五泊目 ホテルの理念


「次はシフトとホテルの一日についての項目です」

「はい」

「クロトホテルのフロント業務は主に三交代制です。早番、遅番、夜勤。それぞれ出退勤時には引き継ぎをします。赤神さんならなんとなく想像はつくかと思います」

「そうですね。早番であればチェックアウト、遅番はチェックインがメイン……といったところでしょうか」

「はい。ビジネスホテルですと、どうしてもホテル中を行き来できるベルアテンダントベルのように役割が細分化されていませんので……。荷物をお運びしたり、調べ物をお手伝いしたりというのはどの時間帯の者でも承ることがあります」

「なるほど……!」

「各シフトでの業務はおいおい、そのシフト毎のトレーニング期間があると思いますので。まずは電話応対と遅番のひとり立ちを目指しましょう」

「はい!」


(ほんと、まじめで熱心だな)


 ホテリエとして華麗な経歴から、おごった態度をとってもおかしくないというのに。

 一から学ぶという姿勢が見て取れる。

 分からないところは説明を遮らないタイミングで質問。

 適宜メモをとり、不安な点は再確認する。

 どこでも通用する優秀な人というのは、こういう人物なのだろうとけいは納得した。


「じゃ、次の項目は──えっと、各店舗の備品か」

「そういえば、聞きたかったんです」

「何でしょう?」

「こちらでは、ホテルオリジナルのタオルを販売されていますよね。ビジネスホテルでは珍しいと思うのですが」

「ええ、混在しないようお部屋のものとはデザインが異なりますが……。ここにも書いてあるとおり、ホテルのリネン類は基本的にグループ会社の製品でして」

「! なるほど……!」


 ホテルは『クロトホテル株式会社』の運営ではあるものの、実態は多くの事業を展開している会社のグループ企業だ。

 その事業の一つにタオルやシーツ、寝具を手掛ける事業もあり、クロトホテルオリジナルのブランドがある。


「そうそう。宮崎店のリネンクリーニングは『ミナミリネン』さんにお願いしています。リネン屋さんとはよくお会いしますから、覚えておいてくださいね」

「はい」


 赤神は早速ノートにメモをすると、納得した様子で言った。


「クロトホテルの理念は『紡ぎ続ける』でしたけど……。てっきり、『時代』や『ストーリー』を紡ぎ続けるっていうソフト面のことだけかと思いましたが、いろんな意味が込められているんですね」

「はい。色んな意味でもますね」

「ですね」


 冗談ではないのだが、何だかおかしくなって二人して笑い合う。


「……でも一番実感するのは、やはり人との縁ですよね」

「確かに」


 赤神にも多くの宿泊客との出会いがあったのだろう。

 どこか懐かしむように笑っていた。



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