十四泊目 地鶏の炭火焼と、宮崎の食
「やば」
「やばいですよ」
午後六時になったので、二人は
繁華街にある
夜にもなれば飲食店が軒を連ねる通りの提灯に明かりが灯り、人々が宮崎の美味しいものを求めて通りを歩く。
その通りの一画。
座敷もある和風の店に入り店員に名を告げると席へと案内され、早速気になったメニューを注文していた。
「うまそ~」
掘りごたつの席にて赤神がスマホで写真を撮っているのは、炭火で豪快に焼かれたために黒色の化粧が施された地鶏の炭火焼。
木の受け皿の上に敷いた鉄板のおかげで、未だジュウジュウと音を立てている。
「これは?」
「
「おー」
次いで赤神が気にしたのは、鉄板の端に寄せられた緑色の物体。
指で一掴みしたように盛られたそれは、一見するとわさびのようでもある。
実際は柚子と唐辛子から成る調味料、柚子胡椒であった。
「その辛さがまたいいんですわ……」
「クロさんって、もしかして酒飲む方?」
今日は赤神の運転もあり当初から飲む予定でもなかったため、ウーロン茶と炭酸ジュースを頼んでいた。
「いやー、自分はそんなにです。他の皆さんはよく飲まれますけど。……あ、最初は付けずにいっちゃってください」
まずは何も付けずに食べて欲しいと伝えると、赤神は箸で掴んだ地鶏をまじまじと見て口へ運んだ。
「──んまい!!」
口に入れた瞬間目を見開き、数回噛むと思わず叫ぶ。
蛍には赤神の気持ちがよく分かった。
「え、え。いや、あっちでも食べたことはありますけどね、そりゃ。改めて、炭火焼ってこんなに美味しいんだなって……」
感動している赤神を尻目に、蛍も一口。
「あ~~、うま~い」
口に入れた瞬間、ふわっと炭の香り。それは香水や果物のように甘い香りではないものの、鶏の味を確実に引き立てた。
皮目と一体になったもも身は一口噛むと「ぶるん」と口でうねる。
しっかりとしたもも身は早々に噛み砕かれ口の中を駆け巡り、なめらかな皮目はじわじわと塩気のある旨味を口いっぱいに広げた。
「もー最高~」
「やばいなこれ……」
こうなればもう箸は止まらない。
蛍も赤神も次々に口へと運ぶ。
「あ、柚子胡椒。辛いの大丈夫です?」
「そうだそうだ。辛いの好きです」
盛られた山より少しだけ箸先で掬って狙いを定めた肉へと乗せる。
「ん~、たまんない」
「うまいなー」
ピリリとくる刺激は確かに強いのだろうが、舌にずっと残るほどでもない。
柚子の香りのおかげか、爽やかな辛さだ。
それが素材の旨さを活かした炭火焼の存在をより浮き彫りにし、見事に辛さと旨さを両立させていた。
「酒……」
「あはは。普段飲まなくても、欲しくなりますよね」
それほどお酒を飲む方ではない蛍も、気持ちはよく分かった。
「地鶏のお店、いろいろあるみたいですが……もしお客様にお店を聞かれた際には、どのようにご案内しますか?」
赤神は仕事の話になると分かりやすく敬語になった。
「そうですね……。赤神さんなら言わなくても出来ていると思うんですが、お客様によってニーズも異なりますからね。近くのお店や有名なお店、個人的に好きな店なんかをお伝えした後……もし決めかねていらっしゃるようでしたら、さらにお客様の情報から絞ります。仮に、単に『おすすめのお店』と聞かれた場合、赤神さんならどういったことを確認されますか?」
蛍はかつて自分が先輩らにそうしてもらったように、教えるということと自分で考えてもらうこと。それを同時に行うことで、より記憶に残るような伝え方をした。
「そうですね……。ご本人がお好きなものですとか。仕事のお付き合いか、家族連れ、あるいはカップルでご利用なのか? といったシチュエーション。人数、店までの移動手段。あとは、……あ、店の定休日?」
「それめっちゃ大事です。店休日だけはマジで確認してください」
蛍は危うく店休日の店を案内しそうになった過去を思い出した。
「あとは、どんな?」
「アレルギーがないか、海外のお客様であれば信仰の事情で食べられないものもありますし……。あとは物によりますけど他の名物を一緒に食べたいか、とかですかね。チキン南蛮と炭火焼、両方ある店かどうかとか」
「へぇ? ……なるほど」
赤神は都会の食事情を思い浮かべたのだろう。
都会の飲食店の数は、地方の比ではない。
多国籍で、いろんな県の名物を扱う店だってあるはずだ。
選択肢が多くあると、自ずと『コレ』を食べに『ココ』に行く。という動機がある。
ただ、地方。それも出張のように日程がタイトな旅程であれば、『ココ』に『名物がいろいろ』揃っていた方が一度に地方の料理を満喫できていいと考える者もいるだろう。
宮崎の料理でいえば、チキン南蛮と地鶏の炭火焼。
どちらも鶏料理なのだが、特に地鶏の炭火焼はランチで提供できる店は専門店以外でほとんどないと言える。
ぎゅっと旨味の詰まった料理。
お酒に合わせる……つまりは夕食時に一番ニーズがあるからだ。
逆にチキン南蛮はお弁当のメニューでもレギュラーになっているほど、時間帯を選ばない。
「それと宮崎牛のお店を案内する時には、ご予算に気を付けるとかですかね」
「た、確かに……気を付けます」
「鉄板焼きか、焼き肉かでも異なりますし」
「うわー食べたい……」
「お客様からご予算の提示がない場合、もしお連れ様がいらっしゃるとお尋ねするのもアレですので……伝え方を工夫しますね。『こちらには大体何千円のコースがあります。こちらのお店は先ほどのお店よりリーズナブルながら、メニューの数が豊富です』とか。……今言ったのを全部確認しようとするとマージで時間が掛かるので、色んな要素を含めたお伺いの仕方が一番ですよね。ほんと、こればっかりはお尋ねになったお客様次第で適宜案内の仕方を変えます」
「クロさんすごいな……勉強になります」
大仰に頭を下げる赤神。蛍は慌てて否定した。
「いやいや。マジでうちのスタッフ、みんなすごいんですよ。誰に言われたとかじゃなくて、自分たちで考えて、時には反省しながら自分なりの案内を確立させてるんですよね。マジで尊敬します」
「皆さんお互いに尊敬し合ってるのはよく感じます。……すごく、羨ましいです」
「え?」
「いえ」
まるで誤魔化すように、笑顔で答える赤神。
(羨ましい……? いやいや、前の職場の方が絶対すごいでしょ)
蛍は不思議に思いながらも、ハッとして思い出した。
「あ。赤神さんは英語得意だと思うんで、ぐっち君から海外のお客様の案内回されるかもです」
「アハハ! 谷口さん、面白いですよね」
「学会の時は大丈夫だと思いますけどね。日本の方が幹事されるでしょうし」
「たしかに」
「英語なあ~……。都会はやっぱり、海外からのお客様とても多いんですよね?」
「ええ。かなり」
「すごいなあ」
「むしろ、日本語がお上手な方も多いですよ」
「へー」
「喜んで頂けるおもてなしというのは個人の感覚はもとより、民族や文化などでも異なりますからね。クロさんも、色々と考えながらご案内していらっしゃいますが……。マニュアルにはそこまで書いていた覚えはないので、皆さん自分自身で気を付けていらっしゃるんでしょうね」
「そうなんですよね~。おもてなしって、けっきょくお客様を知るところからですよねぇ」
「間違いないです」
赤神は手放しで同意したように頷いた。
「……そういえば」
「はい」
「宮崎に来ることになって、やっぱり一番持っていたイメージは地鶏やマンゴーといった『食べ物』だったんですけど」
「ええ、皆さんそうだと思います」
先ほどから話題に挙がる料理や食材の他にも、ピーマンや椎茸のような農作物も有名だ。宮崎に関する話題の多くは『食』に関係しているともいえる。
「海外からのお客様に人気の『ガストロノミーツーリズム』、土壌としては最高ですよね」
「ほんとに。それは思います」
観光系の学校出身の蛍には聞き馴染みのある言葉。
ある地域の『食』を絡めた体験を目的とした、欧米を中心に普及している旅行形態の一種。もともとある『フードツーリズム』をさらに進化させることによって生まれた言葉だ。
代表的なものに、ブドウ園やワイナリーを訪問し、テイスティングやワイナリーの歴史を学びつつお土産にワインを購入する……といった一連のケースモデルがあるワインツーリズムがある。
地域の食を堪能するだけでなく、風土や歴史、文化をも学ぼうということだ。
「宮崎にもいろいろありますよ」
「おー、やっぱり」
「個人や各自治体でもいろいろやってらっしゃると思うので、全部を把握しているわけじゃないですけどね。……多分、市内に住んでて一番目にする機会が多い『フードツーリズム』に近いものは、赤神さんからしたら意外なものかもしれませんよ」
「というと?」
小首を傾げながら赤神が問う。
「『伊勢えび』です」
「! え……? 意外……」
「でしょう?」
赤神は初めて聞いたかのように、ぽかんと口を開けた。
「かつおの一本釣りのニュースは、以前目にしたことがありますけど……」
「かつおも有名ですよね。伊勢えびは、漁が解禁になる毎年九月に観光協会主体でレストランや宿泊施設と提携してイベントをいくつかされているので……。赤神さんも、今後街中でポスターを見かけることになると思いますよ。うちにもチラシとかポスター、置きますし」
「へぇ~」
夏の陽気を思わせる宮崎の五月。
陽の光をたっぷり受けた植物が実るこれからの季節も、その次の季節にも楽しみが待ち受ける。
蛍は、本当に宮崎は『食』の宝庫だなと思う。
「まあ、ガストロノミーツーリズムとは少し違いますけど。その時期ならではってことで楽しみにされていらっしゃる方々も…………って、けっきょく仕事の話」
「あはは」
休日だというのに、結局は仕事の話ばかりする二人。
それでも蛍にとってはどこか赤神との距離が縮まったような、有意義な時間となった。
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