第5話 冒険者再登録

 ラムズデールの宿に戻った俺は、泥のように眠った。


 犯罪者に仕立てられた上に命までも狙われ、精神が限界だったんだと思う。


 本当なら、覚醒した【不正侵入】スキルのことを色々と調べたかったんだけれど、これ以上活動するのは無理だった。


 そして、翌朝──。


 実に半日以上寝てしまった俺は、顔を洗うために宿の中庭にある井戸へと向かう。



「……しかし、昨日は散々な目にあったな」



 覚醒しきっていない頭で、昨日のことを思い返す。


 もしかしてあの出来事は夢だったんじゃないか? と思ったが──。



「うわっ!?」



 井戸から汲んだ水を見てびっくりしてしまった。


 水面に昨日、俺に同業者殺しの罪をなすりつけてきた須藤の顔が写っていたからだ。


 そうだ。


 昨日、須藤の顔と入れ替わったんだった。


 しかし、と水に写る自分の顔を見て思う。


 本当に他人の姿になれるなんて。

 ちょっと自分のステータスを確認してみるか。



―――――――――――――――――――

 名前:スドウ・ケンタロウ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:28

 レベル:3

 HP:30/30

 MP:3/3

 SP:10/10

 筋力:12

 知力:2

 俊敏力:7

 持久力:9

 スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】

 容姿:スドウ・ケンタロウ

 状態:普通

―――――――――――――――――――


 

 名前と容姿がスドウになっている。


 でも、年齢は元のままだ。

 それに体格も変わっていない気がする。


 容姿で変わるのは顔と声だけ……ってところか?


 ううむ。ここまでわかったことを整理してみようか。



 ・【解析】した相手のステータス値やスキルを奪うことができる。

 ・容姿を奪うと、姿が入れかわる。

 ・ステータス値やスキルを奪う際に一定数のSPが消費される。

 ・奪った能力値やスキルは永続的に自分のものにできる。

 ・【不正侵入】の覚醒に伴い、【解析】スキルの消費SPがゼロになった。

 


 他にも色々とありそうだけど、とりあえずはこんなところだな。


 というか、本当に能力やスキルを奪うことができたんだな。


 もしかして、【不正侵入】を使えば、モンスターのスキルやステータス値も奪うことができるんじゃないか?



「マジか……」



 なんだか嬉しくなってきた。


 このスキルを使えば受けられる依頼の幅も増える。


 相手が格上のモンスターでも能力を奪えば戦えるだろうし、経験値を稼いでレベルアップするよりも格段に強くなれるはず。



「……よし。早速ギルドに行くか」



 試しに一番ランクが低いモンスター討伐依頼を受けてみよう。


 ゴブリンくらいの相手なら、いざというときは逃げればいいし。


 そうして俺は、宿を出ると拠点にしている冒険者ギルド「フィアス・キャッツ」に向かった。


 俺が使っている宿からは、歩いて10分くらいの距離。


 いつもラムズデールの街の中心にある広場を通って行くるのだが、その広場通りかかったとき、人だかりが出来ているのが見えた。


 一体何だ──とは思わなかった。


 それは、ラムズデールの街の恒例行事のようなものだからだ。


 まぁ、非常に気分が悪くなる行事なのだが。


 広場の中心に組まれた絞首台にぶら下がっているいくつかの死体。

 公安隊が、逮捕した犯罪者を処刑したのだ。


 いわゆる見せしめのようなものだ。

 こうなりたくなければ犯罪に手を染めるな──と言いたいのだろうけど、何もやっていなくてもジャッジの気分ひとつで絞首台送りになるから、たちが悪い。


 国王より治安維持を任されているとはいえ、公安隊がやりたい放題にできているのは上流階級の支持者が多いからだ。


 特権を与えられている連中に「取り締まられない層」からの支持が多いのは、どの世界も同じってわけだ。


 ああ、嫌だ嫌だ。


 反吐が出そうな気分で絞首台の傍を通りかかった俺だったが、吊られている人間を見てぎょっとしてしまった。



「……えっ!? 俺!?」



 一番端に吊られている男は、俺と全く同じ顔をしていた。


 だが、すぐにそのことに気づく。


 あれは俺じゃなくて──須藤だ。


 ジャッジ當間の死体は見つかっていないはずだからジャッジ殺しの罪は問われていないはず。だが、同業者殺しだけでも重罪なのだ。


 吊られている須藤を見て、可哀想とは思わなかった。


 こいつは當間と共謀して、俺にしたようなことを何度もやってきたのだ。


 冤罪で絞首刑になった冒険者は片手じゃすまないだろう。

 あの世で彼らにしっかり彼らに謝罪して欲しい。



「名前と顔は返してもらうぞ」



 通り際に吊られた須藤の足に触れ、【不正侵入】スキルで容姿を奪取した。


 吊られた須藤が元の顔に戻る。

 多分、俺の顔も戻っているはずだ。


 須藤の顔のままだと、毎朝嫌な記憶が蘇ってしまうからな。


 それに、須藤の顔でイリヤの冒険者証を出してたら、受付嬢のミリネアもびっくりするだろうし──。



「……いや、ちょっと待てよ」



 処刑されたのは須藤ではなくイリヤということになっているはず。 


 となると、もしかして俺の冒険者ライセンスは剥奪されているのでは?



「ああ、クソっ、やっぱりか」



 腰のポーチから取り出した冒険者証がまっさらになっていた。


 ここには名前と冒険者階級、それに簡単なステータスが書かれていたはず。


 それが消えたということは、登録が抹消されたということだろう。


 マズいな。


 このままじゃ、冒険者の仕事を受けることができない。



「仕方ない。もう一回、登録し直すか」



 ここまでの実績が白紙に戻るが、ライセンスが剥奪された以上、別人として登録するしかない。


 だが問題は、イリヤの名前ではもう登録できないことだ。


 処刑されたはずの俺がギルドに現れたら、大騒ぎになってしまうだろうし。


 さて、どうするか。



「ハッキングなら情報の改ざんもできるか?」



 現実世界でハッキングと言ってまず思い浮かべるのが「情報の改ざん」だ。


 スキル覚醒したときも「改ざんができる」みたいなことを言ってた気がするし、【不正侵入】スキルで情報の変更が可能なんじゃないだろうか。


 よし。物は試しだ。


 いきなり自分の名前を改ざんして失敗してしまったらマズいので、ポーチに入れていた回復ポーションを取り出し、【解析】スキルを発動させてみる。

 


―――――――――――――――――――

 名称:回復ポーション(小)

 外形:ポーション

 効果:10HP回復

 錬金によって生み出された治癒薬。患部に塗って効果を発動させることができる。HP回復量は10。

―――――――――――――――――――



 おお。こっちも外形と効果という項目が増えているな。

 てことは、アイテムの見た目とか効果も変えられるということか。


 そっちも気になるけど、【不正侵入】スキルを発動させて名称部分を押してみた。


 だが、何も起きない。

 やり方が違うのかな?


 色々と文字を操作してみて、ダブルタップしてみたとき文字がフワッと浮かび上がった。



《改ざん機能が有効になりました。文字をイメージすると改ざんができます》



 なるほど。キーボードが出てくるのかと思ったけど、イメージするわけか。


 しかし、いちいち説明してくれるのはありがたいな。


 早速、「回復ポーション(小)」を「回復ポーション(大)」に変更してみた。



―――――――――――――――――――

 名称:回復ポーション(大)

 外形:ポーション

 効果:10HP回復

 錬金によって生み出された治癒薬。患部に塗って効果を発動させることができる。HP回復量は10。

―――――――――――――――――――



「……おお、いけるぞ」 



 本当に名前が変わった。


 効果まで変わるわけじゃなさそうだが、これなら自分の名前も改ざんできるかもしれないな。


 早速、自分の体に触れて【解析】スキルを発動させる。

 名前部分をダブルタップして改ざん機能を有効にさせようとしたのだが──。



《自身の情報を改ざんすることはできません》



 ロックがかかっていて情報を修正することができなかった。


 む? だめなのか?


 ああ、でも自分のステータスを改ざんできたら、簡単に「筋力999」とかできちゃうからな。流石にそこまでぶっ壊れスキルではなかったか。



「しかし、どうすればいいんだ?」



 自分の名前は改ざんできない。


 とするなら、誰かと名前を入れ替えるしかない?


 広場で吊られている須藤の名前を奪おうかと一瞬考えたが、やめた。

 あいつの名前はすでに冒険者に登録されている。


 なら、通行人の名前と入れ替えるのはどうだろう?



「……いや、それもだめだ」


 名前を入れ替えれば、通行人がイリヤの名前になる。


 冤罪だとはいえ、殺人犯として処刑された人間の名前になるだ。

 無関係の人に多大な迷惑がかかる可能性がある。


 そんなことはやりたくない。


 このスキルがあればどんな犯罪でもできるだろうが、だからこそ犯罪には使うわけにはいかない。


 交換するとするなら冒険者に登録しておらず、かつ、名前を入れ替えても問題がない人間。


 ……いや、そんなヤツ、いるか?


 死んでもいない限り、そんなのは──。



「いや、待てよ」



 俺の頭にひとりの人間が思い浮かぶ。



「ひとりいるじゃないか。名前を奪ってもなんら問題のないヤツが」



 もうこの世にはいない人間。


 ──ジャッジ當間。

 あいつの名前を奪って新人冒険者として登録しても、誰も困らないはず。 



「よし。ひとまず昨日の林に行くか」



 またあそこに戻るなんて、全く気が進まないが。 


 そうして俺はギルドに行く前に一旦街を出て、當間が眠る林へと向かった。

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