変幻自在のサウスポー

スターティングラインナップ


千葉ドルフィンズ


1番 ライト    入夏水帆

2番 レフト    穂立ほだてれん

3番 セカンド   鳥居とりい帝人みかど

4番 指名打者   阿晒あざらし兵太ひょうた

5番 サード    早々江さざえしん

6番 ショート   万田よろずだ英治えいじ

7番 ファースト  槍塚やりづかだん

8番 キャッチャー 垣田かきたあたる

9番 センター   たち正宗まさむね

先発投手 ほり秀樹ひでき


北海道パイレーツ


1番 ピッチャー  奥戸場おくとばそら

2番 セカンド   陸奥むつ吾郎ごろう

3番 ライト    宇坪うつぼ蘭太郎らんたろう

4番 レフト    グリン・トッド

5番 ファースト  恵比寿えびすたかし

6番 サード    かぶと大将ひろまさ

7番 キャッチャー 田西たにし重春しげはる

8番 ショート   芽張めばる憲治けんじ

9番 センター   矢守やもりたける

先発投手 奥戸場宙


 1番投手。プロの世界ではほとんど聞いた事の無い打順だ。

 プロの世界はほぼ全ての選手が投手か野手かのいずれかのみ属するため、二刀流の選手は稀だ。

 ましてや1番打者など聞いたことがない。


 先攻はドルフィンズ。

 先頭打者の入夏が打席に立つ。

 奥戸場と対戦したのは昨シーズンの一打席だけ。

 相性という意味ではまだ分からない。


 奥戸場が振りかぶる。

 ボールを持った左手は彼の背中に隠れて見えない。

 投球モーションへと入ってもなお見えない。

 ようやく見えたかと思ったのはボールが指から離れた後だった。


「ストラーイク!!」


『あ、今のフォーム斑鳩いかるがのに似てる』


 電光掲示板には145km/hと表示されている。

 奥戸場の投球の本質は150km/hのストレートではない。

 彼の真骨頂は柔らかい関節を存分に生かし、ボールを握る手を離れる寸前まで隠す投球術だ。

 こういった投球術の事を、「煙から突然ボールが現れる」ように見える事からスモーキー投法と呼ばれている。

 そうする事でボールの出所が見づらく、ボールが速く見えるのだ。


 2球目、同じようなフォームから奥戸場が投球へと入る。

 何でくる。

 直球か、それとも変化球か。

 ボールは入夏の手前で失速しながら沈んでいく。

 スライダーだ。

 引っかけた打球はワンバウンドしてファーストの定位置へと転がっていった。

 ほとんど手の内を明かせないままあっさりとアウトを取られた。


 2番の穂立はフルカウントからカーブを空振りして三振。

 しかし3番の鳥居はストレートを弾き返しフェンス直撃のツーベースヒットを放つ。

 4番の阿晒は四球で繋いで二死ながらランナー一二塁。

 チャンスの場面で左キラーの早々江が打席に入る。

 その初球、インコース低めに入ってきたストレートに対してバットが快音を鳴らした。

 飛距離は充分だったものの、角度が良くなかった。

 打球は伸びずセンターへの平凡なフライ。

 得点をあげられずに初回の攻撃を終えた。



 初回、パイレーツはピッチャーの奥戸場が右打席に入る。

 右投げ左打ちの選手は多いが、左投げ右打ちの選手はかなりレアだ。

 入夏にとってそんな事よりも気がかりだったのは二遊間の問題である。

 鳥居も万田も、そして周囲もひとまず解決したように振る舞っているが、昨日起こった喧嘩が一日で埋まるとは思えない。

 

 先発の堀が投げた初球、甘く入った変化球を奥戸場が捉える。

 打球は勢いよく投手の足元でバウンドした。

 傾斜もあって打球はイレギュラーを起こして高く跳ねる。

 しかし二遊間を抜けようかというところで万田がボールをグラブにおさめた。

 万田はボールを捕球したその勢いのまま軽くジャンプして一塁へと送球。

 ファーストが捕球してアウトを奪った。

 2番の陸奥が打った打球も同じような軌道を描いて二遊間へと飛んでいく。

 しかし打球は先ほどよりも弾まず、セカンドの鳥居が余裕を持って一塁へと送球する。


 外側から見てみると、二人のプレーは対極に見える。

 万田は荒々しくも迫力のある守備。

 鳥居は泥臭くはないが、気品のある丁寧な守備。

 この二人が分かり合うのは難しいような気もしてくる。


 3番の宇坪の打ったフライを入夏が捕球し、スリーアウト。

 お互い無得点の滑り出しを見せた。

 

 2回、ギアを上げてきた奥戸場に対してドルフィンズは三者凡退。

 堀は恵比寿からヒットで出塁されたものの続く兜に対してはカーブを引っかけさせてファーストへの併殺打に打ち取り無失点。


 両チームともランナーは出すものの、決定打を打てないまま試合は中盤へ。

 そして4回の裏、ついに試合が動く。

 今日1番として入っている奥戸場が堀のストレートを完璧に捉え、打球はバックスクリーンへ飛び込んだ。

 野手顔負けの自援護で1点を呼び込んだ。


 5回の表、下位打線から始まるドルフィンズが反撃を見せる。

 槍塚と垣田が連続ヒットで、舘が送りバントを決めて一死二三塁とチャンスの場面で入夏が打席へと入る。

 一打が出れば逆転もありうる。

 大きく深呼吸して、入夏がバットを構える。

 ここが試合のターニングポイントになるだろう。

 単打では足りない。

 打つなら外野の頭を越える長打を。

 入夏は強く握ったバットでフルスイングした。

 

 端的に言えば、この時点で入夏は奥戸場の掌の上だった。

 明らかに長打狙いのバッターに対して、奥戸場が投じたのは打ち気を出させるチェンジアップ。

 低めの完璧なコースに沈んだボール。

 入夏は当てこそしたものの、スイングの軌道が変化したことによって打球は高く上へと上がる。

 そのままボールはピッチャーのグラブにおさまりツーアウト。

 まんまとバッテリーの策略にしてやられ、ドルフィンズはこの回無得点となった。




『入夏君』


「なんですか」


『こういう時もあるから、そんなペットが死んだような深刻な顔しないでよ』


 試合後のロッカールーム。

 バットを立てかけ、入夏はタオルを顔に乗せてじっとしていた。

 もう30分くらいこの姿勢だ。

 他の選手たちはロッカールームからいなくなっている。

 起きた事を後から悔やんでも仕方がない。

 頭では分かっているが、中々切り替えられないのが人の感情というものだ。

 いつもならすぐに体を動かして切り替える事が出来るのだが、内容が内容なだけにすぐに立ち直れなかった。


「でも勇名さんならもっと良い結果を出せましたよね」


『……それはそれ、これはこれじゃない?』


 やっぱり。

 再び入夏はタオルに顔をうずめた。

 下手な励ましよりはマシだが、それでも傷つく。


『あぁもうしょうがないなぁ! とっておきの一発ギャグを見せてあげるから元気出してよ!』


「どうしてそれで元気が出ると思ったんですか」


『笑えるかどうかは半世紀近く温存してきたこのギャグを見てから言ってもらおうか! いくぞ、せーのっ!』


 がちゃり。

 ドアを開ける音がして、入夏はとっさにバットをタオルで覆った。

 見ると、鳥居だ。


「もしかしてお邪魔だったかな」


 先端のみ金髪に染めた頭を搔きながら鳥居が言う。


「いえ……」


 二人の会話はそこで止まる。

 入夏は鳥居の事が少し苦手だ。

 加えて騒動の渦中の人物ともなれば、話題に困るのは当然と言える。


「そう。それなら良かった。ところで前から聞きたかったんだけど、君がタオルで隠しているそのバット。どういう仕組みなんだ?」


「どういう、仕組みとは」


 ほとんどオウム返しのように入夏は返す。

 瞬時に意味を理解して、額に冷や汗が浮かぶ。

 勇名が言っていた、『鳥居は勇名の声が聞こえるのではないか』という仮定は本当だったのか。


「うん、うん。君が急に打つようになったのはそのバットを使ってからだよね。それと聞きなじみのない声が聞こえるようになったのはほぼ同時期。何かおかしいとは思っていたんだよね。本当はこんな事を疑いたくはないけど……君、そのバットに何か仕込んでいるんじゃないか?」


 鳥居は笑顔を崩さずに探偵のようなわざとらしい口調で言う。

 しかし彼の目は捕食者のように入夏を射止めていた。

 ―――バレた。

 入夏の視界から色覚が落ちるような感覚がした。


 

 







 


 

 

 


 


 

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