第2話 ウマい話

 森を出て30分ほどでラムズデールの街に到着した。


 川の湾曲部に作られているこの街は島状になっているだけではなく、周囲を堅牢な壁で覆っている、いわば「城塞都市」だ。


 そんなラムズデールの街に入るには、厳重なチェックを受ける必要がある。


 衛兵に荷物検査をされるだけじゃなく、身分を明らかにするために冒険者証の提示を求められるのだが──俺が転移者だとわかるといつも怪訝な顔をされる。


 たまに舌打ちされたりとか。


 本当に転移者というのは嫌われている。

 別に何か犯罪を犯したわけじゃないのだがなぁ。


 門をくぐると、いつもと変わらないラムズデールの街が出迎えてくれた。


 この世界の文明レベルは中世のヨーロッパと似ているのだけれど、街の中は意外と発展している。


 地面は綺麗に舗装されているし、通りにはおしゃれなカフェもある。


 日本の繁華街に並んでいるような焼肉屋もあってびっくりしたのだが、それらは転移者たちが作った店なんだとか。


 そのうちネオンサインとかも出てきて、本当に日本みたいになるんじゃないだろうか。


 そんな現代チックな店の前を抜けてたどりついたのは、黒い猫が描かれた看板を掲げる居酒屋のような店。


 俺が拠点にしている冒険者ギルド「獰猛な黒猫フィアス・キャッツ」だ。


 ラムズデールにはフィアス・キャッツ以外にも多くの冒険者ギルドが存在している。


 冒険者ライセンスさえ持っていれば、どこのギルドでも依頼を受けることができるのだが、顔見知りになったほうが色々とメリットがあるので、大抵の冒険者は特定のギルドを拠点にしているのだ。



「……見ろよ。転移者イリヤ様がお戻りになられたぜ」



 ギルドの入り口をあけるやいなや、こちらを嘲笑するような声が聞こえてきた。


 テーブルを囲んでいるのは20代くらいの男たち。銀髪に白髪。赤色の髪もいる。

 現地人の冒険者たちだ。


 髪の色を見れば現地人かどうかは一発でわかる。


 黒髪なのは、俺みたいな転移者だけなのだ。



「よう! 今日の成果はどうだイリヤ? ゴブリンくらい倒せたか?」

「いや。ブリスター・ハーブが15個と魔晶石が少しだな」

「ブリスタ……ぶはっ」



 白髪の男が吹き出す。



「ギャハハ! 何だよ!? 無敵の能力を持ってる転移者様が、ま~だ薬草採取なんかやってんのかよ!? だっせぇな!」

「まぁ、そう言うなよ。相手の情報を盗み見るってだけのクソ能力じゃ、モンスターと戦うのは無理だろ。せいぜいできて、草集め程度だ」

「誰もやりたがらねぇ依頼をやってくれて助かってるぜ。ありがとうなイリヤ」

「俺からひとつアドバイスをしてやろうか? 魔晶石から情報吸い上げてモンスターの勉強をする前に、剣の使い方を勉強したほうがいいぞ?」

「……そうか。アドバイス助かる」



 一瞬イラッとしてしまったが、努めて冷静に返す。


 この世界の現地人は、転移者に親を殺されたのかと思うほど俺たちを嫌悪していて、ああいう輩は吐いて捨てるほど多い。


 だから言い返すだけ無駄なのだ。


 当たり障りの無い言葉を返して無視するに限る。

 これは、この2ヶ月で学んだことのひとつ。


 彼らをスルーしてギルドのカウンターにリュックを下ろす。


 すぐに赤いギルドの制服に身を包んだ女性がカウンターの向こうにやってきた。


 特徴的なのは、腰まであろうかという長い銀髪のくせっ毛と、頭についた獣の耳──彼女はいわゆる「獣人」ってやつだ。


 白豹の血が流れているとか言っていたけれど、少し目尻が下がっていて、どこかぽや~っとした雰囲気があるので、豹というより羊っぽい。


 彼女の名前はミリネア。


 この2ヶ月間、色々とお世話になっている、フィアス・キャッツの受付嬢だ。



「あ、あの」



 そんなミリネアが、困ったように頭の上の耳をしゅんと下げる。



「あの方たちのことは気にしないでくださいね? イリヤさんが集めてくれてる薬草は新人の方に支給しているポーションの大切な原料になるものですし……」



 どうやら俺のことを気遣ってくれているらしい。


 彼女は会うたびにこんなふうに優しい言葉をかけてくれる。

 俺としてはとても嬉しいんだけど、転移者と仲良くしていじめられないかと少し心配になる。


 だってすごく良い子だし。



「大丈夫だ。ああいうのには慣れてるからな。それより、依頼の査定を頼む」

「あ、は、はい! ただいま!」



 ぴょこっと耳を立て、慌ててカウンターの上に置いてある俺の荷物を受取る。


 うん。いつもながら可愛いな。


 この殺伐とした世界で、唯一の癒やしだ。


 ミリネアはカウンターの下から巨大な本を取り出すと、俺のリュックの中に入っている薬草と照合しはじめる。


 あの本は薬草や鉱石などの採取物に関する情報がイラスト付きで記載されているものだ。


 ちゃんと依頼したものがあるか、ひとつひとつ確認するのも受付嬢の仕事のひとつというわけだ。



「……お疲れ様でしたイリヤさん。ブリスター・ハーブ15個と超極小サイズの魔晶石5個で報酬は75ライムです」

「75? そんなに貰えるのか?」

「あ、ええっと……ホントは65ライムなんですけど、10ライムはうちの継続報酬です」

「ああ、そういうことか。助かるよ」



 特定のギルドで仕事をしているメリットがこれだ。


 他にも良い依頼を斡旋してもらえることもある。



「今日の報酬はどうします?」

「いつも通り台帳に頼む」



 ミリネアに黒い手帳を渡す。


 これは冒険者になったときに冒険者証と一緒に支給された「銀行台帳」と呼ばれるもので、現代の通帳アプリのようなものだ。


 この台帳を操作することで、現金をやりとりする必要なく報酬の受け渡しができるという便利なもの。


 現金で受け取ることもできのだが、俺はこうして帳簿上でやりとりしている。


 ちなみにこの銀行台帳はただの紙ではなく、れっきとした魔導具で、この銀行システムと一緒に転移者が作ったシステムなんだとか。


 こんな物が作れるんだったら、そりゃあ現地人の職がなくなるわけだ。



「この世界には慣れましたか?」



 俺の銀行台帳をめくりながらミリネアが尋ねてくる。



「そうだな。少しは」

「良かったです。イリヤさんは、元の世界に戻りたいとは思わないんです?」

「……特に思ってはいないな」



 まぁ、戻れないというのもあるが。


 俺を召喚した聖女シルビア様にお願いすればなんとかなるかもしれないが、捨てられた身で会えるわけがない。


 一度試しに城に行ってみたが、衛兵に追い返されてしまったしな。



「ということは、ラムズデールに永住を?」

「……あ~、いや、そこまでは決めていないな。まぁ、将来は冒険者の仕事をしながら田舎でのんびり暮らせればとは思っている」

「ということは、目下の目標は貯金ですね」

「そうなるな」



 この世界で生活するにしても、必要なのは金だ。


 冒険者には「ランク」というものが存在していて、AからFまでの6段階ある。


 そのランクによって受けられる依頼が決まっているのだが、噂によるとAランクの冒険者が受けられる依頼の報酬は、数百万ライムを越えるという。


 そんな依頼を受けられば悠々自適な異世界生活が送れるのだろうが……残念ながら俺のランクは最低のFだ。


 受けられるのは微々たる報酬の依頼だけ。

 極小サイズの魔晶石が拾えれば御の字。


 まぁ、戦闘スキルを持ち合わせいないから、数百万ライムの依頼を受けられたところで達成はできないんだが。



「それでは、またよろしく頼む」

「はい。お待ちしております」



 去り際に1ライムをミリネアに渡す。


 こうしてチップを受付嬢に渡すことで、良い依頼を斡旋してくれるのだ。


 これも、この2ヶ月間でわかったことのひとつ。

 貧乏人の俺には痛い1ライムだが、今後のためにも必要な経費だ。




***




 次の日、俺は宿を出てギルドに向かったのだが、ちょっとした事件が起きた。


 この2ヶ月間、一度もなかった「ご同胞」に会うことができたのだ。



「キミが入谷くん?」



 ギルドの掲示板に張り出されている依頼を眺めていると声をかけられた。


 革鎧に身を包んだ俺と同じ黒髪の男性が3人。全員転移者だ。


 俺に声をかけてきた男は「須藤」と名乗った。


 中性的な顔立ちに長髪。いかにも「陽キャ」って感じの見た目だ。


 ひょっとすると、大学生くらいなのかもしれない。


 聞けば転移者と3人でパーティを組んで依頼をやっているのだとか。


 それを聞いて疑問が浮かぶ。


 召喚された人間はこの国を救うために尽力してもらうと聖女シルビア様は言っていた。なのに、なぜ冒険者をやっているんだ?



「冒険者になってモンスターを倒すのも、この国のためになる立派な仕事だろう?」



 須藤は爽やかな笑顔で言う。


 そんなクサイことをサラッと言ってのけるなんて、きっと女にモテてたんだろうな。


 いや、もしかするとこの世界でもモテてるのかも。



「それで、俺に何か?」

「キミのスキルを借りたい」

「俺のスキル? 俺が何のスキルを持ってるのか知ってるのか?」

「もちろんさ。と言っても、キミのことを知ったのは最近だけどね」

「……へぇ」



 ギルドの常連冒険者が噂していたのだろう。

 まぁ、十中八九、悪評のほうだろうけどな。


 しかし、俺の使えない【解析】スキルのことを知った上で誘ってくるなんて、一体どういう了見だ?



「実はあまり知られていないウマい狩り場を見つけてね。安全に魔晶石を大量に得られるんだ」

「魔晶石?」

「そう。それも中サイズの魔晶石だ」



 驚いた。

 中サイズの魔晶石にもなれば、買取金額は2000ライムほどになる。


 それが安全かつ大量に得られるなんて──超穴場じゃないか。



「他の冒険者に情報が行く前に、キミの力を借りて手っ取り早く狩りつくそうと思ってさ。キミのスキルはモンスターの弱点を調べることができるんだろう?」

「ああ、可能だ」

「素晴らしい」



 須藤は満足そうに頬をほころばせる。



「キミの噂を耳にできて本当に良かったよ。このギルドではキミのことを『落ちこぼれ転移者』なんて言う人間がいるみたいだけど、僕から言わせればそういうヤツらこそ能無しだね。キミの価値を理解していない」



 なんだかむず痒くなってしまった。

 そんなふうに言われるのは初めての経験だ。


 しかし、たしかに須藤が言う通り、俺のスキルはパーティでこそ活きるのかもしれないな。

 

 そういうことなら、喜んで協力したい。

 ──まぁ、中サイズの魔晶石を大量に得ることが、この国のためになるかどうかは少々疑問だが。



「俺の取り分は?」

「へぇ、驚いたな。ほそぼそと薬草採取ばかりしているって聞いてたけど、そういう所はしっかりしてるんだね。もしかして元社会人とか?」 

「そうだ」



 ま、ただの技術者だったけどな。



「キミの取り分は3割だ。交渉は受け付けないよ」

「いやいや、3割りももらえるなら十分だ」



 単純計算で、中サイズ魔晶石一個につき600ライムほどもらえることになる。


 それが大量に手に入るのなら、今回の稼ぎは数千ライムをくだらない。


 薬草採取で稼ごうと思ったら数百回は受けないといけない額だ。


 はっきりって、うますぎる。


 これが上手くいけば、また同じような依頼があるかもしれないし、須藤とは仲良くしておくのがいい。



「よし。じゃあ契約成立だね。よろしく入谷くん」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」



 須藤と握手を交わす。 


 そうして俺たちは、その穴場に向けてラムズデールの街を出発した。 

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