第33話 筋力

 酒場に喧嘩はつきものだ。


 酔っ払いが増える深い時間になればなおさらだ。



「おお!? 喧嘩か!? やれやれ!」

「俺は金髪の男に500ライムだ」

「俺は1000! クソ転移者なんぞぶっ殺しちまえ!」



 俺たちの騒ぎを聞きつけ、周りにやじを飛ばしてくる酔っぱらいが集まってきていた。


 おまけに賭けまではじめやがって。


 勝手にやってもらって結構なのだが、騒ぎが大きくなるとジャッジが来てしまう。


 ここはさっさと終わらせてしまうが吉……だろうな。 



「ひとつ聞きたいことがある」



 にじり寄ってくる金髪の取り巻きたちに尋ねた。



「お前らの中に冒険者はいるか?」

「安心しな。俺らは部外者だ」



 男のひとりが吐き捨てるように言う。


 ならいい。同業者との喧嘩はご法度だからな。


 こんなヤツらのせいで縛り首になるのは御免だ。



「おい、クソ転移者。まさかてめぇ、あんだけ啖呵切っておきながらビビってんじゃねぇだろうな?」



 金髪の男が、ニヤケ顔でのたまう。



「ンなカラス面なんてつけて、顔にも自信が無いみてぇだからなぁ? 綺麗な顔に傷をつけちゃだめだってママに言われてんのか? ヒッヒッヒ!」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとかかってこい。それとも、達者なのは口だけなのか?」

「……っ!? てめぇっ! 捨てられた落ちこぼれ転移者の癖に、このリロイ・サザーランド様に生意気な口を利いてんじゃねぇぞっ! やっちまえ、てめぇら!」



 リロイと名乗った金髪の一声で、にじり寄ってきていた取り巻きの男たちが一斉に飛びかかってきた。


 その数は4。


 全員、剣で武装している。


 雰囲気から手練というわけじゃないようだが、混戦になったら面倒だ。


 遠距離で頭数を減らしておくか。



「……【投石】」



 スキルを発動させ、転がっているジョッキを投げた。



「ぐえっ!?」



 見事眉間にヒット。


 ひとりがひっくりかえり、悶絶する。


 よし。ひとり脱落だな。



「この野郎! 全員で囲んでやっちまうぞ!」



 3人の男たちは俺を取り囲むように一定間隔に広がり、同時に詰め寄ってきた。 


 この状況でがむしゃらに突っ込んでこないなんて、意外と冷静なんだな。


 だが、それはそれでやりやすい。



「まずはお前からだ」

「……っ!」



 転がっている椅子を手に取り【軽足】スキルを発動。

 正面の男との距離を一気に詰め──なぐりつける。



「ギャッ!?」



 全力で殴ったら死んでしまいそうなので、力はかなりセーブした。


 それでも頑丈な椅子がバラバラになってしまったが。



「こ、こいつ……っ! 強えぞ!?」



 粉々になった椅子を見て、右手側の男が一瞬怯んだ。


 足を止めたな。


 次はお前だ。


 即座に間合いを詰め、強烈な膝蹴りを腹部にお見舞いしてやった。



「……ぐおっ!?」



 男の体がくの字に折り曲がり、地面に崩れ落ちる。



「最後はお前だっ!」

「……っ!?」



 倒れた男の背中を掴んで、最後のひとりに向けて放り投げた。


 巨体が空中を舞い、最後の男に衝突する。


 そのままふたりは隣のテーブルに派手に突っ込んでいった。



「おおお!」

「すげぇ! 大男を簡単に投げ飛ばしたぞ!?」



 ギャラリーから歓声があがる。


 盛り上がる彼らとは裏腹に、こちらの空気は盛り上がりとは程遠かった。


 場に残ったのは、俺とリロイのふたりだけ。

 周囲の興奮がウソのように、冷ややかな空気が流れる。



「どうする? 逃げるなら追わんぞ?」 

「……っ!? 調子に乗るなよ、クソ転移者!」



 リロイがこちらに走り出す。


 それを見て、少しだけ違和感を覚えた。


 圧倒的な力の差を見せつけたのに、臆することなく突っ込んでくるとは。


 ──こいつ、何かあるな。 



「死ねおらッ!」

「……ッ!」



 勢いに乗って殴りつけてきたリロイの拳を、咄嗟に両手で掴んだ。


 その圧力で軽くのけぞってしまう。


 この力、普通じゃない。



―――――――――――――――――――

 名前:リロイ・サザーランド

 種族:人間

 性別:男

 年齢:21

 レベル:10

 HP:200/200

 MP:10/10

 SP:0/0

 筋力:20

 知力:9

 俊敏力:11

 持久力:8

 スキル:なし

 容姿:リロイ・サザーランド

 状態:薬物中毒

―――――――――――――――――――



 なるほど。


 自信満々に突っ込んでくるだけあって、なかなかに筋力ステータスが高いな。


 ジャッジ當間の筋力が12だったことを考えると相当高い。


 レベルは特段高いというわけではないのに、筋力能力値だけ高いというのが不思議だが。


 もしかして薬か何かで強化しているのか?


 状態が「薬物中毒」になってるしな。


 現代で言うところの「ステロイド」みたいなもので、筋肥大させているのかもしれない。



「手を離せゴミ野郎! てめぇの顔をぐちゃぐちゃにしてやるからよぉ!」

「それは困るな。この仮面は大切なものなんだ」

「う、おっ!?」



 リロイの拳を掴んだまま、一本背負いの要領で投げ飛ばす。



「う……くっ」



 地面に背中を強打したリロイが、もんどり打つ。


 これでしばらく動けなくなっただろう。


 さて、どうするか。


 こいつの秘密が判った以上、もう過度に警戒する必要はないが……被害者をこれ以上出さないために、しっかりと去勢しておくか。



―――――――――――――――――――

 名前:リロイ・サザーランド

 筋力:―20

―――――――――――――――――――



 【不正侵入】を使って筋力をマイナスにしてみたが、どうなるんだろう?


 どういう結果になるのか楽しみだ。



「おらあああっ!」



 いつの間にか復活したリロイが、またしても馬鹿正直に突っ込んでくる。



「ぼーっとしてると、1発であの世にいっちま──うぎゃっ!?」



 俺の顔面を殴りつけてきたリロイだったが、何かが砕けたような音とともに、その場に崩れ落ちてしまった。



「い、いてぇ! 俺の手……手が……っ!」 



 うずくまる彼の右の拳は紫色に変色し、妙な形になっていた。


 あれは完全に折れてるな。


 なるほど。体力をマイナスにしたことはあったが、筋力をマイナスにするとダメージが自分に返ってくるんだな。


 これは勉強になった。


 モンスター戦でも使えそうだ。



「て、てめぇ……っ」



 うらめしそうに俺をにらみつけるリロイ。



「お、俺にこんなことをして、ただで済むと思うなよっ!」

「それはこっちのセリフだ。俺の大切な友人を侮辱して……その程度で済むと思うなよ」



 そばにいたミリネアの肩に触れて【解析】を発動。


 続けて【不正侵入】で、とある項目をリロイにコピーした。

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