいんだけど」


「え、写し世うつしよでの生活が嫌になった? 1000階旅館の若旦那は辞めちゃう感じ?」


「いや、そうじゃなくて――」


 事情説明かくかくしかじか

 櫻子さくらこの家作りの為、買い物に行きたい旨を伝えると、白蛇様は一度大きく頷く。


「なるほどね、そういうことなら“列車”を出してあげてもいいよ」


「え、いいのか? 相談しておいてなんだけど、もっと渋られるのかと思ってた」


「別に渋る程の理由も無いからね。それに私も、これから写し世うつしよに行こうと思っていたところだったんだ」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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