落ちこぼれ転移者、全てを奪うハッキングスキルで最強に成り上がる 〜最強ステータスも最強スキルも、触れただけで俺のものです〜

邑上主水

第1話 落ちこぼれ転移者

 

 足を踏み入れた森の中には、小気味の良い葉擦れが広がっていた。


 幾層にも重なった森の木々の間にわずかに出来た隙間からは、眩い陽射しが差し込んでいる。


 なんとも穏やかな雰囲気。


 きっとマイナスイオンが出まくっているんだろうな……なんて思いながら、俺は目的のものを探すことにした。



「……お、あったあった」 



 いきなり目的のモノと思わしき野草を発見した。


 可愛い白い花が咲いた薬草だ。


 根元から優しく引き抜き、スキルを発動させる。



「【解析】」


《スキル発動。対象のステータスを解析します》



 無機質な声が聞こえると同時に、目の前に小さなウインドウが現れた。


 半透明のガラスのような板には、文字が刻まれている。



―――――――――――――――――――

 名称:ブリスター・ハーブ

 スデーデン地方の森林地帯に多く生えている白色の薬草。乾燥させたものをすりつぶして飲めばHP回復効果がある。錬金術の材料としても使われている。

―――――――――――――――――――



「……よし。これだな」



 ウインドウを横にスワイプさせ、ステータス表示を消す。


 今日、冒険者ギルドから受けた依頼は「ブリスター・ハーブの採取」で、最低10個を納品すれば完了。


 10個を超えると、5個につき5ライムの追加報酬が支払われる。


 ライムというのはこの世界の通貨で、10ライムでパンがひとつ買える金額だ。日本円で言えば、100円くらい……か?


 100円でパンが買えるならかなり安い部類だが、ちょっとした豚肉料理が2000円くらいするので金銭感覚がバグってくる。


 だが、薬草を5つ集めるごとに追加報酬が出るのは非常にありがたい。


 そんな追加報酬がある依頼を狙って受けているのだが、あまり出されるものではないのがネックだ。


 一週間に一度受けられるかどうか、という感じ。


 なので、運良く発注されていた今回は稼ぎ時。


 できれば長時間森に籠もって採取していたいのだけれど、生憎そうもいかない。

 あまり長い時間滞在していると、危険なモンスターに遭遇する確率も増えてくる。


 事前に調べた情報によると、この森で出るモンスターは「フォレストラット」や「ゴブリン」……それに「トレント」。


 どのモンスターもありふれた低級のモンスターだが、俺にとっては非常に危険な存在だ。


 俺は自分の体に触れて【解析】スキルを発動させる。

 


―――――――――――――――――――

 名前:イリヤ・マスミ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:28

 レベル:3

 HP:30/30

 MP:3/3

 SP:8/10

 筋力:5

 知力:2

 俊敏力:7

 持久力:9

 スキル:【解析】

 状態:普通

―――――――――――――――――――



 これが俺のステータス。


 この森に住むモンスターと正面切って戦うためには、レベルが8は必要と言われている。


 なので、低レベルの俺はなるべく遭遇しないように警戒しながらコソコソと薬草採取するしかないというわけだ。


 SPが減っているのは【解析】スキルを使ったからだ。


 この【解析】は俺が覚えている唯一のスキルで、SPを1消費する代わりに、触れた対象の情報を見ることができるというもの。


 ちなみに、自分のステータス値は【解析】スキルを使わずとも、冒険者ギルドに登録した際に発行される「冒険者証」で確認できる。


 つまり、あまり意味がない。


 モンスターと戦うのであれば相手のステータスを確認して戦略を練られるのだろうが、低レベルゆえに薬草の確認くらいにしか使えないのだ。



「しかし、いい加減ゴブリンくらいは倒せるようになりたいんだがな……」



 改めて自分のステータスを見て、ため息が出てしまった。 


 冒険者をはじめてもうすぐ2ヶ月になるのに、未だに低レベルなのは戦闘に使えるスキルを持ち合わせていないからだ。


 聞いた話だと【爆弾化】という、触れた物体を爆弾に変えるなんて凶悪なスキルもあるらしい。


 そういうスキルがあれば低レベルでもモンスターと互角以上に戦うことができるのだろうが、俺の【解析】スキルではどうやっても無理だ。


 相手の力量がわかったところで、戦える力を持ち合わせていないのだから。


 というか、【解析】スキルしか使えないんだったら、アイテム鑑定士でもやってろって話なのだが──俺には冒険者をやめられない事情があった。



「……しかし、もう2ヶ月になるのか」



 ふと、この2ヶ月の間に起きたことに思いを馳せる。


 誇張抜きで、怒涛のような日々だった。


 突然、城に呼び出されて「救世の英雄」だなんだと褒め称えられたが、俺が【解析】スキルしか持っていない落ちこぼれだとわかった瞬間、冷たく放逐されてしまった。


 血も涙もないとは、まさにこのことだろう。


 右も左もわからないこの「異世界」に、身一つで捨てられたのだから。



「実年齢は28だけど、生まれて2ヶ月みたいなもんだからな」



 この世界のことはわからないことだらけ。


 俺が拠点にしている「ラムズデール」という街のことすらもわかっていない。


 そう。俺こと入谷いりや真澄ますみは──2ヶ月前にこの世界に召喚された、いわゆる「転移者」なのだ。



***



 平たく言えば、異世界召喚というやつだ。


 基幹業務システム開発業務──つまり、SEの仕事をやっていた俺は、いつものように終電間際まで残業していたわけだが、ふと気がついたら冷たく硬い床の上に寝っ転がっていた。


 そこが城の中というのは、雰囲気でわかった。


 地面に書かれた巨大な魔法陣のような幾何学模様の上には、俺の他に10人ほどの日本人が一様にぽかんした顔で立っていた。


 スーツや作業着を着ている人。


 中には白衣を着た医者らしき男性や、学生服を着た女の子もいた。


 やがて、美しい赤いドレスを着た「聖女シルビア」と名乗る女性がやってきて、事情を説明してくれた。


 彼女が「英傑召喚の儀」なる儀式で、俺たちをこの世界に召喚したらしい。


 今回の儀式で召喚したのは俺を含めて13人。


 なんでも、隣国との関係が悪化していて近いうちに戦争が起きる可能性が高いため、「能力」を使って国を救って欲しいのだとか。


 その能力というのが、スキルのことだ。


 スキルは転移者とモンスターだけが持つ特殊能力で、現地人は所持していないのだという。故に、こうして国難に逢うたび、強力なスキルを持つ転移者を召喚して国を救ってもらったらしい。


 半ば拉致みたいな方法で呼びつけた別の世界の住人に国を救ってもらおうなんて、滅茶苦茶やばい計画だな……とは思ったけど、あれこれと突っ込むのはやめた。


 正直なところ、その話に心踊っていたからだ。


 こちらの意思の確認もなしに召喚するのはいかがなものかとは思う。


 だが、この異世界に召喚されたということは、もう会社に行かなくてもいいということにほかならないのだ。


 何日も会社に泊まって他人が書いたプログラムのバグ潰しをしたりしなくていいし、責任逃れしか考えていない上司に失敗を擦り付けられる必要もない。


 まぁ、突然俺がいなくなって慌てふためいている彼らの姿を拝めないのは少々残念だが、俺の失踪を悲しむ人間はいない。


 両親はすでに他界しているし、自宅マンションと会社を往復するだけの人生だった俺には恋人もいなければ友人もいない。


 これはある意味、渡りに船だ。


 それに、異世界召喚なんてラノベや漫画みたいだし。

 男子たるもの一度はそういうものに憧れるものじゃない? 


 ──だが、俺の異世界転移はそんなに甘いものではなかった。



「……え? 【解析】スキル?」



 静寂に包まれた城の中に、聖女シルビアの声が響く。



「それはどういう能力なのですか? 神官?」

「わ、私も初めてみるタイプの能力なのですが、どうやら『触れた対象の情報を読み取ることができる』という力らしいです」

「……情報」



 涼しい顔をしていた聖女シルビア様の顔に、わかりやすく動揺の色が広がる。



「じ、情報を読み解いて、それからどうなるのです?」

「いえ、特にこれといって何も……」

「……」



 推測するに、他人の情報を見るというのはあまり珍しいものではないのだと思う。


 だって現に、彼らはこうして俺のスキルを見ているわけだし。


 聖女シルビア様は「そうですか」と言ったっきり、俺とは目を合わせようとすらせず、他の転移者と一緒に部屋から出ていってしまった。


 ひとり部屋に残された俺の頭に「え? もしかして日本に帰されるの?」と落胆と期待が入り混じった複雑な感情が去来したのは言うまでもない。


 やがて聖女シルビア様たちと入れ替わるようにやってきたのは、ハゲ頭のオッサン。

 や、俺もオッサンなんだけどさ。 

 

 そんな彼に連れていかれたのは、城下町の「冒険者ギルド」だった。


 冒険者というのはモンスター退治のような危険な依頼をこなして報酬をもらう、いわば「傭兵」のような職業らしい。


 はっきり言って、そんな危ない仕事なんてやりたくなかったが、強制的に冒険者ギルドに登録させられてしまった。


 これは後でわかったのだが、転移者は冒険者以外への転職は認められていないらしい。


 なんでも現代知識で無双した転移者がいて、大量の失業者を生んでしまったのだとか。

 その経験から、不要になった転移者には危険なモンスター退治をしてもらい、あわよくば命を落としてもらおう……という寸法なのだ。


 だからといって「はいそうですか」と簡単にくたばるわけにはいかないが。


 ゴミスキルを与えられたとはいえ、せっかく異世界に召喚されたのだ。

 当初の予定とは少し変わってしまったが、悠々自適な異世界生活を送らせていただきたい。


 故に俺はこの2ヶ月間、悠々自適な生活を送るための金を貯めるために、危険とは程遠い採取系の依頼に精を出しているというわけだ。



「……む?」



 ブリスター・ハーブを探して森の中を歩いていると、キラキラと輝く青白い宝石のようなものが落ちているのに気づく。


 あれは、モンスターを倒したときに出てくる「魔晶石」というアイテムだ。


 魔晶石は魔力が凝縮された結晶で、様々な用途に使われている。


 モンスターの討伐依頼を受けたときは討伐の証拠になるし、そうでなくてもギルドが買い取ってくれる。


 ちなみに魔晶石はモンスターの強さによってサイズが変わり、「超極小」から「超極大」まで7種類ある。


 落ちているのは、一番下の超極小サイズ。


 買い取り金額は微々たるものだし、誰かがモンスターを狩って放置したのだろう。


 まぁ、一般冒険者にとっては微々たる金額でも、俺にとっては大金なのだが。


 ありがたく頂戴していくことにしよう。


 一応、リュックにしまう前に【解析】を使って情報を得る。



―――――――――――――――――――

 名称:ゴブリンの超極小魔晶石

 スキル:【体力強化(微)】【投石Ⅰ】

 備考:なし

―――――――――――――――――――



「……フム。やはりただのゴブリンだな」



 特筆すべき情報は何もない、か。


 魔晶石を【解析】すると結晶化前のモンスターが所持していたスキルを見ることができるのだが、このふたつのスキルは大抵のゴブリンが持っている。


 しかし、最弱モンスターでも俺より強そうなスキルを持っているのを見ると、少し悲しくなるな。


 このスキル、どうにかして手に入れたりできないんだろうか。


 物は試しだと魔晶石を食べてみたことがあるが、腹を壊してしまっただけだった。



「……よし。そろそろ街に戻るか」



 ブリスター・ハーブは手に入れたし超極小サイズの魔晶石も手に入った。


 うん。成果としては上々だろう。

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