第3話 覚醒

 目的の場所へ向かう道中で、須藤は簡単にパーティメンバーを紹介してくれた。


 背が小さく、常にどこか怯えたような顔をしている男は「林田」。背が高くて肉付きの良い角刈りの男は「柳瀬やなせ」と言った。


 だが、紹介された彼らは俺と仲良くする気など無いようで、軽く挨拶を交わしただけでそれ以上は口を開こうとはしなかった。


「無口なヤツらで悪いね」と須藤は笑っていたけれど、彼らの沈黙の中に少しだけ敵意のようなものを感じたので、あまり干渉しないことにした。


 そして、街を出て歩くこと30分ほど。


 たどり着いたのは、森の中で朽ち果てかけている廃屋だった。


 多分、どこかの錬金術師が使っていたものだろう。


 ポーションや薬を生成する錬金術師は、こういった場所に小屋を建てて薬草を採取しながら錬金をすることがあると聞いたことがある。


 でも、だいぶ長い間使われていなさそうだ。


 これなら誰にも見つかることなく狩りができるだろう。


 そう思ったのだが──。



「……ん?」



 廃屋の中から男がひとり出てきた。


 革鎧に身を包み、大きなリュックを背負っている。


 さらに、似たような格好の男女が数人。


 どうやら、すでに別の冒険者パーティに見つけられてしまっていたようだ。



「おやおや。一足遅かったようだな、転移者様?」



 冒険者のひとりが、ニヤケ顔で話しかけてきた。



「この狩り場はもう俺等が狩り尽くしたぜ」

「ざんね~ん。もう少し早かったら横取りできてたかもね」

「探せば1匹くらい残ってるかもな。頑張って地べた這いつくばって探せよ転移者様」



 ケラケラと笑う冒険者たち。


 そんな彼らのリュックに大量の魔晶石が輝いているのが見えた。


 量にして、百は下らないだろう。 


 先に到着していればと思うが、これは完全に無駄骨だったか。 


 狩り尽くされているのであれば、このままここにいても意味はない。

 街に戻ったほうが無難か。


 そう思って須藤に声をかけようとしたのだが──。



「……おい須藤、何をやってる?」



 目を疑ってしまった。

 廃屋の中に戻ろうとしている冒険者たちに向けて、須藤が剣を抜いたのだ。


 まさかと思った次の瞬間、須藤が背中から冒険者の男を斬りつけた。



「……ギャッ!?」



 何かのスキルを使ったのか、切り口が激しく燃え上がり、またたく間に男は炎に包まれ絶命した。



「あ、あんた何を──うっ!」



 女性冒険者が剣を抜こうとしたが、次の瞬間、彼女の胸から剣が突き出てくる。


 林田が背後から彼女を刺したのだ。


 もうひとりの冒険者も、柳瀬が斬りつけていた。



「お、お前ら、何をやってるんだ!?」

「何って……見ての通りだけど? 能無しの現地冒険者どもが、転移者の僕に偉そうにするからさ」

「だからってお前……同業者殺しは重罪だぞ!?」



 現代ほど厳格ではないが、この世界にも決められた法律はある。


 大抵は倫理観に基づく普遍的な内容だが、中でも冒険者の同業者殺しはただの殺人以上の重い刑が課せられる。


 問答無用の絞首刑。

 さらに火炙りや張り付けのような拷問じみた内容で処刑されることもある。


 同業者殺しに重い刑が課せられているのは、秩序を守るためだ。


 冒険者には一般常識を持たないごろつきが多い。

 なので、そういうルールで縛っておかないと、あっという間にシステムが崩壊してしまうのだ。



「大丈夫だよ」



 だが、須藤はにこやかに続ける。



「僕たち以外、誰も見ちゃいない。目撃者がいなかったら、どんな犯罪もやってないのと同じだ」

「……」



 いやいや、そういう問題じゃないだろ。


 見てなければ何してもいいって、子供じゃあるまいし。

 転移前からそうとうヤバいことしてたんじゃないか、お前。



「というか、何をぼーっとしてるんだい入谷くん。キミもさっさとあそこに転がってる男に止めを刺してきなよ」



 須藤が顎で指した先に、柳瀬が斬りつけた男が倒れていた。


 だが、まだ命はあるようで、うつ伏せになったまま必死に逃げようとしている。



「俺は犯罪行為には加担しない」

「あ、そ。ご立派な信念だね」 



 須藤はため息を漏らすと、瀕死の男の傍に行って背中に剣を突き立てた。


 男の絶命した声が聞こえ、森の中に静寂が戻る。



「まったく……使えないヤツだなぁ」



 こちらを振り向いた須藤は、変わらない温和な表情をしていた。



「手を汚したくないんなら、そこら変に散らばってる魔晶石を集めてくれないかな? 報酬が欲しかったら相応の仕事はしてよね?」



 どうやら冒険者たちを襲ったとき、彼らのリュックから魔晶石が散らばったらしい。


 こいつ……同業者殺しだけじゃなく荷物まで奪うつもりかよ。

 まるで盗賊じゃないか。


 こんな所を見られたら、問答無用で磔刑だろう。


 須藤たちに関わると、俺の命も危ない。


 そう考えた俺は、踵を返して逃げようと思ったのだが──。



「全員、その場から動くな」



 辺りに響いたのは見知らぬ男の声。


 黒髪に黒い制服を着た若い男が森の中から現れる。俺たちと同じ、転移者だ。


 心臓が飛び出しそうなくらいに驚いてしまったのは、須藤たちとは別の転移者に会えたから──というわけではない。


 この黒服が何者なのか、知らない人間はいない。


 公安隊ジャッジ──。


 この世界の警察にして、ラムズデールに住むの人々に畏怖されている存在だ。


 彼らが恐れられているのは、その権利の幅広さゆえだ。


 彼らに捕まれば尋問、投獄は当然のことながら、気分ひとつで処刑されてしまう。ジャッジはいわば、裁判官と死刑執行人が合わさったような超危険な連中なのだ。


 だが、と現れたジャッジを見て思う。


 なぜラムズデールから遠く離れたこんな所にジャッジが現れたんだ?

 まさか、後を付けられていた?



「こりゃひでぇな。全員死んでるじゃねぇか。うわ、良い女まで。もったいねぇ」



 ジャッジの男が死体を見て回る。


 俺はこちらに戻ってきた須藤に、そっと耳打ちする。



「お、おい、須藤。どうするんだ? このままだと俺たち──」

「悪いね入谷くん」 

「……え?」



 瞬間、須藤が俺の腕をひねり上げ、ジャッジの傍に俺を蹴り飛ばした。



「そいつがやったんです。僕たちが来た時には、すでに死んでいました」

「なっ……」



 頭が真っ白になった。


 ジャッジが須藤たちに尋ねる。



「こいつがやったのか?」 

「その通りですよジャッジ。なぁ、みんな?」

「ぼ、僕たちは通りかかっただけなのでよくわからないですけど……その人が殺ったんだと思います」

「悲鳴が聞こえたんで駆けつけたんですよ。そしたらこの状況で。そいつが殺ったに違いないです」



 林田と柳瀬が須藤に続く。



「ふ、ふざけるな! お前ら俺に罪をなすりつけるつもりか!? 俺は何もやってない! 彼らを殺したのはあいつらだ!」



 ジャッジに懇願するように説明したが、彼はニヤケ顔でこちらを見ているだけで動こうとはしない。


 その姿を見て、引っ掛かりを覚えた。


 何かがおかしい。

 まさかこのジャッジ──。



「……お前、須藤と知り合いなのか?」

「あら? またバレちゃった?」



 素っ頓狂な声を上げたのは須藤だ。


 ジャッジの男が深い溜息をつく。



「……ったく、俺等の関係がバレるの何度目だよ、須藤。もっと上手くやれっていつも言ってんだろ?」

「いやいや、バレたのはキミの演技力の問題だと思うよ、當間とうま。もっとこう、熱の入った芝居をしないと。本当に元劇団員なのかい?」

「うるせぇ。昔の話はすんな。牢屋にぶちこむぞ」

「おお、こわ」



 須藤がおどけて見せる。


 一体何なんだこいつら。


 というか、この状況は何だ。


 須藤の知り合いのジャッジが偶然現れた……というわけではないだろう。


 ということは──ハメられた?



「須藤……お前、最初からこれが目的だったのか?」

「え? そうだけど?」



 至極当然のことのように、あっけらかんと須藤が続ける。



「こんなふうに僕が冒険者を闇討ちして魔晶石を横取りする。そこにやってきた當間にキミみたいな臨時で雇った冒険者を犯人として差し出すんだ。実に簡単で無駄なく稼げる良い作戦だろ?」



 やっぱりか。

 必要だったのは俺のスキルじゃなく、罪を被ってくれる「はぐれ冒険者」だったってわけか。


 なのに俺は疑いもせずについて来てしまった。


 ああ、ちくしょう。

 俺の大馬鹿野郎。


 旨い話には裏があるのが普通だろう。

 こんな殺伐とした世界では、なおさらだ。


 須藤は手っ取り早く金を稼げて、當間も公安隊の中で評価を得られる。


 確かに簡単で無駄なく稼げる作戦。


 ──こうやって、俺に事実を教えていること以外は。



「そんなベラベラと喋ってていいのか? 俺がこのことを暴露すれば、困るのはあんたたちだぞ?」

「暴露するだって?」



 キョトンとした顔をする須藤。



「ふふ……入谷くん。僕たちは何度も似たようなことをやってきたけど、このことが一度も明るみになっていないのはどうしてだと思う?」

「……え?」



 瞬間、背中に激痛が走った。



「ぐっ……!?」



 その痛みに耐えきれず、地面に膝をついてしまう。


 振り向いた俺の目に映ったのは、剣を抜いたジャッジ當間の姿。



「良いかオッサン。この世界は日本と違って、弱者は強者の養分になって死ぬのが運命なんだよ。強者は俺等。弱者は……あんただ」

「死人に口無しって言うでしょ? 入谷くん」



 ニヤケ顔で須藤が続く。


 林田と柳瀬を見るが、彼らは無表情のまま俺を見ていた。


 ここに俺の味方はいない。

 當間が言うように、彼らの養分になって死ぬしか無い……のか?



「く、くそっ!」



 俺は手にしていた魔晶石を當間に投げつけ、逃げ出した。


 背中の激痛で気を失いそうになったが、必死にこらえる。


 怪我をしたときのために回復ポーションは携帯しているが、使っている暇がない。彼らに捕まったら終わりだ。


 ここで殺されるか、同業者殺しの犯人として絞首刑になるか。


「うっ……くっ!?」


 よろめく足で必死に走っていた俺だったが、ついに足がもつれて倒れてしまう。


 早く立て。


 もっと遠くに逃げないと。



「もう諦めな」



 薄暗い林の中に、男の声が浮かぶ。



「俺の【追跡】スキルからは逃げられねぇよ」



 現れたのはジャッジ當間。


 戦慄が走る。


 何だよ【追跡】スキルって。

 そんなズルいスキルを持ってるなんて、聞いてないぞ。


 俺は腰から剣を抜き、最後の力を振り絞って立ち上がる。



「……こ、こんなところで死んでたまるかよっ!」



 そして、近づいてくる當間に襲いかかったが──俺の攻撃は簡単にいなされ、地面に押し倒されてしまった。


 馬乗りになった當間が、俺の首を絞め上げる。



「う、ぐっ……」

「悪いなオッサン。恨むなら須藤に目をつけられた自分の運の悪さを恨めよ」



 俺の首を締める力が次第に強まってくる。


 視界がかすれ、意識がぼんやりとしてきた。


 このまま死んでしまうのか──。


 と、そのときだ。


 俺の耳に、スキル発動時にアナウンスする、あの無機質な声が聞こえた。



《告知。死に瀕したことで、スキル【解析】が覚醒しました》

《新たなスキルを習得しました》

《覚醒により、スキル【解析】の消費SPが0になりました》



 その声に続くように、目の前にウインドウが浮かび上がる。


 俺が【解析】したときに見える、あのウインドウだ。



―――――――――――――――――――

 スキル:【解析】

―――――――――――――――――――



 見慣れた俺のスキル。


 その文字にノイズが走り、下に新たな文字が浮かび上がった。



―――――――――――――――――――

 スキル:【解析】【不正侵入ハッキング

―――――――――――――――――――



 なんだこれは。


 覚醒? ハッキング?

 一体何が起こった?


 だが──これはチャンスかもしれない。


 どういう効果があるのかはわからないが、生き残るには、これに賭けるしかない。


 俺は藁にもすがる思いで、すぐさまそのスキルを発動させた。

 

 

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