地方球場での一戦を終え、舞台はマッハトレインズの本拠地・エクスプレスドームへと移る。

 選手や観客の頭上は屋根で覆われ、屋外の球場と比べて空調が効いている。

 そのため暑い夏場になれば選手にとってはオアシスのような球場となっており、入夏のチームメイトの万田よろずだも羨ましがっていた。

 外野席の前には「テラス席」と呼ばれる場所があり、観客が利用できるだけでなく通常よりもホームランが出やすい球場となっている。

 なんでも動画で見た話だと、親会社が鉄道会社だった時の名残でホームチームのホームランが出ると汽笛の音が鳴る事でも有名な、ユニークな球場だそうだ。


 マッハトレインズの先発はベテラン右腕のつつみ

 バランスの整った技巧派であり、スライダーとシュートの2球種でバッターを揺さぶるタイプの投手だ。

 キャッチャーは昨日と同じく越智おちが鎮座している。


 まっさらな打席に入る前、入夏は越智にぺこりとお辞儀をした。

 そうして顔を上げ、「今日は負けませんから」と越智にはっきり聞こえるような声で言い放った。


 スターティングラインナップ


 千葉ドルフィンズ

 1番 ライト    入夏いりなつ水帆みずほ

 2番 サード    三護さんごしょう

 3番 セカンド   鳥居とりい帝人みかど

 4番 ファースト  阿晒あざらし兵太ひょうた

 5番 ショート   万田よろずだ英治えいじ

 6番 指名打者   槍塚やりづかだん

 7番 レフト    穂立ほだてれん

 8番 キャッチャー 志々海しじみ大和やまと

 9番 センター   たち正宗まさむね

 先発投手 ほり秀樹ひでき


 福岡マッハトレインズ

 1番 セカンド   田吹たぶき弘正ひろまさ

 2番 センター   具足ぐそくこう

 3番 ショート   布施ふせこん

 4番 ファースト  安藤あんどうやすし

 5番 キャッチャー 越智おち子龍しりゅう

 6番 指名打者   加藤かとうたけし

 7番 ライト    高足たかあし泰平たいへい

 8番 サード    ふくろ章平しょうへい

 9番 レフト     グレイグ・トンプソン

 先発投手 つつみ定司さだし


 昨日の試合を勇名と振り返った結論は、「相手に振り回されすぎた」という事だ。

 守備シフトを多少変えられたところで動揺するのならまだ甘いと叱られた。

 確かにその通りだと入夏も思う。

 自分には臨機応変な対応ではなく、初志貫徹の方が肌に合う。

 貫き続けるしか生き残る道はない。

 ひとまずの対策として、一二塁間の内野を極力視界に入れないことにした。

 無心、集中。


 堤の初球、真ん中高めに落ちてきたスライダーを強く叩いたと同時に入夏は手ごたえを確信した。

 何歩かをゆっくりと歩き、丁寧に左手に抱えていたバットをそっと置く。

 ライト方向へと右肩上がりの真っ直ぐな打球が上がり、観客席へと突き刺さる。

 先頭打者ホームラン。

 3連敗中のドルフィンズが、久しぶりのリードを奪った。



 ◇


 幸先よく先制点を奪ったことで緊張がほぐれたのか、ドルフィンズ打線に火が着く。

 2番の三護がセンター前のヒットで出塁すると、3番の鳥居が進塁打を打つ間に2塁へと進む。

 続く4番の阿晒がスライダーを一塁ライン際にぽとりと落ちるヒットを放つ間に三塁ベースを回り生還。

 万田もレフトへのツーベースヒットでチャンスを拡大し、槍塚はフルカウントから見送って四球。

 1アウト満塁となって昨日から二日連続でスタメンに名を連ねた穂立漣に回る。

 しかし内野への浅いフライを打ち上げてランナーは動けず。


 2アウトとなって8番の志々海に打席が回る。

 あと1アウトまでこぎつけた事で開き直ったのか、堤の変化球がストライクゾーンに決まるようになっていた。

 1ボール2ストライクと投手有利となるが志々海も譲らない。

 5球粘ってフルカウント。

 ランナーが自動的にスタートを切れる場面となって迎えた9球目。

 鈍い音を立ててふらりと上がった打球はセカンドとセンターのちょうど間へと落ちる。

 この隙に二塁ランナーの万田が三塁を一気に回って生還。

 初回の攻撃から4点のリードを奪った。


 大量の援護を受けマウンドにはサウスポーの堀が上がる。

 先頭の田吹をファーストゴロに打ち取ると、その後も難なく上位打線を抑えて初回を終えた。

 堀は今年でプロ10年目、28歳と脂の乗った年齢。

 今シーズンは無援護に泣かされまだ勝ち星こそないが、ピッチングには安定感がある。

 どこか相手選手の堤にシンパシーを感じる縁の下の力持ちのような選手だ。


 2回の表、早くも入夏が2回目の打席を迎える。

 第一打席でホームランを打った事で、入夏は良い空気で打席に上がれていた。

 ただしかし、良い感覚を一度覚えると「もう一度先ほどの打撃を」と意識しすぎるためにかえって力が入る。

 高校最後の甲子園大会の後の不調もそれが原因だった。

 昔からの悪い癖だ。

 好調を維持できないのもところが起因しているのだろう。

 そして第二打席も同じように力が入ってしまい、外角のシュートボールに手を出してセカンドへのフライ。

 開き直った堤を前にドルフィンズは三者凡退で攻撃を終えた。


 次に入夏に打席が回ってきたのは4回の表。

 点差は変わらず4点、2アウトからヒットで出塁した舘が一塁にいる中で迎えた第三打席。

 腰を曲げ、「重心を下に意識する」という勇名のアドバイスを思い出して打席に立った。


「次、ストレート行くよ」


 後ろから越智が宣言したのは、初球を投げ終わって二球目への準備に入る途中の事だった。

 精神的に揺さぶりをかけにきているのだろうかと入夏の頭に疑念が走る。


「心理戦を仕掛けるつもりですか。俺、こう見えてもババ抜きは強いですよ」


「えらく限定的だな。安心しろよ、嘘をつくのは俺も宮使さんも嫌いだから」


「それじゃ駆け引きにならないですよ」


「別に駆け引きをする事が目的じゃないからな。予告したからには打ちに来いよ、こっちも全力で投げさせるから」


 入夏に嘘かどうかを確かめる術はない。

 ただ強気に真っ向勝負を挑まれて黙っているような人間でもなかった。

 ふぅ、と息を吐いてバットを構える。


 堤がセットポジションから投球モーションへと入る。

 右投げから左打者のインコースを突く直球が唸りをあげて迫った。

 対する入夏も全力でスイングしにかかる。

 かん、という音と共に捉えた打球はかなりの飛距離を出しながらもライトのファールゾーン、観客席へと飛んでいった。


 ……甘かった。

 打球がファールゾーンを切れるのを確認し、入夏は軽く舌打ちを鳴らす。

 インコースのストレート。

 重みのある良いボールではあったものの、ファールにしか飛ばせないようなコースではなかった。

 球種が分かっているのにも関わらず、体が開くのが早かったのだと思う。

 

 一度考えをリセットしようと思いながら打席へと戻る。

 そんな入夏の後ろ、キャッチャーマスクを被り直した越智が


「なるほどな。今のではっきりした。君は勇名涼ではないんだな」


 低い声でぼそりと呟いた。



 ◇


 試合終了


 1マッハトレインズ4ドルフィンズ

 

 他球場の結果


 5パイレーツ2スパークス

 8フィッシャーズビクトリーズ


 ※今回のピックアップナインはお休みです。


 試合は先に主導権を握ったドルフィンズがリードを保って勝利。

 守ってはセンターラインの3人が好プレーを見せ、9回には新クローザーの鳴子がランナーを出しつつもセーブを挙げる活躍。

 連敗を3で止めた。



 しかしロッカールームでたたずむ入夏の胸の中には何とも言えない違和感があった。

 4回の攻撃に越智からかけられた言葉がどうにも引っかかっていたからである。

 あの「なるほどな」という一言の中にはどこか落胆したかのような感情が含まれていたような気がした。

 あと球種が分かっておきながらタイミングが微妙に合わなかった事が悔しい。


「勇名さんならさっきのボールは打てましたか?」


『どうかなぁ。スポーツの世界において「もしも」はご法度だし』


「真面目に聞いてるんですけど」


『……まぁ、打てたと思うよ。平常通りなら』


 分かっていたはずの事だ。

 勇名にはやはりまだ遠く及ばない。

 今はひたすら練習を重ねて上がっていくしかないのだ。


「俺が上手くなるためには何が足りないと思います?」


『そういうのって自分で探すことに価値があるような気もするけれど。んー、俺から見て足りないと思うのは安定感、かな。君は心身の状態によってスイングスピードにムラがある。それはどの選手にも言えることだけど、君の場合極端っていうか何というか……。スイングスピードを測れたらもっと分かりやすいと思うんだけどな』


「ありますよ」


『マジで!? 現代の科学力凄いな!』


 









 

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