十泊目 ミーティング


「ウェルビーさんから何か報告はありますか?」

「はい。先週の清掃状況なのですが、────」


 週に一度のミーティング。

 予約すれば宿泊客も使用できる会議室で、毎週月曜日の11時半から30分行われている。

 ここではクロトホテル宮崎店が契約している清掃会社『ウェルビー』の代表、総支配人もしくは副支配人。フロントと同じ一階にあるレストランのスタッフ、その日出席できるホテル側のスタッフ数人で情報共有を行っている。


 今週は各情報共有が終わったあと、以前から議題として挙がっていた『おもてなし係』の後任選出について話し合っていた。


「──では、あとはホテル側ですね。前任の井上さんが退職されたので、今年度のおもてなし係をどなたかにお願いしたいのですが……。やってみたいという方はいらっしゃいますか?」


 総支配人の加賀美が問いかけると、いつもの光景ながら誰も手を挙げない。

 むしろ大半が目線すら逸らしている。


 それもそのはず。

 客室稼働率の全体平均が毎月80%を超えるクロトホテルは、どこの店舗も通常業務だけで忙しい。

 加えて、新人研修は各店舗のスタッフが行っているため人員の余裕はない。


 そんな中、日々の業務で気付いたことや宿泊客からの意見。口コミやアンケートで出てきた問題点、改善点。他のスタッフたちの意見をまとめ、今後よりよいホテルとしてお客様を迎えよう。

 そうした意図で設置された、クロトホテル社内の『織り成す会』。

 『おもてなし』を『紡ぎ続け』『成す』ということで、織り成す。


 各店舗の担当者が『おもてなし係』というわけだ。


 クロトホテルに勤める者の心の内はみな、「やりたいけど時間がない」「考えはあるけど実現できる暇がない」といった具合だ。


「──あの」

「なんでしょう、赤神さん」


(おー、やる気か?)


 けいも他の者と心は同じ。

 もっとよくしたい。こうしたい、ああしたい。

 お客様への対応をもっと全体で統一したい。

 いろんな想いは常々抱くが、通常業務に追われる毎日。

 そんな余裕はない、といったところ。


「はい。まだ社内委員については詳しくうかがっていないのですが……。入社したばかりの私でも、務めることは可能でしょうか?」

「! そ、そうですね。決まりはないですよ。……ただ、今は覚えることも多いでしょうし赤神さんが負担でなければ……ですが」

「私は問題ありません。こちらではコンシェルジュの担当はありませんが、このおもてなし係という存在が皆さんの接客面での心構えを底上げしていると思います。勉強になると確信していますので、ぜひやらせてください」

「「「……」」」


 その場にいる全員が、唖然とした。

 今まで自薦で決まったことはほとんどなく、そのどれもが総支配人からの指名か他薦だった。

 まして、新人が自らやりたい! ということなど、『おもてなし係』が発足してから初めてのことだろう。

 その熱量はまるで、ホテリエ一年目の自分たちを見ているようだった。


 称賛と、どこか悔しさにも似た感情が蛍の内を駆け巡る。

 その表情を見る限り、他の者たちも同様の思いが胸を突いたことだろう。


「皆さんも、よろしいですか?」


 首を横に振る者がいるわけがない。


「……では、よろしくお願いしますね」

「はい!」

「あ、そうだ。黒木くん」

「はい……?」


(なんか……、すっげーヤな予感)


 このタイミングで特別発言をしていない自分へ話題を振るなど……理由は一つでしかない。蛍は恐れながらもその言葉を待った。


「おもてなし係は一人と決まっているわけではありませんから。今年度は黒木くんにも担当してもらって、赤神さんのサポートをお願いできますか?」

「…………はい、承知いたしました」


(デスヨネー)


 赤神が立候補した時点でなんとなく予想できた展開。

 蛍はなんとも言えない無力感に襲われた。







「……クロさん、もしかしてご迷惑お掛けしましたか?」

「え?」


(あー、やっぱ気付くのか)


 さすがは元コンシェルジュ。

 事情に詳しくなくとも、それとなく場の空気を察知したのだろう。

 周りの視線は、蛍に対して『ドンマイ』と言っていた。


「あー、いや。なんていうか、説明むずかしいんですよね。みんな、やりたくないわけじゃないんですよ。責任感が強いがゆえに、中途半端なことをしたくないというか。忙しい中で、いろんな取り組みをするってなった時に……他の人に負担になることをお願いしづらいというか」

「そういうことでしたか」

「……ホテリエって、気遣いのスペシャリストなわけじゃないですか。だからか、意外と仲間内での遠慮とか、あるんですよね」

「相手の状況を察することに長けるがゆえの、……ということですね」

「おもてなし係以外にも、社内委員や担当業務ってありますから」


 なるほど、と唸る赤神。

 自身にも覚えがあるのか、状況をすぐさま理解できたようだ。


「……私から見てもクロトホテルの現場が忙しいというのは分かるのですが、人員がこれ以上増えることはないのでしょうか?」


 そして赤神は、何らかの問題が生じた際。常に別の提案や前向きな姿勢が見える青年であった。


「うーん。まず、フロントのパソコンは全部で3台ですし。コンシェルジュ業務用のデスクを別に置いたとしても、平日は基本ビジネス利用のお客様が八割……九割の日もありますからねぇ。東京や京都のように観光客が桁違いに多い場所はともかく、宮崎の事情でいえば……そうですね。ビジネスホテルでのコンシェルジュ業務は、赤神さんが思うより相当少ないかと。そんな利用状況の中で、仮にそこに別で人員配置やホテルシステムを新たに設置するとなると……、うーん」

「つまり、予算がない!」

「いや、言い方」


 赤神は再び「なるほど」と事情を理解すると、何ら後ろめたい気持ちもなく言った。


(まぁ海外はそういうところオープンだからなぁ)


「僕は価格帯が上のホテルには勤めたことがないので、詳しくないんですけど……。部屋や備品、設備もさることながら、やっぱり人員数の差による提供できるサービスの違いも大きいですよね?」

「はい」

「つまり、人件費」

「金だ」

「だから、言い方」


 歯に衣着せぬ言い方は、海外の学校を卒業したからだろうかと蛍は考えた。


「ハイクラスのホテルというのは、宿泊代にそれが含まれているからこそ更なるサービスができるわけじゃないですか。でも、僕たちビジホの現場は『お金を掛けずにできること』をまず模索するところから始める。……でも本来それって、ビジネスホテルだろうがなんだろうが、想いは同じなはずなんですよね」


 つまりホテリエの志はみな同じ。

 会社の形態や状況により、出来ることと出来ないことの差が生まれる。


 チップ制度がほとんどない日本において、これはもう従業員の心意気や献身、会社としての方針などに委ねられたもの。


 『おもてなし』とは文字通り『心遣い』なのだ。


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