十五泊目 青い海に浮かぶ島
翌日。午後一時に家近くのコンビニで待ち合わせをし、飲み物とお菓子を買って準備は万端。今日は
さっそく普段から蛍が利用する店の場所やガソリンスタンドを一通り確認した後、車は海沿いの道を走っていた。
「あ! スタジアムだ」
天気にも恵まれ快晴。もはや夏の陽気を感じつつ宮崎空港を遠くに見ながら更に南方へ車で走ると、左手には大きな建造物が見えてきた。
「特に一月から二月くらいまではスポーツキャンプが集中する時期ですからね。ここの場所も問い合わせを受けますよ。当日は車で混み合うので、この車線にずらっと車が並びます」
「へえ~。クロさんも行くんですか?」
「たまたま休みが合えばいいですけど、基本は仕事ですからね~」
「あはは、そうなりますよね~」
「でも
「ふむふむ」
開放的なデザインの野球場を左手に臨みつつ、道路は左へとカーブを描きながら下る。しばらく風を感じながら道なりに進むと、今度は左手に木々が生い茂る。
「ここは?」
「運動公園です。スポーツ大会なんかが行われますね」
「ああ、ここ一帯がそうなのか」
「ですです」
納得して赤神はその周辺情報を頭に入れようとキョロキョロ見回した。
「いいロケーション」
「海岸線はドライブするのに最高ですよ」
市街地と比べ高い建物のない地域。
緑も豊かで海も近い。赤神が少し開けた窓から入る風は、どこか元気に駆け回っているようにも思える。
「海岸線にもヤシの木あるんですね」
市街地から目的地までを繋ぐ大きな道路にも、中央分離帯にはワシントニアパームが並んでいた。市街地で見るそれらも気分が高揚するものではあったが、海が近づくにつれ更に赤神は南国気分を味わっているようだった。
そうして運動公園を過ぎると、いよいよ海が見えてきた。
「いや~、綺麗だ」
「ですねー」
何にも遮られることのない太陽の光が海面を照らし、きらきらと輝く。
宮崎のことを表す際に、よく陽の光を意味する『ひなた』や『ひむか』という言葉が用いられるが、それは漢字で書くと『日向』。
神話、気候、風土、県民性、さまざまな要素からそう呼ばれる。
蛍は、開放的な海をバックにした赤神が、なんだか元から宮崎に住んでいたかのように思えた。
「到着~」
「おー」
とある海沿いの集落。
車を停め、土産屋の並ぶ通りを抜けると二人の眼前には雄大な海原に浮かぶ島が見えた。
「……ほんとに、島の上にあるんだ」
通ってきた道と続くようにして島へと掛かる桟橋。
それが唯一島とこの地を繋ぎ、ここがどこか分からなくとも神聖なものを祭っているのではと予想させるほどだ。
周囲1.5kmほどの小さな島。
ビロウ樹をはじめとした亜熱帯植物が生い茂り、元より南国気分で訪れた者を一層高揚させる。その周囲の海には、何やら島から伸びているかのような黒く細い影がいくつも見えた。
「あの周りの岩がさっき言ってたやつです」
鬼の洗濯板、あるいは洗濯岩と呼ばれる奇岩地帯。
国の天然記念物にも指定され、この周辺一帯にしか見られない光景。
固さの違う地層が規則的に重なり、斜めに隆起した表面を長い年月をかけ波が侵食したことにより、まるで人工的に造られたかのような凹凸ができる。
洗濯板の凹凸のように見えるそれは、まさに自然が創り出した芸術だ。
「わー……、すごいなあ」
「近くに行きましょ」
石畳の道は桟橋へと続く。
ふと脇を見れば、砂浜から次第に海へと変わりゆく景色。
前を見ても横を見ても、まるで別世界に来たかのような感覚を味わう。
「きれいだ」
「波の彫刻みたいですよね」
悠久の時を経た芸術品は近くで見ると所々濡れており、つるりとした表面だ。
立ったら滑りそうだなと思いつつ、蛍はその自然の要塞に隠れているであろう小さな蟹や貝たちに思いを馳せた。
「あ、鳥居」
桟橋を渡りきると白い砂が靴に触れた。
その白い
「色、すごいコントラストで──」
「
「それ」
日中は陽の光が砂浜で跳ね返され、鳥居を目立たせるようなライトのように思えた。
「夕方は、砂浜が夕日に染まるんでしょうけど」
「それもいいな」
自然が見せる景色を堪能した二人は島の中心地へと足を踏み入れた。
「わ~」
鳥居を潜って左へと抜ければ、
堂々たる朱い門の奥に、さらに立派な朱色の建物が見えた。
「縁結びで有名ですよ」
「そうなんですね」
「赤神さんはモテそうですから、必要なさそうですけど」
「いやぁ~……どうでしょう。でも、今恋愛はいいかなって」
「仕事ですか?」
「仕事と……んー……自分、ですかねぇ」
「? へぇ」
(自分……。もっとスキルを磨くとか、そういうことかな)
どこか余裕のない表情の赤神。
ふだんのハキハキとした口調と異なり、言い淀みながらも答えた。
「クロさんは?」
「え?」
「恋愛」
「いやぁ~……あはは。追い追い、かなぁ?」
「へー」
蛍は友人として女性と接することには何とも思わないのだが、恋愛的な意味で誰かに惹かれたような経験がなかった。今でもそうだ。
恋バナとやらは聞くことしかできない。
ノリがわるいと言われたこともある。
だから自分のことを話すのは、苦手だった。
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