やりくり上手
『監督をしていたころの
「じゃあ、さっきの守備シフトは」
『調べて対策してきたんだろうね。まさか3日でそこまでしてくるとは思いもよらなかったけど』
思い返してみれば、先ほどの打席での配球もわざと引っ張らせようとしていたととれる。
緩いカーブでカウントを整え、最後には外角低めへのストレートで締める。
緩急をつけるリードの基礎ではあるが、その効果は折り紙つきだ。
『ねぇ、入夏君。なんでにやけてるの?』
勇名に指摘され、入夏は自分の口角が上がっていたことに気が付いた。
「……多分、ちょっと嬉しいんだと思います。守備シフトを組まれるまで警戒されてるなんて、初めてなので」
『随分変わった感性だね』
「うるさいですよ」
ドルフィンズは続く2番の渡が空振りの三振、3番の鳥居がショートゴロに倒れ三者凡退。
1回の裏の守備へと入った。
◇
ドルフィンズの先発は技巧派の右腕、あごひげとゴーグルが特徴的な
その立ち上がり、先頭打者の
しかし最後は外角ギリギリのスライダーで見逃し三振に打ち取った。
その後軽快に2アウトを取ったが、バッター有利のカウントから3番の
ランナーを一塁へとおいてマッハトレインズの頼れる主砲、左打ちの
ふっくらとした体型に、銀縁の眼鏡。
場所が場所なら熱狂的なマッハトレインズファンのサラリーマンにしか見えない安藤だが、ひとたび打席に立てば強打者としての雰囲気をまとっている。
肩越しに走者を見やり、西部が投球へと入るために足を上げる。
それと同時に一塁ランナーがスタートを切った。
捕球したキャッチャーの
ランナーを得点圏に抱える状況での4番との対戦となったが、西部は冷静だった。
内角ギリギリに外れるスライダーで2ボールとなるも、ストレートで空振りを奪う。
そして4球目、低めの変化球を下からかち上げるように打った打球は失速。
センターがボールを抑えて3アウトとなった。
2回の表に入っても玉城は止まらず。
バットコントロールに優れた
6番の
続く2回裏の守備。
打席には右打ちの5番の
体を縮こませ、腰を引く独特なバッティングフォームは加藤の代名詞だ。
初球、わずかにシュート回転したストレートに対して加藤は力負けせず打ち返す。
打球はセカンドの頭を越え、ライトを守る入夏の前でワンバウンドした。
加藤の打撃フォームは誰にも真似できない。
真似したところで上手くバッティングなどできないが、ヒットゾーンは広いようだ。
続くのは左打ちの6番、
目をつむったまま頭にバットの先端を乗せ、一呼吸おいて越智が打席に入った。
1球目は
際どいコースを突いてフルカウントになったものの、勝負球が高めに抜けて四球。
下位打線に入るとはいえ、ノーアウト一二塁のピンチとなった。
マッハトレインズはチャンスとなって、迎えるは左打ちの7番
大阪ビクトリーズから自由契約となっていたところを獲得された苦労人である。
そして彼もまた、先ほど出塁した加藤にも負けず劣らずの奇抜さを持った選手だ。
胸元のチーム名のロゴが見えるほど極端に体を開く打撃フォームでボールを待つ。
間を長く取って投じられた初球、変化球に引っかけさせられた打球はライトへ。
しかし入夏のところに届く前にボールはセカンドの
そこから助走無しのスローでショートへと送球。
ショートの万田もボールを受け取ってから全力のスローインで一塁へと送りダブルプレイ。
続く8番打者も内野フライに打ち取り、ピンチを凌いでみせた。
◇
3回の表、2アウト。
エンジン全開で飛ばす玉城に一昨年のドラフト1位ルーキー
俊足と捕手以外どこでも守れるユーティリティー性、そしてパンチ力の高さを甲子園大会で発揮した若手野手だ。
ちなみに兄の
プロの1軍公式戦では初打席、観客からも拍手が集まっている。
ロジンバッグを付け直した玉城が左の打席で待つ穂立漣に向かう。
いきなり強く振りに出るもストレートに遅れ空振り。
振り遅れたものの、良いスイングだ。
強気だが、力任せではない
ネクストバッターサークルで、入夏は穂立漣と過去の自分を重ねていた。
心臓が破裂しそうなほどのプレッシャーの中バットを振るのは勇気がいる。
過去の入夏はとにかく強気なだけで振ってストライクを失っていた。
玉城が再び腰を捻り投球に入る。
指先から離れたボールは弧を描いてキャッチャーへのミットへと飛んでいく。
先ほど入夏が手玉にとられたカーブだ。
負けじと穂立も食らいつくが、当てただけの弱弱しい打球がショートへと転がる。
しかし当たりが良くなかったことが幸いし、送球よりも早く一塁へと到達した。
俊足のランナーを一塁におけば戦略が大きく広がる上、極端な守備シフトは取りづらい。
モーションの大きなたつまき投法も使いづらい。
3回にして回ってきた絶好の機会を前に、入夏は一度屈伸運動をしてから打席へと入った。
狙うなら変わらずライト方向へ、先ほどは変化球に翻弄されたから警戒していって……。
「悪いな」
思考を回す入夏の耳に、越智の声が聞こえた。
どういう意味、まさかこれが揺さぶりというものか。
長い間をおいて、ようやく玉城が右足を上げた。
結論から言えば玉城はボールを投げた。
しかしそれはキャッチャーにではなく、一塁にである。
一切の無駄のない牽制。
虚を突かれた穂立が帰塁する間もなくアウトとなった。
入夏の第二打席はランナーの牽制死という水を差されるような結果となった。
「ランナーも首脳陣も軽率だったな。走りたい気持ちが出過ぎだ」
入夏の背後で、越智がぼそりと呟いてダグアウトへと引き上げていった。
◇
4回の表、結局初回と同じようなシフトの網にかかった入夏はセカンドゴロに倒れた。
2番の渡は空振りの三振、3番の鳥居は粘って四球を奪うもその後が続かず。
圧倒的な安定感を見せる玉城とは対照的に、西部は我慢のピッチングを強いられた。
1死から4番の安藤に死球を与えると、5番の加藤にもフルカウントから四球で出塁を許す。
越智はライトフライを上げさせてランナーをくぎ付け。
7番を内野フライ、8番を見逃しの三振に打ち取って援護を待つ。
しかし打線は玉城と越智の鉄壁バッテリーを打ち崩せない。
1死から6番の早々江がレフト前へのヒットを放つも、7番のムールはサードへのダブルプレイ。
ランナーを2塁に置くことすらも許されないまま前半を折り返した。
そしてその回の裏、ついに試合が動いた。
1番の田吹が10球ファールで粘ったのちに際どいコースを見極めて四球を選んだことを皮切りに、2番の
1死二三塁となって第一打席でヒットを打った3番の布施を迎えた。
その初球、変化球を打ち損ねた打球はワンバウンドして高く弾んでファーストへ。
迷わずスタートを切った田吹と、打球の高さに体勢が悪くなったファーストの早々江。
どちらが有利な状況かは明白だった。
遅れて送球した分、タッチをかいくぐる時間が出来た。
判定はもちろんセーフ。
この試合初の得点はフィルダーズチョイスだった。
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