止められない止まらない
長かった守備の時間を終え、打席に入夏が入ろうとしていた。
4回の裏、5点のビハインドを背負った展開。
マウンドには
ここまで走者を一人も出さない完璧なピッチングを見せている。
大きく息を吐き、入夏がバッターボックスから眼光を飛ばす。
旗がゆったりと投球モーションに入り、しなやかに左腕を伸ばしてボールを投げた。
入夏がストレート狙いで強気に振りにいったのに対し、ボールはふわりと減速するような軌道を見せる。
ブレーキのきいたチェンジアップで完全にタイミングを外されたバットは何の手応えもなく空振った。
ストライクゾーンのボールだったとはいえ、完全にタイミングを外されたのは腹が立つ。
あぁ腹が立つ。
完全に手玉を取ったようなピッチングをしている相手に。
そしてそれ以上に打てない自分に。
打たなければ。
胸の奥からカッカと湧き上がる激情に揺られるがままに打席に入ろうとしたその時。
『ちょっと一回打席から離れて』
入夏の思考を遮るように勇名から指示が飛んだ。
不審に思いながらもタイムを取り、打席上にまかれた白線をまたぐ。
「なんですか」
『君すごいね、びっくりしたよ。こっちにも凄い情報量の波が来たんだから」
「……えっと、それはどうも。ありがとうございます?」
『褒めてないよ! 考えがごちゃごちゃして一つもまとまってないし、君もしかしなくても熱くなると周りが見えなくなるタイプだな!』
勇名に指摘され、入夏はようやく先ほどまでの自分が感情的になっている事に気が付いた。
また悪いところが出てしまっていた。
このまま打席に立ってもきっと焦りに突き動かされるまま凡退していたことだろう。
反省しなければ。
『あれ? もしかして言いすぎた? いや、ごめんって。別にそんな落ち込んでほしいわけじゃないんだよ。ただちょっと落ち着いてほしかっただけであって』
「ありがとうございます。おかげで少しですけどマシになりました」
『え? うん、どういたしまして?』
とりあえず一旦リセットだ。
頬を叩いて再び打席に戻り、バットを構える。
少し間を取って投げられた2球目、再びチェンジアップで打ち気を誘われるがぐっとこらえてバットを止めボールに。
落ち着いていなかったら今のボールはスイングしていた。
大丈夫、さっきよりは落ち着いている。
そう入夏は自らに言い聞かせて地面をならした。
3球目はストレートがワンバウンドして2ボール。
打者にとっては有利なカウントになる。
息を整え、迎えた4球目。
ややシュート回転がかかり、左打者のインコースに食い込むボールを打ち返した。
今日の対決で初めて使われたインコースに対して入夏はほとんど反射でバットを振ったようなものだったが、鋭いゴロとなって一二塁間を抜けようとしていた。
が、打球は大きく横っ飛びしたファーストのミットの中に収まった。
ファーストが上半身を起こしながら送球の準備をするが、カバーに入るピッチャーは少し出遅れている。
こうなればスピード勝負だ。
入夏は減速せずただひたすらに両足を交互に動かしながら駆ける。
間に合え、くそったれ!
旗の存在をすぐ左に感じながら一塁ベースを駆け抜ける。
「セーフ!」
審判の判定を聞いて、入夏は喜びと悔しさの半々がこもった雄たけびをあげた。
5点という差があることから、たった一本のヒットで一喜一憂する必要はない。
しかし入夏は噴火する感情を抑えきれなかった。
さて、入夏が出塁してノーアウト1塁。
投手の旗がセットポジションに入る様子をじっと眺め、彼が投げようとモーションに入った瞬間勢いよくスタートを切った。
旗は球速のあるピッチャーではない。
少しでも点差を縮めるためには盗塁が最適解だ。
ベンチからは「走れそうなタイミングで走れ」というサインが出ていたが、走るなら初球がいいと入夏は肌で感じていた。
足が、心が前へ前へと叫ぶ。
止まらない。誰にもこの感情は止められない。
右足からスライディングで滑り込み、二塁ベースに触れる。
内野のタッチがワンテンポ遅れて入った。
盗塁が成功し得点圏まで一気に進んだ入夏だったが、続く渡はショート正面へのゴロを打ち進塁できず。
1アウト2塁となったところで3番の
鳥居は初球攻撃を敢行。
バットの先端に当てたボールは詰まりながらもセンター前へと落ちる。
入夏は2塁から減速せず3塁ベースを蹴り一気に本塁へ突っ込む!
しかしバックホームが早い、キャッチャーが中腰になりながら入夏をタッチしようとする。
「セーフ! セーフ!!」
判定は入夏の勝ち。
入夏本人も先にタッチしたという確信があった。
タイミング的にはアウトだったが、外野からの返球が高くなったことが幸いした。
送球を捕るために姿勢が高くなりタッチに入るために必要な動作が増える。
その結果入夏はキャッチャーのタッチを身をよじらせてかわし、ホームベースへと触れる事ができた。
一塁塁上で先端のみ染めた金髪を揺らしながら鳥居がガッツポーズを上げる。
しかし、この試合で返す事が出来たのは結局この1点のみ。
入夏は6回にもヒットを放ちチャンスメークしたが、このヒットは得点には結びつかなかった
7回からはフィッシャーズの救援陣に対してランナーを一人も出せず。
3番手の
◇
代永監督談話
―――初黒星になりますが。
「何でもかんでも初ってつけりゃいいもんじゃねーぞバカヤローめ。どんなチームも勝つ時は勝つ! 負ける時は負ける! 切り替えていくだけ」
―――旗の前に手も足も出ず。
「まぁ、いい投手ではあるんですけど。それだけで終わらずにいきたい。プロなんだから」
―――7番以降の下位打線が無安打
「打線が課題というのは元々分かっている。それよりも2番打者の方が心配。打席に回ってくる回数が2番目に多いので」
―――先発の萩川は4回が悔やまれる
「若いということですかね。投手はかなり繊細ですから、本人の中でズレがあったんでしょう。また次回奮起してもらえれば」
🈡
他球場の結果
今回のピックアップナイン
S
P
S
D
F
M
M
P
V
◇
「俺、今日の試合で改めて気づいたことがあります」
試合終了後、選手たちが早々とベンチを去っていく中。
入夏は呟くように、しかし誰かに話すように声を発した。
『気づいたって?』
勇名が聞き返す。
入夏はグラウンドの方へ視線を動かさないまま答えた。
「自分は止まる事が嫌なんだな、って。自分の感情を抑える事は嫌いです。ずっと進化し続けたい、胸の鼓動に揺られるままに生きていたい。俺は一生止まらずに進みます。だから、ちゃんと俺についてきてくださいね」
やり方をぶらすつもりはない。
止まる気など毛頭ない。
例え道を違えたとしても、後悔する資格もないのだから。
『はははっ、随分と面白い事を言うじゃん。事もあろうに人生の大先輩に対して言う事かそれは!』
「
『はーん、屁理屈できたか。まぁいいだろう、俺は寛容だからね。というか、今のに関してはお願いというか宣言だよね?』
「そうです、ただの意志証明です。だから、お願いします」
『……ま、君に憑りついた以上仕方ないね。君がどんな道に進んでも、なるべく止めないようにしてあげる。その方が色々見れて俺も楽しいからね』
◇
第一回ピックアップナイン結果発表のコーナー
3位
万田 好守&プロ初三塁打 「阿晒さんがよく走ってくれたので」
今シーズン初出場の万田選手が好守にわたって活躍を見せた。
初回、先頭打者の浜町の鋭い打球をさばくと、自慢の強肩でアウトに。
打撃では先発の
プロ初の三塁打に万田は「阿晒さんがよく走ってくれたので行くっきゃないな、と思い精一杯走りました」と笑顔で答えた。
2位
宇坪 タイムリーに珍コメント「どの球種を打ったかよく分からない。速かったので」
パイレーツは1-4とビクトリーズに敗れた中、宇坪が一人息を吐く結果となった。
好調を続けるビクトリーズ先発・
得点圏にランナーを置いた状況で深瀬のボールを打ち返し、チーム唯一となる長打と打点をあげた。
この打席に対してコメントを求められると「無我夢中でした。どの球種を打ったかよく分からない。とにかく速かったです。あの球種が何だったか分かります?」、と答え取材陣から笑いを誘った。
1位
入夏 今シーズン初本塁打に「次は160km/hを打ちたい」
ドルフィンズの入夏が今シーズン初本塁打を記録した。
1安打を放って迎えた5回、
ポール際に上がったボールは切れずにそのままスタンドイン。
今シーズン初のホームランに対して「その後の打席で三振してしまったので。出塁した3打席よりも三振の方が印象に残ります。次は160km/hを打ちたいです」とコメントした。
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