誠意とは金ではなく唐揚げ

『そろそろ一週間経つ事だし、この前出した宿題の答えを聞かせてもらおうかな』


 あくびの混じった声を上げて勇名が切り出したのは、宿題とやらを出されて丁度1週間後の朝だった。

久しぶりに喋るセリフがそれでいいのかと入夏が思ったのはさておき。


「答え、というか。あくまでも推測の域を出ないですけどいいですか」


『いいよ。そう言うからには何かしら思い当たる所があるんだろ?』


「……はい」


 舘の映像を見て気になった違和感。

原因に確信はない。

しかし舘の身に何が起こっているのか、入夏は少しずつ頭の中で整理できていた。


「まず、前提として舘の守備は一流です。だから他の人間には変化が分かりづらいと思います。それこそ、映像を比較して見返すくらいの事をしないと」


 舘の守備は高校時代から一貫して上手い。

捕球してから投げる速さも、打球に対する反応速度も、追いつくスピードもプロ水準の上をいくものだ。


「正直、あの守備ならある程度はやっていけると思います。けど、舘は打撃力が足りない。現代では打撃と守備の両立を求められがちなセンターとしてやっていくには難しい。守備特化のセンターを目指すとしても勇名さんの指摘した『ズレ』がネックになる。それが『致命的』な部分なんじゃないか、と思います」


『で、どこがズレていると思う?』


 自分の推測があっているのか、などという考えが入夏の頭にあったのも事実だ。

そのため一瞬逡巡するも、やはり言わなければ話は進まない。

意を決して入夏は口を開いた。


「守備に対する積極性……昔風に言うなら泥臭さが欠けつつあるんじゃないか、と」


『……へぇ。根拠はあるの?』


「高校時代から舘は走塁や守備で滑り込むシーンが多かった。プロに入ってからもそのスタイルは続けてきた。けど、去年のシーズン開幕からの守備ではそういうアグレッシブなプレーが減っています。根拠というには不足かもしれませんが、変化は起きていると思います」


『それって他の人から聞いた話なの?』


「いえ、代永2軍監督に協力していただいて映像を見返しました」


 舘の滑り込むスタイルは走塁・盗塁では変わっていない。

そして守備は、前と後ろの打球に関して言えばドルフィンズに入団して以降、進化を続けている。

問題は横、つまりレフトとセンター、センターとライトの間だ。

無理をしなくなった、余裕が出来たと言えば聞こえはいいが、それが舘の選手としての最大限の良さを引き下げている。


 守備に余裕が出来る事を責めたいわけではない。

その余裕が良いプレーに繋がるのなら、それが一番だ。

けれど余白は違う。真っ白ならその先を紡ぐ事は出来ない。

要するに、舘のプレーには不要な空白が出来ている。

入夏の目にはそう映っていた。


『じゃあ、君の思う原因は何だと思う?』


「…………やる気の問題??」


『本気で言ってる?』


「すいません、流石に今のは言い方がおかしかったと自分でも思います。しかし、精神的な問題が絡んでいる可能性は高いと思います。去年のオープン戦、舘は守備の際に他の外野の選手と交錯する事故を起こしました。それ以来舘は中間の打球に対する反応が僅かに遅れるようになった」


『なるほど。それが君の推測する答えってわけだ。で、どう解決する?』


「解決??」


『言ったでしょ。原因を見つけて、解決するまでが宿題だって』


 確かに勇名はそう言っていた。

だがしかし、入夏からすれば無理な相談だ。

話しかければ逃げるほど舘には恐れられている。

そんな彼に干渉して問題を解決だと?

自分には求心力というものも、カリスマという夢のような才能も持ち合わせていない。

あるのは中途半端な野球の才能だけだ。

自らをそう評価する入夏にとっては悪問にも程があるものだった。


『大丈夫だよ。君はちゃんと彼の事を知ろうと自らの目で見て、考えたじゃないか。そこまで出来るんだったら、打ち解ける事なんて君が思っているよりずっと簡単だよ』


「そうなんでしょうか」


『まぁぶっちゃけて言うとさ。君にはせめて最低限のコミュニケーション能力がないと困るんだよね』


 あぁ、結局はそれが本音か。

腹は立ったがどこか納得した入夏であった。




 昼食はバイキング形式となっているため、選手たちは様々なメニューから自由に食事をとる事が出来る。

この日の入夏はご飯に唐揚げとサラダ、そして味噌汁という至って普通な組み合わせを選んだ。

昼食をおぼんに乗せて辺りを見回して席を探す。

食堂の隅で一人座って麺をすする舘を見つけ、入夏はそこへと直行した。


「隣。座っていいか?」


「え……。ど、どうぞ」


 舘の曖昧な返事を受けて、入夏が席に座る。

昼食中であればすぐには逃げられないだろうし、腹を割って話せるかもしれない。

けれどまずは―――


「なぁ舘」


 入夏が声をかけると、舘は肩をすくめて背筋を伸ばした。

怒られる事に対して怯えている子供のようだ。

ひょっとしなくてもその原因が何なのかは明らかだった。

一度座った席から立ち上がり、入夏は舘に対して頭を下げる。


「悪かった。ここ一週間くらいつけまわして」


「……??」


「怖がらせてしまった事を謝りたい。すまなかった」


 目をぱちくりとさせている舘に対して、入夏は言葉を続ける。


「俺はお前の事を知りたかった。そのために色々しようとしたが、やっぱり分からないことだらけだった。いくら何でも配慮が足りなかったと思う」


 入夏はコミュニケーションが苦手だ。

だから、苦手なりにどうすればいいのか。

どうアプローチすれば良いのかを再び考えた。

第一に必要なのは耳障りの良い言葉でも爽やかな笑顔でもなく、誠意だ。

そして誠意とは自らの非を認めて行動することである。

故に、入夏は謝罪する事を先に選んだ。


「いや、別にそんな。気にするほどの事でもないですけど」


「そうなのか?」


「……本当の事を言えば怖かったですけど。別に入夏さんに怖がらせようとか脅そうとかそういう意図があったわけじゃないのなら、もう俺はそれで満足です。むしろこっちの方こそ、避けるような真似をしてすみませんでした」


「問題ない。俺は別に気にしていないから大丈夫だ。それより、目を閉じたまま口を開けてくれ」


 怪訝そうな表情を浮かべながら、舘は入夏の言葉に従って口を開ける。

入夏は箸で自分の皿にあった唐揚げ二つをひょいと掴んで舘の皿へと盛った。


「もう目を開けていいぞ」


「あ、はい……。あれ、唐揚げ?」


「素直に言わせてほしい。お前自身の事を教えてくれないだろうか」


「え。いや、何で唐揚げ?」


「俺なりの誠意だ。足りないというなら唐揚げを足そう。なんならスイーツを奢るでもいい」

 

 舘は自らの皿に盛られた唐揚げをじっと見つめ、そしてこらえきれなかった笑いが鼻から漏れた。

入夏から顔を背けて口元を抑える。


「ひょっとして、唐揚げ苦手だったのか?」


「いや。……なんていうか、ビビってた自分がちょっと馬鹿らしく思えてきちゃって。で、話すくらいなら全然いいですよ。唐揚げ二つに免じて」


「いいのか?」


「むしろこっちの方が、ちゃんと話さないとって感じしますし。ほら、雇用関係と同じです。の人間関係は怖いというか、縁も切れやすい感じしますから。友人関係なんてもんは大抵薄っぺらですし……どうして変に気を遣わないといけないんだろうって思う瞬間なんていくらでもありますし」


 ぶつぶつと小言を言いながら舘は左手で髪をいじりだした。

それから一息ついて「とりあえず、この唐揚げはいただきますね」と舘が箸で唐揚げに手を伸ばす。


「…………」


「あの、入夏さん。物惜しそうな視線でこっちを見ないでくださいよ。こっちが恥ずかしいじゃないですか」


「すまない。つい思わず」


「まぁ、とりあえずどこから話せば良いのか……」


「…………」


「だからそんなガン見されると食べづらいんですって!!」


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