その男、諸事情につき
そのコミュニケーション能力の高さがドルフィンズの看板選手としての彼を作った一因なのだろう。
もしも仮に、そんな人物とひと悶着を起こせばどうなるか。
その結果は火を見るよりも明らかであった。
「いやー、お前がいて助かったぜ。他の人らには断られちまったからさ」
案の定というべきなのか。
「そういえば、何で万田は鳥居さんの事が嫌いなんだ? この前言ってた諸事情ってなんだ?」
「あー、やっぱり気になるよな。うん、まぁ、あれだ。……この話はダサいから他の人には言わないようにしてくれよ?」
「言わない。言いふらすような相手もいない」
「真面目な顔してそんな事言うなよ。笑っていいのか分かんねーだろ。いいか、一回しか言わないからよく聞けよ。妹がファンなんだ」
「それだけ?」
「……なんだよ、それだけだよ悪いか! 俺のグッズは買わないのに鳥居さんのグッズは熱心に集めてやがんの。うちわとか作ってるくらい。もっと身内を応援すべきじゃない?」
「それは本人が身近すぎて買わないだけなのでは?」
「まぁそれもあるけど。とにかく妹は鳥居さんのファンなんだよ。だから昨日の試合の後、電話で怒られちまった。『兄ぃの馬鹿! また考え無しに行動したでしょ!』ってさ」
「喧嘩については?」
「『別にどっちかが悪い事したわけじゃないでしょ。じゃあそれでいい』だってよ。こういう時は何故か敵に回らないんだよな。やっぱり人間出来てるからなのかな」
「いい妹さんだな」
「あ、やっぱりそう思うか? そうだよな、そう思ってくれるよな! 俺の家族はみんな誇りだ。俺が高校、大学と野球を続けられるように協力してくれた。家は裕福じゃなかったが、周りの人間関係で俺は恵まれたと思ってる。だから全力でプレーして、金を稼ぐ! それががせめてもの恩返しだと思ってんだ」
万田が常に全力でプレーしていた理由は家族のためか。
鳥居のプレーにも怒っていたのはそういうところが合わないのだろう。
「強要する気は無かったんだけどな。けどさ、もっと上手くプレー出来るのにやらないなんて勿体ないだろ?」
「まぁ……確かに」
ふん、と声を上げながら万田がボールを投げる。
グラブでボールを捕球しようとしたその時、どこからか影が現れボールを掠め取っていった。
「は?」
「誰?」
「お前が噂の万田か」
男だ。パイレーツのユニフォームを着ている。
天然パーマなのか髪がところどころうねっており、身長は入夏と同じくらいだ。
「万田はあっち」
「あ、そっちか。これはご丁寧に」
男はぺこりとお辞儀をして、万田の元へと歩いていく。
「お前が噂の万田か!」
「万田は俺だ。それにしても、なんだこれ。仕切り直したつもりか?」
「いちいち言うな! いいか、俺の名前は
いつか大地を越え空を越え、そして
「なんで二回もそらって言ったんだ?」
「うるせぇ!」
「さては熱量だけでゴリ押ししてくるタイプだな? お前そういうのはアレだぞ。先走った結果ロクな目に遭わないからな」
「言われてみれば確かにあんまり良い思いをしていない気が……ってコラァ! そんな話をしにきたわけじゃないんだよぉ!」
奥戸場宙といえば、今話題の二刀流選手だ。
元サッカー選手を父に持つ、パイレーツのトッププロスペクト。
投げれば150m/hの直球と変幻自在のボールを操るサウスポー、打っては俊足強打の右打者。
歳は入夏たちよりも一つ下だ。
その破天荒な言動で度々良い意味でも悪い意味でも注目を集めている。
「俺はなぁ、アンタの事が許せないんだよ。負けたチームのくせして昨日の試合で俺より注目を浴びやがって」
「ん……昨日? 昨日っつったらアレか。いやアレに関しては確かに熱くなった俺に非があるけど、アレはアレでアレがアレしてアレだからなぁ」
「どれだよ! 話が抽象的すぎて全然分かんねーよ!」
なんとも微笑ましい会話だ。
普段の問題あるは文字でなく言葉にするとこんなに違うものなのか。
そんな時。
『……うっ、うっ』
周りを見渡してみてもその主は見当たらない。
……とても嫌な予感がする。
『うわああああ勇名さん!! 勇名さんの匂いがするぅ! 生きてるぅぅぅぅ!!』
いや生きてはねぇよ。
入夏はそっと耳をふさいだ。
◇
キャッチボールを終え、休憩時間に入った入夏は機会を見つけて奥戸場と話をしていた。
奥戸場に憑りついていた彼の名前は
どこかで聞いた名前だと思っていたら、先日記者の佐藤からもらった資料にその名前があった。
日本でセーブという記録が付けられた年に最優秀救援投手として輝いた選手だ。
日本最古にして最強のストッパーと名高いサウスポー、だと書かれている。
正直流石にそれは誇張表現な気がする。
「なるほど、あんたもまた天才だったというわけか」
「違うけど」
「ふっ……天才とは常に孤独なものだと思っていたが、どうやら違うらしいな」
「話が進まないからちょっと黙っててもらえるか?」
「はい」
半ギレで入夏が言うと、奥戸場は大人しくなった。
『うぇっ、うぇっ。ゲホゲホ』
斑鳩は相変わらず泣きながらむせている。
「泣いてばかりじゃ何も分からないですよ」
『すまない。彼に会いたくてここまで来て、実際会ったらその反動が来てしまって。あの人に会ったら言いたい事が山ほどあったんだ』
「ですって勇名さん。何か言ってあげたらどうですか」
『俺こういう空気で喋るの苦手なんだけど』
「いいから。向こうからすれば念願の再会みたいですよ」
『え、えー……うん。その、あれだ。元気してた?』
「馬鹿! 幽霊に元気ですかっていう人がどこにいるんですか! うっ、幽霊なんて非科学的な事を言い出すから悪寒がしてきた」
『だから言ったじゃんこういうの苦手なんだって!』
『ぷ。ふふふ、何か相変わらずで逆に安心しました』
笑い声が聞こえる。
よく分からないが勇名の社交辞令は成功したらしい。
『……け、計算通りだ』
「下らない嘘つないでください。それで、言いたい事ってなんです? もしかして
「かも、はし……事件?」
奥戸場は首を傾げる。
彼は何も知らないらしい。
しかし、空気が凍ったかのように勇名も斑鳩も黙ってしまった。
「あの、言いたい事があったのでは」
『その話はまた今度にしてくれないか。悪いけど、答えたくない話に答えるほど俺と君は親しくない』
行こう、と斑鳩に促され奥戸場はパイレーツの選手たちの元へと戻っていった。
『どうして鴨橋の名前がそこで出てくるのさ? それに事件って一体……』
「すみません。言うタイミングを間違えました。あなたの未練を見つけるという義務がある以上、当時の事を知っておきたかった。それだけです」
『義務って。そこまで大事に捉えなくても』
「でも勇名さんは過去に決着をつけたいんですよね?」
『それは、まぁ。そうだけどさ』
「……言い過ぎました。今のところ俺はあなたに何も返す事が出来ていないので、功を焦ったのかもしれないです」
実のところ、勇名の本心はよく分からない。
未練を見つけてほしいという割に過去を詮索されたくないように見える。
こんなに近くにいるというのに、彼がどうして欲しいのか未だ入夏には分からなかった。
どうすれば良いのだろう。
やはり自分には人の心が分からないのか。
その問いに答えるものはいなかった。
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