第13話 受付嬢ミリネアの実力

 ギルドの制服を着ていないミリネアは、なんだか新鮮だった。


 白いチュニックは銀色の髪の色とマッチしていて可愛らしいし、厚手の黒いマントもアクセントになっていて、すごくおしゃれだ。


 だけど、ピクニックに来たってわけじゃなさそうだな。


 細身の剣と短剣を持っているし、周囲に転がっているいくつかの魔晶石は、ミリネアが倒したゴブリンのものだろう。



「……まぁ、事情は後で聞くとして、助けに入るか」



 目の前のミリネアに集中しているのか、こちらに全く気がついていないゴブリンを背後から倒し、ミリネアの前に出る。



「助太刀する」

「……ッ!?」



 ミリネアがとっさに身構えた。


 しまった。いきなりすぎて新手のモンスターと勘違いさせてしまったか?



「そ、そのお面……トト、トーマさん!? どうしてここに!?」

「それはこっちのセリフなんだが、今はゴブリンに集中しよう」 



 相手はもはや俺にとって雑魚モンスターだが、数が多い。


 気を抜けばやられてしまう可能性もある。


 ざっと見たところ、取り囲んでいるゴブリンの数は10ほど。


 各々、ボロボロの剣や棍棒を持っているが、ゴブリンロードはいないようだ。


 ふむ。油断は禁物だが、苦戦する相手じゃないな。



「右の5匹は俺がやる。左はミリネアに任せていいか?」

「わ、わかりました!」



 足元に落ちてある手頃な大きさの枝を手にとり、【投石】スキルでゴブリンに向かって投げた。


 先端が鋭く尖った枝は、見事ゴブリンの胴体を貫く。



「……ギャイッ!?」



 悲鳴を上げると同時に、黒い煙になって消えていくゴブリン。


 よし。まずは一匹だ。



「ギャギャッ!」

「ギャヒッ!」



 それを皮切りに、ゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる。

 

 頭数は減ったものの、同時に4体ものゴブリンを相手にするのは愚策か──と思ったが、軽く剣を振るっただけで2匹のゴブリンの体が両断された。


 青い血をほとばしらせながら、霧散していくゴブリンたち。

 おまけに背後の大きな樹も真っ二つにしてしまった。


 完全にオーバーキルだな。


 まだ力のコントロールができていない。



「す、すごいっ……!」



 ミリネアの声。


 そちらを見ると、彼女は驚いたように目を瞬かせていた。



「ひと太刀で2匹のゴブリンを倒すなんて……流石です、トーマさん!」



 そんなミリネアの足元には、すでに3つの魔晶石が転がっていた。


 え? もう3匹も仕留めたの? 

 咄嗟に助太刀に入ったけど……ミリネアってば意外と強かったのか?


 そう言えば獣人って身体能力が高いと聞くしな。

 援護は必要なかったかもしれない。



「ギャギッ!」



 などと考えていると、ゴブリンが飛びかかってきた。


 咄嗟に盾を構え、ゴブリンの攻撃を防ぐ。



「この……ッ」

「グギッ!?」



 剣の柄で顔面を殴りつけ、のけぞったところをなぎ払う。


 ついでに最後の1匹も一緒に。


 黒い煙が消え去った後に残っていたのは、極小サイズの魔晶石がふたつ。


 ミリネアの状況を確認したが、彼女も最後の1匹を仕留めたところだった。



「そいつで最後みたいだな」

「で、ですね」



 ざっと周囲を確認したが、ゴブリンの姿はなかった。


 剣を鞘に収めて、散らばっている魔晶石を拾いあげる。



「ほら、魔晶石だ」

「……え?」

「このゴブリンはキミの獲物だろ。だから魔晶石はミリネアのものだ」



 冒険者の暗黙のルールとして、獲物の横取りはご法度なのだ。


 同業者殺しと違って罪に問われるわけではないが、業界内で干されてしまうこともある。


 ……まぁ、ミリネアは冒険者じゃないとは思うが。



「あ、ありがとうございます……」



 ミリネアは魔晶石を受け取ると、いそいそと腰のポーチの中にしまう。



「あ、あの、トーマさんは依頼ですか?」

「ああ、トレント討伐の依頼だ。トレントの魔晶石を5つ納品する必要がある」

「トレントの魔晶石……あっ、チャーリーさんのところの錬金屋からの依頼ですね」



 合点がいったと言いたげに、ぽんと手を叩くミリネア。


 流石は受付嬢だな。依頼内容を話しただけで、誰の依頼かわかるなんて。



「ミリネアはどうしてここに? 今日は休みじゃなかったのか?」

「ええっと……そうですね。ギルドの仕事はお休みを貰っています」



 ミリネアは「えへへ」と少しバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。


 休みを貰ってるのに、どうして森でゴブリンを狩っているのだろう。


 魔晶石も大事そうにポーチに入れていたし。



「あ、もしかして、副業か?」

「……」


 

 そう尋ねると、ミリネアはしばし思案してコクリと頷いた。



「す、すみません……実は受付の仕事の傍らで冒険者もやっていまして」

「そうだったのか。というか、別に謝ることじゃないと思うが?」



 休みの日に何をしようと本人の勝手だし。


 詳しく聞けば、ミリネアが受付嬢をやっているフィアス・キャッツとは別の冒険者ギルドを拠点に活動しているという。


 受付の仕事が休みのときに、こうして簡単な依頼を受けているのだとか。


 受付嬢の仕事も楽じゃないだろうに、なかなかにハードな日々を送ってるんだな。



「しかし、まさかミリネアが同業者だったとはな」

「ルシールさんにしか話していないので知らなくて当然ですよ。多分、イリヤさんも知らなかったと思います」

「イリヤ?」



 なぜ急にイリヤの名前が……と思ったが、そうだ。


 俺はイリヤの友人ということで通っていたんだった。



「でも、どうして副業を? 金が必要なのか?」

「はい。実はそう──」



 ミリネアはそこまで言って言葉を飲み込み、耳をピンと立たせる。



「たっ、たたた、ただの運動ですよ! ほら、獣人って適度な運動を取らないと死んじゃう種族だし!」

「……え? 本当に?」



 つい、胡乱な目で見てしまった。


 そんな、寂しくて死んじゃうウサギみたいな話が本当にあるのか? 


 目が泳いでいるし、実に嘘くさい。


 それに、その話が本当だとしても適度な運動にしてはハードすぎると思うが。



「……まぁいい。一体どれくらい金が必要なのかわからんが、ゴブリンの魔晶石が10個もあれば足りるだろう?」

「だ、だから私は運動のために──」

「何にしてもゴブリンを5匹も相手すれば十分だ。怪我をする前に街に戻ったほうがいい」



 またたく間に5匹のゴブリンを仕留めたのはすごいが、この森にはもっと危険なモンスターも多い。



「……そういうわけにはいきませんよ」


 

 ミリネアは神妙な面持ちで続ける。



「私も依頼を受けているんですから」

「む? ゴブリン討伐の依頼じゃなかったのか?」

「違います。この森に生息しているドライアドの討伐です」

「ドライアド」



 って確か、Eランクのモンスターだよな。


 植物系のモンスターだが、その凶暴性はアルミラージに引けを取らないと言われている。


 なんでも、クマのような大きな獣を仕留めることもあることから、食虫植物ならぬ「食獣植物」とも呼ばれているとか。


 通りかかった獲物は手当り次第に襲いかかるため、危険度で言えばトレント以上だ。


 ううむ……。

 そんな危険なモンスターをミリネアひとりで相手させるのは、少し心配だな。


 怪我でもしたら、しばらく受付嬢の仕事を休まなくてはいけなくなるだろう。

 彼女がいなくなると、俺の仕事にも支障が出るしな。



「……わかった、手伝おう」

「え?」

「知っているかもしれないが、ドライアドは危険なモンスターだ。キミひとりでも事足りるかもしれないが、協力するよ」

「え? え? 協力?」



 ミリネアが、目をぱちくりと瞬かせる。



「まぁ、俺の協力なんて心もとないかもしれないが」

「ッ!? そ、そんなわけないじゃないですか! トーマさんはゴブリンロードを単独で討伐した方ですよ!? そんな方に協力してもらうなんて……恐縮というか恐れ多いというか……!」

「……」



 なんだかむず痒くなってしまった。


 ついこの前まで薬草採取の専門冒険者だとにバカにされていたのに。


 いや、ミリネアはいつも俺の味方だったけどさ。



「わかりました」



 ミリネアがパンと手を叩く。



「じゃあ、お互いに依頼を協力しあう、というのはどうでしょう」

「え? 俺の依頼も手伝ってくれるってことか?」

「そうです。私の依頼を手伝ってもらうお礼に、私もトーマさんの依頼をお手伝いします」



 フンスと鼻を鳴らすミリネア。



「それにほら、助けてくれたのなら、ちゃんとお返しをするのが冒険者というものでしょう? よく『くんずほぐれつ』って言うじゃありませんか。ね?」

「……? もしかして『持ちつ持たれつ』と言いたいのか?」

「え? あ……そうとも言いますけど!」



 ミリネアが恥ずかしそうに、くねくねと尻尾をくねらせる。


 つい笑ってしまった。


 なんともミリネアらしいというか。天然というか。


 うん、可愛いなぁ。



「わかった。それじゃあミリネアにもこっちの依頼に協力してもらうということで……まずはドライアドを探そうか」

「はいっ!」



 元気に返事をするミリネア。


 こうして即席パーティを組んだ俺たちは、ドライアドを探して森の中を歩くことにした。

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