第4話 能力奪取

 ハッキングスキルを発動させた瞬間、目の前に【解析】スキルを使ったときと同じステータスウインドウが表示された。 


 當間が俺の首を絞めているせいで「対象に触れている」状態になり、スキルが発動できたのだろう。



―――――――――――――――――――

 名前:トーマ・マモル

 種族:人間

 性別:男

 年齢:18

 レベル:10

 HP:190/190

 MP:65/65

 SP:44/60

 筋力:12

 知力:9

 俊敏力:12

 持久力:11

 スキル:【追跡】【痛撃】

 容姿:トーマ・マモル 

 状態:普通

―――――――――――――――――――



 いつもと変わらない、何の変哲もないステータス画面。


 ──と思ったが、以前とは明確に違う部分があった。


 「容姿」という項目が増え、以前はグレーアウトしていた数値やスキル名が、まるで操作出来ますと言いたげに選択できるようアクティブになっていたのだ。



《【不正侵入】スキルで対象の能力の奪取・コピー・改ざんが可能になりました》 



 奪取? コピー?


 まさかと思った俺は、當間のステータスの筋力と【痛撃】スキルを自分のウインドウにスライドさせる。



「……ん?」



 変化はすぐに起きた。


 俺の首を絞める當間の力が急激に弱まったのだ。



「な、何だ!? 急に力が入らなくなった……!?」



 困惑する當間。


 その隙を突いて、俺の体に覆いかぶさっていた當間を蹴り飛ばす。


 以前の俺の筋力では、人間の体を蹴り飛ばしたところでよろめく程度だったが、俺に蹴り飛ばされた當間は数メートル先に吹っ飛んでいった。



「こ、これは……」



 明らかに筋力が強化されている。


 自分のステータスを見て確認したかったが、生憎そんな暇はなかった。



「……テメェッ!」



 起き上がった當間が、剣を抜いてこちらに向かってくる。



「無駄なあがきはやめろって言ってんだろ!? 大人しくしときゃ、苦しまずに死ねたのによぉ!」



 當間の口元が、歪に釣り上がる。



「俺にはもうひとつスキルがあるんだよ。それを使って、抵抗したことを後悔させてやる」

「もしかして【痛撃】スキルのことか?」

「……っ!?」



 ぎょっとした表情をする當間。


 やっぱりか。聞いたことのないスキルだったからついでに奪っておいたけど、正解だったかもしれないな。



「きっ、気味の悪い野郎だ! お望みなら【痛撃】ですぐに殺してやる! そこを動くなよっ!」



 當間がこちらに向かって走り出す。


 咄嗟に剣を構える俺。


 次の瞬間、振り下ろされた當間の剣が、俺の剣とかち合う。



「バカが! そんななまくらの剣で俺の【痛撃】を防げるわけ……んなっ!?」



 當間の顔が驚嘆の色に染まる。


 多分、剣ごと俺をぶった斬るつもりだったのだろう。


 だが、當間の剣は俺の剣を折るどころか、傷ひとつ付けられていなかった。



「なんでだ!? なんで【痛撃】が発動しねぇ!?」

「……【痛撃】」



 俺はすかさず當間から奪っているはずの【痛撃】スキルを発動させる。



《スキル発動。次の攻撃が防御力の70パーセントを無視します》



 なんだこりゃ。


 防御力無視?


 そりゃあ自信満々に突っ込んでくるはずだ。

 もし當間にこれを使われていたら──確実に死んでいた。


 當間の剣を押し返そうとした瞬間、彼の剣がバターのように切れてしまった。


 スキル【痛撃】のおかげだろう。


 剣を折られた當間が、体勢を崩す。

 その隙を突いて、腹部に剣を突き刺した。



「……うぐっ!?」



 當間の顔が驚愕の色に染まる。



「て、てめぇ……なんで……俺の【痛撃】……スキルを……」



 俺を睨みつけながら、膝から崩れ落ちる當間。


 周囲に静寂が戻り、俺の荒い息遣いだけが薄暗い林に響く。


 自分でもわかるくらい、鼓動が激しい。


 ──危なかった。


 できれば殺したくはなかったが……やらなきゃこっちがやられていた。



「落ち着け……大丈夫だ。大丈夫」



 俺は恐怖で震える手を抑えつけ、息を整える。


 そして【解析】を発動させた。



―――――――――――――――――――

 名前:イリヤ・マスミ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:28

 レベル:3

 HP:30/30

 MP:3/3

 SP:2/10

 筋力:12

 知力:2

 俊敏力:7

 持久力:9

 スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】

 容姿:イリヤ・マスミ

 状態:普通

―――――――――――――――――――



「……き、筋力とスキルが増えてる」



 確か當間の筋力は12だったはず。


 となると、俺の元の筋力数値は──。


 動かなくなった當間に【解析】スキルを使う。



―――――――――――――――――――

 筋力:5

 スキル:【追跡】

―――――――――――――――――――



 ……やっぱりだ。


 當間の筋力は以前の俺の数値になっているし、スキルからは【痛撃】が消えている。


 ハッキングスキルで當間から筋力とスキルを奪った……と考えていいだろう。


 なるほど。不正侵入ってそういうことか。


 つまり【解析】スキルが覚醒して、相手のステータスに侵入して能力を奪うことができるスキルを覚えた。


 それって──控えめに言って、チートすぎるスキルでは?



「當間!?」



 男の声が薄暗い林の中に響いた。


 須藤だ。


 くそっ。當間の後を追いかけてきたのか。



「やってくれたな、このゴミ野郎……っ!」



 須藤が即座に剣を抜く。


 連続での戦闘は正直キツい。


 しかも相手は3人──だと思ったけれど、他の仲間たちの姿がない。



「林田と柳瀬は?」

「何だ? この状況で他人の心配か? ずいぶんと余裕があるじゃないか」



 須藤はうっすらと微笑みを携えながら、続ける。



「向こうで死んでるよ」

「……何だって?」

「彼らもキミと同じ臨時で雇った冒険者でね。キミが逃げてから『やっぱりこういうのは良くない』とか言い出してさ。まったく……どいつもこいつも使えない連中だ」



 寒気がした。


 罪悪感のかけらもなく他人を手に掛けるなんて……こいつ本当に現代人か? 



「何だ? 少なからず自分のせいで命を落とすことになって、心が痛むのかい?」

「いや、全く。むしろ追手が少なくなって助かる」



 多少哀れに思うが、同情はしない。


 あいつらも俺に罪を擦り付けてきたんだからな。



「というか、他人より自分の身を心配したほうがいいんじゃないかい? 言っとくけど、僕は當間より強いよ?」



 自信満々に言い放つ須藤。


 俺の脳裏に、先程冒険者を火だるまにしたスキルが過ぎる。

 確かにあれを食らったらひとたまりもない。

 

 となれば、先手必勝。


 すかさず當間から奪った【痛撃】スキルを発動させようとするが──。



《SPが足りません》

「……っ!?」



 しまった。【解析】に【不正侵入】、それに【痛撃】を使ったせいでSPが尽きてしまったんだ。


 【解析】スキルしか使っていないから油断していた。


 咄嗟に須藤から距離を置こうとしたが、一気に距離を詰めてくる。



「逃さないよ!」


 

 咄嗟に身構えたが、須藤は剣を俺の足元へ振り下ろした。


 攻撃を失敗した?


 これは好機だとその隙に離れようとしたが──どういうことか右足の自由が利かなくなり、転倒してしまった。



「な、何だ!? あ、足が……」



 右足を見ると、氷漬けになっていた。


 何だこれは。


 まさか、これも須藤のスキルなのか!? 



「あははっ! 残念だったね、入谷くん!」



 須藤が動けなくなった俺に馬乗りになってくる。

 なんとか逃れようと暴れるが、氷漬けにされた足が動かない。



「まぁ落ち着けって。キミを殺しはしないよ。だって、もうすぐここに當間とは別のジャッジたちが来るからね。彼らに引き渡して終わりさ」

「……っ!? 何だと!?」

「何だいその顔は? この僕が不測の事態に備えていないとでも思っていたのかい? どうあがいても、キミは同業者殺しの犯人としてジャッジに捕まる運命なのさ。それに……」



 倒れている當間をチラリと見て、須藤が続ける。



「どうやらジャッジ殺しの罪も追加されたみたいだしね。キミは間違いなく絞首刑だよ」

「……くっ」



 足を必死に動かそうとするが、完全に氷漬けにされていて全く動かない。


 少しづつ溶けてきているようだが、相当な時間がかかる。


 マズい。このままだと、ジャッジが来てしまう。


 どうにかして状況を切り抜ける方法はないか。


 馬乗りになっている須藤をどうにかしないといけないが、俺のSPの残量は2しかない。


 こいつを無力化するための【痛撃】は使えない。


 使えるのは、SP消費がゼロになった【解析】と、【不正侵入】スキルだけ。

 馬乗りになってくれているから、発動はできるが──。



―――――――――――――――――――

 名前:スドウ・ケンタロウ

 種族:人間

 年齢:18

 レベル:13

 HP:220/220

 MP:70/70

 SP:35/50

 筋力:12

 知力:14

 俊敏力:19

 持久力:10

 スキル:【剣技・焔】【剣技・氷結】【俊敏力強化(小)】【毒耐性(小)】

 容姿:スドウ・ケンタロウ

 状態:普通

―――――――――――――――――――



 この【剣技・氷結】というのが、俺の足を氷漬けにしたスキルだろう。


 これを奪えばなんとかなるか?


 そう思って、當間のときのように文字をスライドさせようとしたが、文字の上に鍵マークが出てきて動かなかった。


 よく見ると、文字がグレーアウトしている。



《SPが足りません》



 くそっ。


 能力を奪うにはSPが足りないというわけか。


 ──だったら、能力以外はどうだ。


 能力を奪う際、相手の数値と俺の数値が入れ替わる。

 とするなら、「容姿」を奪取したらどうなる?



「……な」



 容姿の部分をスライドさせ、俺のステータスに移動させた瞬間、異変が起きた。



「なな、なんだこれはっ!? ど、どうしてキミが……僕の顔に!?」



 その異変は一目でわかった。


 須藤の顔が俺の顔になっていたからだ。


 やはりか。


 姿を入れ替えれば、顔が入れ替わる。


 いや、姿だけじゃない。声も入れ変わっている。


 いいぞ。これで危機は切り抜けられるかもしれない。



「その男から離れろ、イリヤ・マスミ!」



 怒鳴り声が響いた。


 視線を送ると、黒い制服を着た男たちが立っていた。


 黒い制服に黒い髪──。


 どうやらジャッジが到着したようだ。



「聞こえないのかイリヤ・マスミ! ここで処刑してもいいんだぞ!? その男から離れろ!」

「……っ!? ぼ、僕のことか!? ま、待て! ぼ、ぼぼ、僕は違う!」



 俺の姿になっている須藤は慌てて立ち上がると、こちらに指をさす。



「ど、同業者殺しの犯人は、その男だ!」

「犯人は転移者のイリヤ・マスミだと聞いている。お前の名前だ」



 ジャッジが片眼鏡のようなものを付けて須藤を見ている。


 多分、この世界に召喚されたときにスキル鑑定に使っていた対象のステータスを見る魔導具だろう。


 姿と名前が俺になっている以上、言い逃れは通用しない。



「あ、う……」



 須藤は愕然とした表情でうろたえる。



「ど、どうやったか知らないが、その男に名前を入れ替えられたんだ! 僕は入谷じゃない! 僕の名前はすど──」



 そのときだ。


 ジャッジの手のひらから黒い布のようなものが伸び、須藤の体をがんじがらめにした。



「……っ!?」



 まるでミイラのように布で拘束された須藤は声すら上げられなくなり、その場に倒れた。


 何かしらのスキルだろう。


 【追跡】スキルを持っていた當間といい、ジャッジには逮捕に役立つスキル持ちが多いのかもしれない。



「……おい」



 ジャッジのひとりが動かなくなった須藤を抱え上げ、こちらを見た。



「當間はどこだ?」

「え?」



 なんで俺に當間のことを聞くんだ……と思ったけど、すぐに理由がわかった。


 俺は今、須藤の姿になっているんだった。


 當間との絡みで、須藤の顔を知っていたのだろう。



「い、いや、わからないな」

「……そうか」



 それだけ言って、ジャッジたちは立ち去ろうとする。



「ちょ、ちょっと待ってくれ」



 不意に彼らを引き止めた。


 ジャッジたちが一斉にこちらを見る。



「……その男に、しっかり罰を与えてやってくれ」

「フン。言われるまでもない」



 ジャッジはこちらを一瞥すると、音もなく暗闇の中に消えていった。


 残されたのは痛いほどの沈黙と、まとわりつくような暗闇だけ。



「……た、助かった、のか?」



 そう口にした瞬間、両足から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。


 どうやら俺は──絶体絶命の危機を切り抜けることができたらしい。

  

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