2章 わくわくペナントレース編

先制攻撃!

 初回、先頭打者の入夏が出塁したところで2番・つくだはバントの構えを見せた。

ボールとファールを1球ずつ挟んだ3球目、きっちりとバットに当てたボールはフェアゾーンに転がり送りバント成功。

得点圏にランナーを送ったところで、3番打者の鳥居とりいが右の打席に入った。


 そしてその初球、鳥居がストレートをセンター前へと弾き返した。

入夏は3塁ベースを蹴ったところで止まり、1アウト一三塁とチャンスを拡大する。


 内野ゴロでも得点が入る局面で4番、阿晒あざらしが打席に立った。

得点圏での打率は3割を超えるチャンスに強い打者である。

阿晒が右の打席でバットを上下に揺らし、相手の出方を窺う。

三塁塁上で入夏はじりじりとリードを広げ本塁生還を狙っていた。


 注目の初球、投手の味平あじひらの指から放たれたボールは緩い弧の形を描きキャッチャーミットにおさまった。


「ストライク!」


 阿晒にとっては待ち球ではなかったのか、首を傾げる。

続くストレートは指に引っかかってストライクゾーンから外れボール。

何度か首を横に振った後、3球目は再びカーブを投じるも打者の手前でワンバウンドしボール。

打者有利となって迎えた4球目。


「ふっんぬ!」


 声と共にハリセンボンのように顔を膨らませた阿晒がボールを捉える。

タイミングをずらしにきたスライダーに対して体勢を崩されながらも打球をライトへと運んだ。

ライトは既に捕球からのバックホーム体勢に入っている。

入夏はベース上で捕球の瞬間まで見届け、勢いよくスタートを切った。

スライディングする事も無く悠々と入夏はホームを踏んだ。

一塁にもランナーがいた事でボールは外野からセカンドまで送球されたところで止まっていた。

チームとしては久々の先制点に沸く歓声が入夏の耳に心地よく響いた。


「よう走ったな、ナッツ」


 ベンチに帰ってきた入夏の背中を阿晒が軽く叩く。


「ありがとうございます、阿晒さんもナイスバッティングでした」


「お前のおかげよ。相手バッテリーも先頭打者にあそこまで決め球のフォークを痛烈に弾き返されたら投げづらいからな。一つ選択肢が潰せてやりやすかったわ」


「……おぉ、流石ベテランの読みですね」


「ははは、お前は純粋だな! 打てたから言えるんだよこんな事は。ほれ、試合見るぞ!」


 と、阿晒が言い終えたところで球場に快音が鳴った。

白球は見えないが、次第に大きくなっていく歓声が打球の大きさを示していた。


「お、これ入るんじゃないか!?」


 レフトの足が後ろ向きに止まり、一際大きな歓声が湧きたつ。

どうやらボールは勢いを失うことなくレフトスタンドへ入ったようだ。

打ったのはここまで打率2割前半、本塁打2本と苦しんでいた助っ人外国人・ムールの一発でドルフィンズはいきなり3点のリードを奪った。




 3回の裏、ドルフィンズの攻撃。

入夏が本日2度目のバッターボックスへと立っていた。


 初回を三者凡退で抑えた勢いそのままに蔵家は好投。

4番の金師をレフトフライに仕留め、課題としていた眞栄田まえだに対しては得意のチェンジアップで空振り三振。

そして6番の西村に対しては意表をつくカーブで見逃しの三振。

3回の表も三振を一つ含む三者凡退。

3回無安打6奪三振とこれ以上ない立ち上がりを見せた。


 一方の味平もホームランを打たれた事で開き直ったのか、7番から始まるドルフィンズ打線に対してストライクを先行。

蔵家とは対照的にゴロ3つでアウトを奪い、こちらも2回は3者凡退でチェンジ。

立ち直りそうかというところで打順が1番にまで帰ってきていた。


『相手が可哀想だからって手を抜かないでよ』


「手なんて抜きませんよ、それこそ相手に失礼じゃないですか」


『よーしよく言った! それでこそ我が弟子!』


 と入夏が意気込んで打席に入るも、味平は3球続けてボール。

1球見送ってストライクとなるも、5球目は明らかなボールゾーンにストレートが外れ四球。

結局入夏はこの打席で一度もバットを振る事無く出塁となった。


 打ち気が逸るあまり勝負しろ、という気分にはなったが仕方ない。

小さく舌打ちをして入夏は一塁へと歩き出した。


 一塁塁上からじりじりとリードを広げ、入夏は投手にプレッシャーをかける。

しかし、2番打者の佃は初球をひっかけてショートへのゴロ。

6ショート4セカンド3ファーストへとボールが渡りダブルプレー。

バットを振る事も無く、出塁しても盗塁のチャンスすら無かった。

あまりにも一瞬の出塁に、入夏は肩を落としてベンチへと帰っていった。


「蔵家の調子はどうだ」


「何とも言えないですね。球は走ってますし空振りも取れてますけど、なにぶん調子の悪い時でも三振が取れるのが考えものですね。ある程度のイニングは投げられますけど、球数次第では早めの継投を考えるのも手だと思います」


 ベンチに座った入夏の耳に入ったのは、代永とキャッチャーである志々海しじみの会話だ。

意図せずとも、周りの声はよく聞こえるものである。

だから決して盗み聞きしようとしていたとかそういう他意はない。

うん、勝手に耳に入ってきたのだからこれは仕方ない。


 それにしても蔵家の調子は良くもないということか。

先ほどの打席で無理やりにでも打ちに行くか走れば良かった。

そう入夏が思っていると、鈍い打球音が球場に響く。

3番打者の鳥居が内野へのポップフライに倒れたようだった。




 試合が再び動いたのは4回の裏、ドルフィンズの攻撃。

ヒットで出塁した阿晒を1塁において、打席にはこの日6番に入っている万田。

味平のフォークを逆方向に打ち返した打球は右中間を大きく破り長打コースに。

これを見た阿晒は見た目に反した速度で二塁、三塁を蹴り激走。

フルスロットルで腕を回す三塁コーチャーに促されるがまま、どたどたと擬音が鳴りそうな走り方でホームへと向かう。

しかしライトの浜町はボールを掴むのに手間取ってしまう。。

守備の隙を突いた阿晒は余裕でホームベースを陥れ、万田も三塁まで一気に到達した。


 ぜぇはぁと息を荒くしながらベンチへと帰ってきた阿晒をドルフィンズの選手は歓迎していた。

阿晒は鳥居からコップに入った水を受け取り、二人で何か会話をした後笑顔を浮かべながら入夏の近くに座った。


『何というか……見てくれだけで人を判断するのは愚かだと思い知ったよ』


「ぽっちゃりの見た目に反して足は速いんですね」


「何だって?」


 しまった、と入夏は自らの口を塞いだ。

入夏としては勇名と会話していたつもりが、阿晒に対して言ったような形になってしまった。

どこか明後日の方向からとげとげしい視線を感じて、入夏は目を慌ただしく動かしながら次の言葉を考える。


「すごい足が速いなと思いました」


 結果、考えたところで入夏には小学生の感想のような言葉しか出てこなかった。

どこからか刺さるとげとげしい視線がより鋭くなったような気がした。


「なはは、体型で相手が油断してくれりゃ付け入る隙も増えるってわけよ。こちとら高校時代に『北海道のユキヒョウ』とまで言われた選手だぞ」


 そこはアザラシじゃないんだ、だとかもう例えるボキャブラリーが足りないんだろうな、と思ったのは別の話として。

とにもかくにも阿晒の性格が温厚で良かったと入夏は胸をなでおろした。


 続く7番の槍塚は3球目を打ち上げセンターがほとんど定位置から動かないフライに。

これを見て万田はスタートを切り、余裕を持ってホームに生還。

2度の犠牲フライと効率的に得点を上げ、4回までで5得点とリードを広げ攻撃を終えた。


 入夏がグラブを抱え守備位置に入ろうとすると、先にセカンドの位置についている鳥居とすれ違う。


「阿晒さんの懐の広さに感謝するんだな」


 にこやかな笑みを浮かべたまま入夏に聞こえるように呟く声が聞こえた。


 ドルフィンズの一方的なペースに思えた試合の雲行きが怪しくなってきたのは、5回からだった。

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