二十三泊目 見えた課題
「『英語』と『団体対応』ですね」
おもてなし係活動の前提。
店舗の課題、あるいは目標の設定のために共に働く仲間から意見を募る。
直接伝えるか、社用メールで蛍までに送るかで募集をかけていたが、その締め切り日となった。
宿泊客からのアンケートやクチコミから見える問題は、部屋の備品に関することがほとんどのため、まとめて支配人に報告し終えていた。
「谷口さん以外にも、不安に思われていらっしゃるんですね」
主に谷口をはじめとした若手からは英語に関する不安の声が挙がった。
他県と比べれば海外からの宿泊客はまだまだ少ない、宮崎。
海外からの直接のアクセスとなる国際線は、近隣国へ週に片手で収まる数に留まる。それでも以前と比べるなら国際線が就航したことも大きな間口であるし、クルーズ船の帰港も増えた。
しかし、そうして訪れる者たちのうち、全ての者がビジネスホテルに泊まるとは限らない。現状クロトホテルでいえば、個人観光客が一日に数組訪れたら多い方だ。
つまり、海外からの宿泊客が多いから不安なのではない。
英語を話せなくとも何とかなる現状、不意に訪れる英語が必要な場面。
そこで日本語と同じように言葉で、あるいは身振りでご案内できるかが不安なのだ。
義務教育で習ってきた英語はもちろん、各ホテル独自のマニュアルにも昨今は英語対応の例文が載せられているだろう。
トレーニング初期に習ったそうした例文を、しばらく経ったあとに完璧に思い出すのは不可能だ。
それこそ、おもてなしというものが個人の『やる気』に委ねられる。
「『団体対応』は言わずもがな、一気に混み合いますからね……」
そしてもう一つ、英語と共に挙がったのが団体客への対応だった。
「私も正直、まだまだ宮崎の地理には明るくないので、一度に多くのご質問をいただくのは不安です」
「その時は無理せず、周りを頼ってくださいね」
「はい。そうさせていただきます」
「えっと、具体的には……混みあった時にお客様にできることが限られる、ってことですね」
団体客への対応も、いくつかある。
添乗員や幹事のようにツアーリーダーがまとめて手続きをする場合。
あるいは、予約者がまとめて予約はするものの、手続きは別々にして欲しいという場合。
ともかく、一気にフロントが混みあった際にふだんなら出来るようなことが出来ず、歯痒い思いをする者がいるようだ。
「
「そうですね。大きな荷物を運ぶお手伝いがしたくても、それが同時に十人以上いらしたら難しいでしょうし……」
「ロビーが混雑していると、慣れていらっしゃるお客様は困りごとがあっても気を遣って言い辛いでしょうしね」
「ですです」
そこが問題なのだ。
下手をすれば、それがその者と接する最後の機会となるかもしれない。
ビジネスホテルという業態において、最も宿泊客がホテルを身近に感じてもらえる機会を逃すことになる。
それは心のこもったおもてなしであると、言えるのだろうか。
「いかがいたしましょうか、赤神さん」
蛍はあくまで補佐。
おもてなし係の主導権は、赤神にある。
「そうですね……」
目を伏せ悩む立ち姿も絵になる。
まだクロトホテルに勤めて一か月も経たないというのに、その姿はホテルにずいぶんと馴染んでいた。
「『英語』の方は、いくつかアイデアがあるので先に取り組みましょう。『団体対応』の方は、実際に私がその場面を見ることができるといいのですが……」
結局のところ、ビジネス利用者が八割ほどを占めるクロトホテル。
団体客というのも、週に一度あるだろうかといったところ。
蛍のように数年勤めていれば対応した件数も多く、不安に思う部分も臨機応変に対応できる。ただ、入社一年前後の若手は対応した機会も少ない。
『英語』の問題と同じ。不安に思うのも仕方のないことだった。
「団体かぁ。学会はもうちょい先だし…………あ」
「?」
蛍はホワイトボード付近にある、壁掛けのカレンダーを見た。
「もうすぐ、ありますね」
今は五月の下旬。六月に差し掛かろうとしている。
そろそろ、ジューンブライドの季節だ。
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