十二泊目 駅周辺をぶらり
時刻は午後四時。
徒歩や自転車はともかく、車であればあまり距離を感じない。
蛍が夕食をネットで十八時から予約したので、二時間は中心地付近を散策することに。
歩いて赤神に土地勘を得てもらうことを目的としたので、繁華街とは方角の異なる駅東側のコインパーキングに車を停めた。
「ひ、広いですね」
「ですねー」
宮崎駅の東側は、あまり高い建物がないこともあり見通しがよく、駅から東に向かって延びる通りも街路樹の緑が美しい景観。散歩やランニングをする者も多い。
駅近くの駐車場は立体ではなく平面でかなりの広さ。
都会であれば立駐が多いだろう。赤神はその広さと停め易さに感心していた。
「車、マジかっこいいですよね」
蛍は助手席から降りると、改めて赤い車に見惚れた。
「ありがとうございます」
「……あ、プライベートはタメ語でいいですよ。おれ、年下ですし」
「えーっと」
「経歴的に、二十四よりは上ですよね?」
「はい。二十八です」
「じゃ、タメ語で」
「……はい」
観念したように言うと、赤神は言葉を選びながら恐る恐る言った。
「……と言っても、こう。ムズくて」
「いや、分かりますよ。おれも、敬語とタメ語、混じります」
「じゃあ、……そういうコトで」
「はい、おっけーです」
年上で後輩、年下で先輩。
どんな仕事においてもあり得るシチュエーションだ。
相手が距離を感じてしまうだろうから、なるべく砕けた言葉で話したい。
でも、相手を尊重するから敬語でも話したい。
まして、言葉遣い一つでクレームになりかねない仕事。
少なくとも宿泊客の前では、スタッフ間も接客時同様敬語で話すようになっている。普段から気を付けていたい。
そんな複雑な赤神の胸中を、蛍は容易に想像ができた。
蛍も勤務時間外に年の近い同僚と話すときは、敬語と砕けた言葉。両方が入り混じった変な言葉遣いになった。
駐車場から駅の方へと歩く。
駅のロータリーには、ショッピングモール行きと書かれた路線バスが一台。発車時刻まで待機しているようだ。
「なんというか……
「普段の移動は車なんで久々来ましたけど、落ち着きますよね」
赤神がキョロキョロと首を動かしながら周囲を見る。
平日の午後四時ということもあり、人影はまばら。
周辺に住居や駐車場、大きい建物に入った店はあるものの、駅に連なるように並び立つ店が無いことに赤神は驚いたようだ。
確かに聞こえる音のほとんどは、車の音と歩行者信号の音。それから電車の音。
「駅舎も、開放感ありますね」
赤神の視線の先には二階建ての駅舎に高架化された駅のホーム。
二階部分が白い網目のようなもので覆われた外観が特徴的で、その背後には未だ沈まない太陽の光と青空が広がっていた。
「空、近いな」
赤神は自分でも気付かない内にぼそっと言ったようで、自分で言って目を見開いた。
「あ、そうだ。これもお客様に聞かれるかも」
「なんでしょう」
蛍は内心「職業病だな」と思いつつ、赤神に解説した。
「地下鉄とか私鉄がないんで、宮崎駅の出口って言ったら基本『西口』か『東口』なんです」
「はい」
「で、宮崎に慣れている方だと、東口のことを『駅の裏』って言ったりします」
「なるほど」
クロトホテルがある側。
駅の西口方面は高い建物が多い。繁華街もそちら側にある。
赤神は納得した様子だった。
「んで数年前、駅出入り口に名称が追加されまして」
「へえ?」
「西口が『
「高千穂っていうのは西口前の通り名だから分かりますけど……、大和っていうのは?」
「神話ですよ、神話」
日本書紀
元々県内外に神話由来の地として認知されていること等も考慮し、新たに愛称が追加されたのだった。
「わ……俺、神話はまったく無知でして……」
「いやいや、おれもですよ。お客様も、まさかホテリエが日本書紀丸暗記してるとか思ってないですって。むしろお客様の方が詳しいことも多いです」
蛍は珍しく狼狽している赤神に、どこか安心した。
(当たり前っちゃ当たり前だけど、赤神さんでも自信のないことあるんだな)
初めて彼を見た時、蛍は理想のホテリエ像のように思った。
威圧感はない。
けれど経験に裏打ちされた自信に満ち溢れ、親しみやすさも備えた立ち姿。
何を聞いても答えてくれて、何を頼んでも応じてくれる。
ラグジュアリーホテルのコンシェルジュであったが故だろうが、それを体現できている赤神が雲の上の人物のように思えた。
その後一瞬にして印象は変わるのだが……しかし、日々の真面目な取り組み、能力の高さ、人柄、意外な一面。
踏まえた上で、当初あった『変な』印象は徐々に打ち消されていった。
「西側には高千穂峰……山ですね。と、高千穂通りがある方角ってので。大和口ってのは、日向の国から大和の国……海を東に渡った先ですね。そこに向かわれたといわれている神武天皇の話が日向神話で伝承されてます。お祀りされている大きい神社、市内にありますよ」
「ふむ、把握しました。……うーん、由来は地元の方か歴史好きの方じゃないと分からないですね、さすがに」
「あはは。まあ、お客様が駅からホテルにお見えになる際は、必ずどちらの出口にいらっしゃるか確認しないと始まらないので。道案内の電話を受けた時には気を付けてくださいね」
「はい。ありがとうご……ありがとう」
いつもの笑顔でにっこりとお礼を言う赤神。
少し気恥ずかしくなった蛍は、急いで駅構内へと足を運んだ。
◆
「おー」
「こっちは年々発展してますね」
駅を通り抜けた先の西口ロータリー。
東口同様広く見通しが良いもののここ数年で大きい商業ビルもでき、駅構内も改修により様変わりしていた。
こちら側には路線バスや高速バスも含め、数台が常に行き交っている。
「行きは広島通りから行きますか」
「お、初めてだ」
駅を出て真正面。各企業の高いビルが並ぶ高千穂通りは道幅も広く交通量も多い。
蛍は広々としたロータリーを左手に抜け、商業施設横の通りを目指した。
「あ、信号パカパカし始めた」
「ぱか……?」
「? あ、もしかしてこれも……?」
道の反対側へと渡るための横断歩道。
あと数歩のところで歩行者信号の青ランプが点滅し始めた。
「馬じゃないんだから」
笑いながら、珍しく冗談を言う赤神。
「いや、パカパカしてますでしょ」
「チカチカかと」
「えー」
「他にも言い方あるんでしょうかね」
「地域差って面白いですね」
意外なところで方言が判明したのだった。
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