あっかんべー

 5回の表、ここまで一人も出塁を許さなかった蔵家くらいえがフィッシャーズの4番・金師かなしと2度目の対決を迎えた。

 1球目、2球目と連続でストライクを取って追い込んだものの、あと1球のストライクが中々取れない。

 ストライクゾーンからボールゾーンへ落ちるチェンジアップで空振りを誘うも金師はこれに乗らず。

 0ボール2ストライクの圧倒的投手有利なカウントがいつの間にかフルカウントまで変わっていた。

 ボール球が許されない状況で気持ちが焦ったのか、金師に6球目をレフト前へと痛烈に弾き返され、この試合初めての安打を許す。


 そして5番、蔵家がフィッシャーズの中で最も苦手な打者である眞栄田まえだが打席に回ってきた。

 バッテリーは初球にカーブ、そしてストレートを混ぜて3球を使って追い込む。

 対する眞栄田はバットをほとんど動かさない。

 一度動かしたのも初球のカーブに対してピクリとバットを引いたのみ、と外野の入夏から見ても不気味に思うほどの雰囲気をまとっていた。


 そして、4球目。

 木製バットの甲高い音を響かせ、ボールはライト方向へ。

 入夏が打球の飛んだ方向へ向けて真っ直ぐと追いかけるも、高く上がった打球は外野まで飛んでも未だに落ちそうにない。

 ホームベースに対して入夏が完全に背を向けたころには打球はライトスタンドへと吸い込まれていた。

 5-2、ドルフィンズのペースだった試合展開はこの一撃で急に潮目が変わった。


 未だノーアウトの状況で6番の西村にしむらも初球を叩き、センター方向に打球が高く打ち上げられた。

 さきほどの眞栄田ほどではないが、勢いのある打球はそのままフェンスに直撃しそうだ。

 センターの舘が背走しながらボールを追う。

 そしてフェンスすれすれのところで高くジャンプし、ボールにグラブを伸ばす。

 余裕のある柔らかな動きでフェンスにもたれかかり、グラブを高く掲げてアウトをアピールすると、大きな歓声と拍手が上がった。

 打たれた蔵家も両手を挙げて舘に賞賛の拍手を送った。


 一つアウトを取れたことで蔵家も本来の勢いを取り戻し、7番のともえをサードへのゴロ、8番の丹生うにゅうに対してはチェンジアップで見逃し三振。

 傷口を最小限で留め、蔵家は今シーズン2勝目の権利を得た。

 


 ◇


『ここで座学のお時間です。どうしてさっき眞栄田君はホームランを打つことが出来たのでしょうか!』


「……それ今やる事なんですか?」


 入夏が現在立っているのはネクストバッターサークルの中、つまるところ次の打順を控えている。

 4回で先発の味平が降板してリリーフが投球練習をしているとはいえ、すぐに打順が回ってきてもおかしくない状況だ。


『むしろ今だね! 何を考えて、どういうスタンスで打席に立つかを決めておかないと中途半端だよ!』


「まぁ、一理ありますね。でも、何でって言われても。ヤマ勘が当たったからじゃないですか?」


『あさーい!! 実に、実に浅い!! 具体的には子供用のプールくらい浅い! もう赤点あげちゃう!』


 答えろって言ったのはそっちなのに、そんなにボロクソに言わなくたってじゃないか。

 入夏は頬を膨らませて不満を表現した。


『答えは単純さ。三振でも良いと割り切れているからだ。例えば第一打席。彼はチェンジアップにかすりもしなかったわけだが、それでも下手に当てに行かなかった。ただでさえ相性が悪い相手に強振されると嫌だよね』


「そうですか? 俺はそういう相手ほどねじ伏せたくなりますけど」


『共感させるとこ間違えた……。普通はそういうものなの! ともあれ、今の打席でもそのスタンスを貫き続けたのが活きたわけだ。スタメンでのフル出場なら最低でも与えられる3打席、それらは全て繋がっている。いや、繋げる一貫性こそが重要なんだよ。まぁ、三振でもいいから強く触れなんて俺なら絶対言わないけどね』


 歓声が上がる。

 何事かと入夏が試合に目を向けると、9番に入っているたちがヒットを打ったようだった。

 一度プレーが中断され、外野手の持つボールがドルフィンズベンチへと回収される。

 どうやらこれが舘のプロ初安打らしい。

 一塁塁上で、舘が恥ずかし気にはにかんでいた。


「じゃあ、打ってきます」


『待った』


「なんですか」


『君、自分がアウトになっても舘を返そうと思ってない?』


「思ってますよ。別に普通の事じゃないですか」


 ランナーを返したいと感情的になっている事は入夏自身も自覚していた。

 舘が頑張ってプロ初出塁を果たしたのだから、ホームまで返してやりたいと思っている。


『ダメだよ、そんな事に囚われてちゃ。誰かに歩幅を合わせようとするほど人間は弱く、つまらなくなる。君が強くなりたいと願うなら―――』


「……うるさいなぁ」


『うるっ……!?』


「俺が打てば。文句ないですよね」


 勇名が何を言いたいかは入夏には分からない。


(なんか、よく分かんないけど燃えてきた)


 ただ、入夏の心の中でこもる熱がある事だけは確かだった。


 フィッシャーズはこの回から2番手リリーフの稲田いなだにスイッチしている。

 第一打席は2球目のフォークを打ってツーベース、第二打席はバットを振らず四球。

 投手が変わったとはいえ、やる事は変わらない。

 ここまでストレートに対して手を出していないのだから、向こうも力押しで来るはず。

 バットを三回くるりと回し、体を屈めてバットを構えた。

 ストレート待ちで迎えた初球、速球が外角に突き刺さった。


「ボール!」


 際どいコース、それも150km/h超の速球は惜しくも外れてボールになる。

 入夏は反射的に手を出しかけたが、グッとこらえてボールを見送った。

 流石に今のボールを引っ張り込んでヒットに出来る自信は入夏にはまだない。

 上手く当てたとしてもセカンドへ転がり併殺、という光景が頭に過る。


 さて、ものは切り替えだ。

 先にストレートを打席に見る事が出来たのはプラスといえよう。

 狙いは変わらず直球。

 ランナーの方に首を向けた後、稲田が腕を振り抜いた。


(緩いストレート!)


 狙い通りの球に迷いなくバットを振るも、ボールは入夏の手前で変化する。

 変化球を大きく空振りしてカウントは1ボール1ストライクとなる。

 続く3球目、外寄りの真ん中ストレートを叩くも打球は1塁の観客席に飛び込むファールボールに。

 これで入夏が追い込まれる形となった。


 勇名が言っていたように三振でもいい、という考えを入夏はあまり好まない。

 だからと言って合わせにいくだけのバッティングを求められているわけではない事も分かっている。

 今一度目つきを鋭くして入夏はマウンド上の投手に対して静かな闘志をむき出しにした。


 そして、勝負の4球目。

 絶妙なインコースの直球に対して、左腕をたたんで捉えた打球は火を噴くような速度でライトへ飛び込む。

 入夏がバットを丁寧にグラウンドに立て、走りながらボールの行方を見守る。

 フェアか、ファールか。

 ホームランか、やり直しか。

 一塁を蹴ったところで一塁審が右手をくるくると回すのが見えた。


 入夏の今シーズン初めてのホームラン、そして舘のプロ初得点は相手を突き放す貴重な2点になった。

 入夏がやや駆け足でベースを一周し、先に生還していた舘とハイタッチを交わす。

 そしてバット勇名の所へ歩いてから、彼に対して挑発の意を込めてべぇと舌を出した。


『あっ、ちょっ、やったなこの野郎!!』


「何もかもに従うのはごめんです。俺は別に、勇名さんの操り人形ではないので」


『ぐぬぬぬぬぬ』

 

 フィクションでよく見る悔しがり方を見れて、入夏は機嫌よくバットを持ってベンチへと帰っていった。

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