ひむかのホテリエ~クロとアカのおもてなし録~

蒼乃ロゼ

チェックイン イケメンハイスペ年上後輩


 今朝のわるい夢を払拭するかのように、現実では不思議な出会いがもたらされた。

 同じ制服であるはずなのにどうして違うものに見えてしまうのだろう……とけいは考えていた。


「──今日から一緒に働いてくれる、赤神颯真あかがみそうまさんです」


 事務所で整列するのは、シワのない制服を身にまとうホテルの従業員たち。

 背の高い眼鏡の男──支配人の加賀美は、いつもの様子で朗らかに紹介する。

 皆と同じように整列する蛍は、目の前の人物をまるでファンタジー世界の住人のように感じていた。


「皆さん、はじめまして。赤神颯真と申します。ホテルには計六年勤めて参りましたが、こちらでまた一から学ばせて頂きたいと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」


(こんな人、マジで存在するんだ)


 容姿端麗。眉目秀麗。

 どれで表せばいいか悩むほど、言葉が尽くせない。

 高身長でほどよく体も引き締まり、目元のホクロがやけに印象的。


 前職は、国内でも有名な外資系ラグジュアリーホテルのコンシェルジュ。

 恐らく英語は流暢。

 詳しくは本人から、ということで簡単な来歴しか聞いていないが海外の学校を卒業したらしい。

 

 明るい髪色は、父方に海外出身の者がいるからだそう。

 『赤神』という珍しい苗字も、人生で一度目にしたことがあるかどうか。

 赤髪……というよりは、陽の光を思わせるオレンジ。あるいは明るい茶色。

 彼の人柄もきっとそうであるのだろう。

 自己紹介と共に見せる、そのさわやかな笑顔から蛍は妙に納得していた。


 ただ、納得すればするほどに蛍の疑念は膨らむ。

 なぜここに────?


「最初の一週間はオリエンテーションとして、私と副支配人がトレーニング新人研修を行います。来週からは、皆さんからもいろいろと教えてくださいね」


 眼鏡の奥からは、部下を優しく見守るやさしい眼差し。

 改めて赤神が挨拶ともにお辞儀をすれば、拍手が沸き起こった。

 心なしか女性陣の拍手には一際力がこもる。


「黒木くん」

「は、はいっ」


 慌てて蛍が声の元に駆けよれば、優しい眼差しが降ってくる。


「マニュアルを使ったトレーニングは明日からにします。今日は、更衣室や館内の案内を頼めますか?」

「かしこまりました」

「後日館内情報を学んで頂いて、また改めてくわしく案内すると思います。今日は簡単にで構いませんよ」

「はい」


 そう加賀美が言えば、件の後輩が蛍の側まで来た。


「今日はよろしくお願い致します。ええと……クロキさん、とお読みしても?」


 左の胸元の名札を確認して赤神が問いかける。

 漢字の下に『Kurogi K』と書かれてはいるのだが、なにぶん小さい。

 蛍よりも身長の高い赤神。その角度からでは一瞬で判別できなかったようだ。


「クロ、です。よろしくお願いいたします」


 怒っているわけでも、たしなめているわけでもない。

 ただでさえ人と接するのには緊張が伴う。まして、ハイスペイケメン年上の後輩など。

 蛍にとって緊張する要素が多すぎるのだ。

 つい、言葉に力が入ってしまう。


(しまった。怒ってると思われてないかな……)


「ふっ」

「!?」


(わ、笑われた!?)


 言い方を後悔していると、赤神はとんでもないことを言いだした。


「あ、いや。失礼。かわいらしい反応だなと」

「っ」


(…………はああああぁぁぁぁ!?)


 なんだ、コイツ。

 第一印象というものはそう変わることがないと聞くが、秒で印象が変わってしまった。

 新人研修でも第一印象の大切さはよく習ったというのに。

 恐らく海外生活の影響なのだろうが、よくそんなことが恥ずかしげもなく言えたものだと思う。


(いかん。ペースを持っていかれては、いかん)


 蛍はなんとか持ち直した。

 なにせ、今は自分が先輩なのだ。

 恐らくホテリエとしての能力は彼が遥かに上なのだろう。

 だが、このホテルについて。それだけを見れば、『知っている』自分と、『知らない』赤神。どれだけハイスペックな彼でも、それは覆せない。

 蛍は己を奮い立たせた。


「…………では、早速ですが荷物を持って着いて来てください。更衣室を案内します」


 努めて冷静に言えば、


「はい」


 同じく何事もなかったかのように、さきほどと同じ笑顔で返される。


(マジで、なんなん?)


 赤神の色んな意味でワケの分からなさに、蛍はただただ先輩として接するのに精一杯であった。





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