二十六泊目 自分の幸せ


「──ふう」


 仕事が二十二時に終わり、スーパーで割引された総菜を買って帰宅した蛍。

 近頃はトレーニングに付きっきりで心に余裕もなく、趣味のゲームや漫画を読む気力も起きなかった。


 今日こそはという気持ちを表すかのように、帰宅して手洗いを済ませるや否やすぐに浴室へ足を向けた。

 それだけでどこか、豊かな人生のステップを一つ登ったかのような気持ちになる。


「…………はあ」


 風呂から上がれば、またも気になる部屋のごちゃつき具合。

 ステップからは一段下がった。

 今日は既に『早く風呂に入る』という目標を終わらせた。

 それは蛍にとって、とてつもない労力を伴うことだ。


 明日でいいや。休みの日にやればいいや。

 そうした気持ちの積み重なりが、今の自分を責め立てる要素となる。


(分かってんだけどなぁ)


 うまくいかない。

 分かっていても、できない。

 まして分からないことも多い世の中だ。

 そんな一面が多少あっていいに決まっている。


 決まっているのに、それでも自分を自分で責め立てる。

 そうした繰り返し。うんざりだ。


「ゲームしよ」


 宇宙のことを考える時と同じ要領で、蛍は襲い来る思考の渦から逃避するかのようにゲームや漫画の世界に没頭した。


 最近ハマっているのは物作り要素を取り入れたオープンワールドのゲーム。

 いわゆるスローライフの疑似体験が売りだが、適度にバトルもあるフリーシナリオのゲームだ。

 電源ボタンを押して起動すると、テレビには青い空と草原、それからログハウスのような拠点が映し出される。

 床に座ってさっそくその世界へと潜り込んだ。


 フリーシナリオのゲームだ。大筋のイベントはあるが、どう進むかは自由。

 空腹ゲージが0になる前に食事をし、物を作って売りにだし、ある時は魔物を倒して素材をゲットする。

 それが楽しい。時間も忘れて没頭できる。

 自分で自分をコントロールできているからだろうか。

 楽しいと感じる要素は、一体どこにあるのだろう。


「……」


 そうしてふと、思い至る。

 荒波のように押し寄せる思考の連続。

 現実の世界は何も考えずに生きていけるようにはできていない。


(おれって……、幸せなんだろうか)


 コントローラーを持つ手から力が抜ける。

 自分は現実に、このような世界観を求めているのだろうか?

 それとも、違う世界だからこその魅力を感じているのだろうか。


 趣味に没頭していても時折それはやってくる。

 思考の波にさらわれているかのような。何かに絡んで、動けなくなるような感覚。まるで「現実を見ろ」と自分が自分に警告しているかのようだ。


「あ」


 油断していると野生の魔物に見つかり襲われた。

 こんな危険でスリルに満ちた世界は、ゲームの中だけで充分だ。


「はぁ~~」


 レベル差のある魔物にやられた。二次元の世界もそう甘くはないらしい。

 だが、ここではやり直しができる。

 間違えても、傷付く相手はいない。


(ゲームみたいに、現実も数値化してくれんどか)


 何が変でどこがおかしくて何がわるいのか。

 それが分かれば怖くないのに。

 分かれば、間違わないのに。


 様々な人間がいるから接客業は面白い。

 そして同時に、辛い。


「あーーーーーー」


 仕事は好きだ。楽しい。

 だが時折苦しい。幸せかどうかは分からない。


 現実は矛盾ばかりだ。


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