十三泊目 ヤシの木?フェニックス?それとも……


「いい雰囲気だ」

「最近できたお店とか、昔からあるお店とか、いろいろ。ワクワクする路地ですよね」


 横断歩道を渡ると、歩道と車道で色の分かれた石畳の道が現れた。

 横幅はそれほど大きくはない路地ながら、両脇には飲食店をメインに個人店が立ち並ぶ。その光景にけいの心は踊った。


「ここを真っ直ぐ抜けると、若草わかくさ通り」

「あ、ここからそこに繋がるんですか!」


 赤神は通り名を聞くと、ぽんっと手を叩いて納得した。


 時折話しながらひたすらに道を行く。

 目に映るのは、飲食店で食事をする者たち。知り合いの店なのか楽しそうに店前で談笑する者たち。

 地元の者、観光で訪れた者、さまざまな者が集う。

 蛍は接客業だからなのか、散歩をしているとよく思うことがあった。


(あの人たちにも、自分の人生があるんだよなぁ)


 当たり前だが見えないもの。

 接して、話を聞いて、初めて認識するもの。


 蛍は落ち込んだ時や疲れた時、怒りを覚えた時なんかには、よく宇宙のことを考えた。

 今抱いている怒りや悲しみは世界、あるいは宇宙規模で見ればなんてことはないと。

 自分の目を通してみる世界が、実はそれほど大きいものではないのではと錯覚させ、その場を凌ぐためだった。

 世界とは、そうして悩み考える者たちの集合体だというのに。


 ホテルでいろんな人々と接すると、人並み以上に他人の人生を垣間見る。

 だから蛍はよくバランスを取った。

 自分の考え事の容量が超えないよう、ミクロの視点とマクロの視点。両方を持つことを心掛けた。

 近頃余裕のなかった蛍にとっていい息抜きとなる。


「そういえば明日、よければ買い物の場所とか教えて欲しいです。あと、コインランドリー」

「もちろんいいですよ。洗濯機ないんですか?」

「シーツとか、大き目のものはでかい乾燥機に掛けたいなあと」

「なるほど」


 蛍と赤神の自宅は近いらしい。

 ともなれば、自分がよく使う近場の場所と、車で行く距離にあるおすすめの場所。それを教えればいいのだなと考えた。


「あ。あと、ガソリンスタンドだ」

「あー、大事ですそれ」


 これまで赤神が休日にしか車を使っていなかったのなら、宮崎での生活でガソリンスタンドを意識し始めるのもよく分かる。


「レンタカーご利用のお客様にも必ず聞かれますからね」

「ですねえ」

「何か所か頭に入れておいてください」

「承知致しました」

「──あ、若草通り」


 目の前にはアーケードとなった商店街が見える。入り口にはアーチのところに『若草通』と大きく文字が書いてあった。横には若葉を表しているのか緑色のマークも。


「これを真っ直ぐ行くとたちばな通りに突き当たって、さらに真っ直ぐ進むと一番街ばんがいです。赤神さんは高千穂通からいつも行かれると思いますけど」

「繋がった繋がった」


 つまり今歩いて来た道は、宮崎駅西口より真西に延びる『高千穂通り』と並行して存在する道であった。

 いずれにせよ駅を西に進むと中心地にある『橘通り』に突き当たる。


「お店はニシタチにあるんですけど、もうちょい時間あるんで。歩いてどっかで休憩しましょう」

「はい」


 蛍と赤神は店の情報を把握するために、若草通りを一度通り抜けることに。


「服屋が多いんですかね」

「隠れた名店とか、飲食店も多いんで……おれも把握しきれてないです」

「ふふ」


 広島通りよりも服を扱う店が目立つ通りではあるものの。

 通りの脇を縫うように広がる路地には色々なジャンルの店が並ぶ。


「車もいいですけど、歩きもいいですね」

「ですねー。おれも、たまには情報更新しないと」


(お客様におすすめしたら店が閉まってた……なんて、申し訳ないからな)


 今の時代ネットがある分情報収集も楽になった。

 しかしそれでも『最新情報』でない場合もあるし、写真に載っている料理の味が正確に伝わるわけでもない。

 チーフの日高の言う通り、たまには出歩かないとな。と蛍は思った。







 若草通りを抜け、目の前には大きな道路とアーケード街の入り口。

 赤神は「あ」と声を漏らすと、蛍に説明を求めた。


「──フェニックス、ですっけ?」


 若草通りと一番街を隔てる国道220号線。

 国道10号線まで連なる道路──橘通りとも呼ばれる道の中央分離帯には、背の高い南国情緒漂う木々が並ぶ。


「こっちはワシントニアパームですね。見た目は似てますが、フェニックスはもっと背が低いです」

「あー、駅にあったやつかな?」

「ですです。どちらもヤシの木の仲間なので、南国情緒を感じて頂ければ」

「確かにリゾート気分だ。……にしても、でかいなー」


 蛍にはよく目にする日常の一コマであるものの。

 身長の高い赤神が更に上を見上げると、その背の高い植物は他県の者にとっては珍しいのだなと蛍は改めて感じた。


「あまりに背が高いと剪定せんていも大変ですからね。徐々に低いものに植え替えが始まっているみたいで」

「へー」

「台風の時期には葉が落ちてきますから」

「なるほど……!」


 そういった光景に見慣れないのか、赤神はいつも以上にワクワクとした表情を見せた。


「やっぱり、地域性面白いですね」

「観光業界に従事していると、色々気になりますよね」


 それこそ店の情報だけでなく、アーティストのライブ情報や学会、建物の歴史から観光地までの移動手段まで。

 得る情報すべてが仕事に生き、蛍は出歩くこと自体は好きであった。


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