ここが俺たちの開幕戦

 千葉ドルフィンズのにしき監督、成績不振により休養か―――。

GW明け、平日の昼間に報じられた一文はあっという間に野球ファンの間を駆け巡った。

ここまで32試を消化し9勝22敗1分の借金13と、オーシャンズリーグの中で二桁勝利を上げられていない。

開幕から着々と積み重ねた借金の数が示すようにドルフィンズはチームとして精彩を欠いていた。

得点数、打率、長打率共にリーグ最下位。

貧打ここに極まれりという数字である。

去年ワーストだった盗塁数こそ主力である鳥居とりいの活躍もあって3位に

つけているものの、肝心の得点に繋がっていない。


 そういった状況の中での監督休養。

つまるところそれは現体制のチームとして再建不可を示すに等しい出来事である。


『今後は代永2軍監督が監督代行としてチームを率いる予定』


 代永が「ついに俺にも回ってきやがった」と言っていたのはこの事なのだろうと、入夏は思った。

それにしても、概ね一か月ぶりの一軍昇格。

時期としては不謹慎かもしれないが入夏の胸は躍っていた。


『公示


 千葉ドルフィンズ


 1軍登録


 鳴子なるこ貞昭さだあき(投手)

 万田よろずだ英治えいじ (内野手)

 たち正宗まさむね (外野手)

 入夏いりなつ水帆みずほ (外野手)


 登録抹消………                            』


 この日、一軍昇格が決定したのは入夏を始めとした4名。

二軍降格となったのも同じく4名、しめて8人の大幅な入れ替えが行われた。


 今日は18時から埼玉フィッシャーズとの試合である。



 強打のチームであるフィッシャーズは打撃練習にも華がある。

フィッシャーズはプロの中でも重量級の打者が多く、強打の名に恥じない鋭いスイングをチーム全体がしている。


 また一球、凄まじい音と共にボールがスタンドへと放り込まれた。

打球の主はフィッシャーズの金師かなし有世あらせである。

大柄な骨格の上に肉付きの良さを貼り付けられた体は正に長距離打者と呼ぶにふさわしい。

投手の動きに合わせてゆったりとバットを引いて放たれる打球は綺麗な放物線を描く。

金師は打線の中核、4番として今年も打線を引っ張り本塁打はリーグ単独トップの9本を放っている。


『彼の事が羨ましいかい?』


 金師の姿を見つめていると、不意に勇名の声が聞こえた。


「羨ましいとは言いたくないです。でも、あの人くらい成績を残せるようになればいいなと思います」


『そうなの? やけに熱のある視線を送ってるからつい気になってね』


「あの人、契約更改でごねる事で有名なので」


『え? そんなのよくある事じゃない?』


「ほぼ毎年ですよ?」


『……あー、それはすごい人だね』


 金師のキャラクター性を語る上で避けては通れないのが、彼がよく泣くということである。

ただの激情家というわけではなく、冷静なのか憤っているのかのどちらともとれるコメントを残して涙を流すのだ。

それが顕著に表れるのはシーズン終了後、選手の移籍や契約更改などが行われるいわゆるストーブリーグの時期である。


 ―――金師は絶対に一発で契約更改をしない。


 野球ファンではもはやこの噂は常識レベルだ。

入夏もニュースの映像しか見た事は無いが、金師の「私は悲しい」という一言から始まるこの文言はもはやお家芸と言っても差し支えなく、常套句として使われている。

しかしながら謎のカリスマ性を持っているらしく、チーム内では慕われているようだ。


『彼のバッティングは何というか、昔の友人を思い出すよ』


「大事な事じゃないですか。早く言ってくださいよ」



「全員、ちょっといいか!」


 球場でのスタメン発表が終わり、いよいよ試合まで30分を切った中。

ベンチで代永が手を叩く。

室内の視線が一斉に彼に向いた。


「今はチームとして苦しい状況だ。だがシーズンはまだ始まったばかりだ。俺たちは優勝を諦めてはいないし、ファンのためにも諦めるわけにはいかない。そのためには下からの突き上げが必要不可欠だ。だからチャンスがあればガンガン使っていくつもりだ! ここから巻き返すぞ! じゃあ声出しは……」


「万田やりなよ」


「いいな! せっかく一軍上がってきたんだし!」


「え、俺っすか!?」


 鳥居が口火を開き、応じるように阿晒も賛同する。

全員からの視線を受けた万田が「じゃあやります!」と軽く咳払いをして円陣の中心に入る。


「俺たちは一試合一試合まっさらな気持ちで、それこそ今日から毎日開幕戦だというくらいの気持ちを持って試合に臨んでいきましょう! さぁ行きましょう! ここが俺たちの! 開幕戦だ!! 行くぞぉ――!!」


「「「しゃ―――!!!」」」


 万田の掛け声に合わせて、チームも大きく声を上げた。


 スターティングラインナップ

千葉ドルフィンズ

1番 ライト    入夏いりなつ水帆みずほ

2番 レフト    つくだ爽一郎そういちろう

3番 セカンド   鳥居とりい帝人みかど

4番 ファースト  阿晒あざらし兵太ひょうた

5番 指名打者    トマス・ムール

6番 ショート   万田よろずだ英治えいじ

7番 サード    槍塚やりづかだん

8番 キャッチャー 志々海しじみ大和やまと

9番 センター   たち正宗まさむね

先発投手      蔵家くらいえ遥真はるま


埼玉フィッシャーズ

1番 レフト    浜町はままち千尋ちひろ

2番 ライト     レナード・グレース

3番 セカンド   梶木かじきがく

4番 サード    金師かなし有世あらせ

5番 指名打者   眞栄田まえだ天空てんく

6番 キャッチャー 西村にしむらるい

7番 ショート   丹生うにゅう千里せんり

8番 ファースト  ともえらん

9番 センター   羽瀬はぜ慧太けいた

先発投手      味平あじひら遊飛ゆうひ

 



 一回の表、フィッシャーズの攻撃。

マウンドにはプロ4年目を迎える軟投派投手、蔵家が上がる。

蔵家は大きく沈むチェンジアップを武器に三振を多く奪うスタイルが特徴的だが、その一方でいわゆる一発病持ち、つまるところ甘く入った球をホームランにされる事の多いムラッ気のある投手である。

特にフィッシャーズの5番に入っている真栄田とは相性が悪く、対戦した通算16打席中5安打、本塁打3本とカモにされている。


 フィッシャーズの先頭打者、右の浜町が打席に入ってプレイボールが宣告された。

キャッチャーの志々海のサインに頷き蔵家が左腕を振り抜く。

初球、沈むチェンジアップが低めに外れて明らかなボール球。

制球がやや定まらず1ストライク3ボールとなった4球目、ストライクゾーンに入ってきたストレートを浜町は見逃さなかった。

快音と共に強いゴロ性の打球が三遊間を襲う。


「待ってましたぁ!!」


 打球は内野を破る前に威勢よく声を上げた万田のグラブへと収まった。

打者は俊足、捕球した位置は内野の赤土と外野の天然芝が交わろうかという深い位置。

しかし、万田にとってそんな事は関係ない。

両足で地面に踏んばり放たれた送球は山なりの軌道を描いてファーストのミットへと吸い込まれた。


「アウト!」


「うっし! ワンアウト―!!」


 頬をほころばせ、外野の選手にまで届くような声と共に万田が人差し指を上げる。

代永体制となって初のアウトは、ショートのファインプレーとなった。


 蔵家はこのプレーでリズムを取り戻したのか2番のグレーズをファーストゴロ、3番の梶木に対しては得意のチェンジアップで空振り三振を奪って見せた。




 1回の裏、先頭打者の入夏が左の打席に入る。

バットを3度くるりと回し、構える。


『強気に、でも乱暴には扱わないでねー』


 グラブを前に突き出して振りかぶらずにスリークォーターから、味平の第一球。

低めのボールに入夏は姿勢を屈めて打ちにかかる。

低めに落ちる球に対して膝をついてバットがぶおん、と盛大に風を斬った。


『アプローチとしては間違っていないけど。でもあはは、絵みたいな綺麗な空振り! 久々に見た! でもそれでいいよ、むしろ愚直な方が君らしい』


 む、と口をへの字に曲げて一度バッターボックスを離れて膝に付着した土を払う。

空振りの仕方が派手だっただけで、姿勢としては悪くはなかった。

まずは呼吸から整えていこう。

強く、鋭く、腹の奥に重心を置くイメージで。

大丈夫、教えてもらったあの感覚があれば何度だって没頭できる、潜れる。


 次こそはと心に決めて再び入夏が打席に戻る。

味平が再び構えて投球フォームに入る。


 ―――ぱかん。


 1球目とは違う、ストライクゾーン低めに入るフォークを捉えたバットは綺麗な音を立てる。

低めを引っ張った打球はライトのフェンスに直撃した。

フェンスの跳ね返りが強く、すぐライトが捕球したため入夏は1塁ベースを蹴ったところでストップした。

1軍での久々の快音に、思わず入夏は両手を握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る