瓦解
そしてそれ以上に手を抜いた勝負を強く嫌悪している。
例えば、どれだけ良い投球をしようとも打たれる時があったとする。
それは力を尽くしたうえで、相手が上手だっただけだ。
悔しさこそあれど、まだ納得が出来る。
それもまた違うプレーで取り返せばよいだけの話だ。
ただ。ただ。
「おいアンタ。二回目だぜ」
実力がある者が試合で「流そう」だとか「怠慢プレー」だとか、そういう類のものは許せない。
故に、鳥居のプレーは目に余った。
それだけの話だ。
◇
何だかマウンドが慌ただしい。
外野にいる入夏からはよく見えないが、あまり雰囲気の良いものではないだろうことはなんとなく分かった。
投手である西部の気持ちを汲み取った投手コーチが歩いてきたのだろう。
しかし、慌ただしい原因は投手ではなかった。
鳥居と万田がなにやら言い争っている。
万田が興奮した様子で先ほどの鳥居の守備の動きを身振り手振りで説明し、何かを伝えようとしている。
それを他の内野陣が諫めているようだ。
守備の指導? いや、その可能性は低い。
年齢差で関係性が大きく変わる体育会系特有の格差社会において、実績が上の相手に指導するなど聞いたことが無い。
ともかく先ほどのプレーが万田の琴線に触れた事は確かだ。
投手を宥めるためにきたコーチもこのやりとりを無視する事は流石に出来ず、鳥居と万田の肩を取って仲裁に入っている。
監督までもが一度ベンチから乗り出す騒ぎとなっていた。
まさかの仲間割れに選手だけでなく球場にファンたちもざわめいている。
結局二人の会話は遠目に見ても円満とは程遠い形でマウンドから投手以外が解散することになった。
球場内に異様な雰囲気が漂う中、西部は7番打者を抑えこの回を終える。
3失点、しかしそれよりももっと大きな亀裂がチームに入ったように入夏は思えてならなかった。
◇
5回の表、先頭打者は万田である。
その初球だった。
高めに浮いた直球を一閃、芸術的な放物線を描きながら打球はドルフィンズファンの待つレフトスタンドへ。
狙っていたかのような完璧なソロホームランで1点を返した。
今シーズン第1号のホームランだというのに万田はガッツポーズをあげる事もなく、淡々とベースを回る。
微妙な空気の中ハイタッチをかわし、ドカッと音を立てて入夏の隣に万田が座る。
こういう時、同級生に対して気の利く一言でも言えれば。
そう思いつつも入夏は何もできなかった。
「なぁ入夏。さっきのプレー、二塁でアウトを取れたと思うか」
「え」
「100%じゃなくていい。可能かどうかの話だ」
「……不可能ではなかった、と思う。位置は難しかったけど、トッドは俊足の選手じゃないし。何より、鳥居さんの守備力なら送球は出来たと思う」
「そうか」
「怒っているのか?」
「まぁな。俺は思ったことをはっきりと言う性格だから、間違える事なんてしょっちゅうだ。衝突を避けられるような賢い人間じゃない。ただ、さっきのプレーには思う所があっただけだ」
聞いてくれてありがとな、と万田が付け足し会話が途切れる。
先ほどのプレーは判断が難しかった。
もしバウンドが変わったら。もし送球が逸れれば。
単純にみえるプレーの一瞬にもそう言った複雑さが絡まっている。
結果として残ったランナーが生還することにはなってしまったが、一概に正しかっただとか間違っていただとかを断ずる事は出来ない。
それでも、万田が「たられば」の小さな問題で怒っているようには思えなかった。
試合は2アウトから志々海がセンター前にヒットを放つも、舘が凡退して3アウト。
西部も5回は三者凡退でテンポよくイニングを終え、試合は後半戦に入る。
パイレーツは球界屈指の鉄壁を誇るブルペン陣が控えている。
その中でも7回のウィットマン、8回の
で構成された通称「WSD」は必勝リレーとして知られている。
つまり打ち崩すなら
先頭打者として入夏が打席に入った。
マウンドには先発のマコーミックが続投している。
初球、スライダーがワンバウンドしてボール。
今日はこの変化球に散々やられてきたが、ある程度ボールが目に慣れてきた。
2球目も凡打を誘うボール球だったが反応するだけに留めてボールが連続する。
マコーミックの投球のキレが落ちつつあるのを、入夏は肌で感じていた。
バッター有利となって3球目。
内角のスライダーを肘を畳んで入夏が強打した。
打球はライナー性ながらも角度をつけてぐんぐんと伸びてポール際まで飛んでいく。
一塁審が両手を横に広げ、ファールが宣告された。
数cmの差で打球が切れたようだ。
4、5球目は明らかに抜け四球。
本塁打の打ち損ねだったが、先頭打者として入夏は出塁に成功した。
しかし2番の穗立はランナーが入れ替わる形でアウトとなり、3番の鳥居を迎える。
2球目、穂立が盗塁に成功し1アウト二塁と変わった。
足での揺さぶりもあって、マコーミックの体力はもうほとんど残っていない。
そんな入夏の読み通り、鳥居はセンター前へのヒットを放ち穂立が生還。
交代したピッチャーに対して阿晒はセカンドゴロでダブルプレー。
1点差にまで迫ったが、あと一歩が届かないままパイレーツの継投策に翻弄されゲームセット。
3連戦の初戦を落とした。
試合終了
監督インタビュー
―――1点差、僅差のゲームを制しきれない場面が目立つ。
(ため息)チームとして意識していかないといけない。
―――鳥居と万田の口論について。
確認中です。人間なのでそういう事もあるでしょう。二人とも必要な戦力なので、不満があるのなら話し合って解決してほしい。
―――トラブルの解決は監督の腕の見せどころでは。
え? そうか? そういうのって今どきだと「パワハラ」とかになるんじゃないのか?
◇
ロッカールームは異様な静けさだった。
まるでこの後何かの大喧嘩が起こるのではないかという雰囲気だ。
他の選手たちは口にこそ出さないが、鳥居と隣のロッカーで着替える万田の二人を交互にちらちらと見ていた。
「時と場所は考えるべきでした。そこに関しては申し訳ないと思ってます。けど、俺はさっきの判断が間違いだったとは思ってません」
万田が毅然とした態度で口火を切った。
これは本当に喧嘩に発展するのではないか、という不安が周囲を包む。
「そうか。ならこの話は平行線だな」
淡々とした口調で鳥居も言葉を返す。
「鳥居さんならさっきの場面、アウトを取れたでしょ。何でそうしなかったんですか」
「そっちの方がリスクが少なかったからだ。送球が少しでも逸れれば満塁になりかねなかった」
「違うね。アンタは安全策を取っただけだ。やろうと思えば出来るのにやらなかった! それが気に入らないんだよ!」
「君は俺の事を過大評価しすぎだ。俺はそんな優れた選手じゃない」
「ッふっざけんな!!」
声を荒げて万田が鳥居の胸倉をつかんだ。
鳥居は解こうともせず、普段の態度を崩さない。
「やめろよ。服が伸びる」
「俺は諸事情につきアンタの事が嫌いだ! けどな、アンタが良い選手だって事は分かってる。この場にいる誰よりもだ!」
「……君が俺の何を知ってるっていうのさ」
「選手としての鳥居帝人なら知ってる。だから今のアンタが嫌いなんだよ。いつまで凡庸なプレーに逃げるつもりだ」
「君がそう思うなら、それが俺の限界だ」
「! この……!!」
「待て待てお前ら、これ以上はストップだ。話し合いはいいが、ただの喧嘩ならノーサンキューだ。な、そうだろ?」
二人の間に阿晒が割って入る。
不服そうにしながらも万田が掴んだ手を解く。
鳥居は服が気になるのか、胸元の汚れを手で掃っていた。
『このチーム、大丈夫そう?』
勇名が小声で言った。
「そういうの俺に聞く方が間違ってると思います。もしかしたら想像以上に危機的なのかもしれないです」
まずい。これが空中分解寸前というものなのか。
これは勇名どころじゃないかもしれない。
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