第18話 助ける理由

 どうやら店の2階は、獣人の子供の遊び場になっているらしい。


 なんでも、西地区に住んでいる獣人の子供を一時的に預かっているのだとか。


 現代でいれば未就学児を一時的に預かる「保育所」や「児童センター」みたいな感じだろうか。


 そんな店の2階の一室にベッドが置かれていて、獣人の女の子が眠っていた。


 ミリネアと同じく猫科の獣人だ。


 そっと額に手を当ててみたが、酷い熱が出ている。

 これは相当苦しそうだ。



「では、調べてみる」

「はい。おねがいします」



 早速、【解析】スキルを発動する。



―――――――――――――――――――

 名前:ウェリン・サラ

 種族:獣人

 性別:女

 年齢:8

 レベル:1

 HP:10/20

 MP:3/3

 SP:8/8

 筋力:9

 知力:3

 俊敏力:8

 持久力:10

 スキル:なし

 容姿:ウェリン・サラ 

 状態:ハイドラ敗血症 ヘドラ熱

―――――――――――――――――――


 

 獣人の子供のステータスを見るのは初めてだが、やはり基礎ステータスが高いな。

 まだ8歳なのに、俺の初期ステータスより高いし。


 ちょっとうらやましい。


 と、そんなことよりもだな。


 この【状態】に出ているのが、病名だろう。



「ハイドラ敗血症と、ヘドラ熱と書かれている。知ってるか?」

「獣人特有の病気だね」



 背後から声がした。


 セナだ。


 彼女は三角巾を取ると、愛おしそうに眠る獣人の女の子の頭をそっと撫でる。



「しかし、まさかハイドラ敗血症の合併症だったとはねぇ。そりゃ薬が効かないわけだ」

「……治せるのか?」

「ああ。治療法はあるよ。これでも薬草師の免許は持ってるからね。2種類の薬を調合すればいける……が」



 渋い表情のまま、セナが続ける。



「錬成するには素材が足りない。セノル鹿の枝角、ガクランダケの笠、ベリーベリーの実は準備できるけど……問題はアンピプテラの魔晶石だね」



 アンピプテラ。


 聞いたことがある。確か危険な毒の息を吐くという大蛇のモンスターだ。


 アンピプテラは薄暗いダンジョンを住処にしていて、あまり表には姿を現さないモンスターだが、危険度はC……つまり、ランクC相当の強敵。


 人間の活動範囲にあまり現れないため、ギルドに討伐依頼が出されることはほぼないが、たまに錬金術師が魔晶石の依頼を出すことがある。


 もちろん一度も見たことはないし、どこに生息しているかも知らない。



「アンピプテラの情報はあるのか?」

「西方の山岳地帯にある『溜毒るどくの窯』ってダンジョンで見たって話は聞くけど……なんであんたがそんなことを?」

「俺が行こう」

「……は? 何だって?」



 セナがじろりとこちらを睨みつけてきた。



「あんた一体何を企んでいる? あたしらから金でも巻き上げるつもりかい?」

「ちょ、ちょっとセナさん!?」

「ミリネアには悪いけど、あたしは人間をこれっぽっちも信用していないんだ」



 慌ててミリネアが間に割って入るが、セナは彼女を押しのけてこちらに詰め寄ってくる。



「カラス面。あんたトーマ……とか言ったね? どうして見知らぬ相手、それも獣人を助けようとする? 狙いは何だ? 金なら見ての通り無いよ?」

「金などいらん。その子が苦しんでいるから助けたいと思っただけだ」

「この子は獣人だよ」

「それがどうした? 苦しんでいる子供を見て助けたいと思うのがそんなに変か? あんたも同じ理由でその子を助けたんじゃないのか?」

「……ッ」



 セナは何かを言いかけて、グッとその言葉を飲み込んだ。


 しばし、張り詰めた空気が流れる。



「セナさん」



 ふと浮かんだんのはミリネアの声。



「トーマさんはそういう人なんですよ。彼は私を何度も助けてくれました」

「なるほどね。だからあたしの店に連れてきたってわけか」

「……?」



 セナが言う「だから」の意味がわからなかったが、少しは信じてくれたのかもしれない。


 セナは少しだけ呆れたような笑顔をのぞかせる。



「……ミリネア。あんたも一緒に行ってくれるかい?」

「え?」

「このカラス面だけじゃ心配だからね。あんたの力も借りたい」

「も、もちろんです!」



 ミリネアはふんすと鼻を鳴らすが、ふと何かに気づいて慌てて俺を見る。



「あっ、あの……勝手にすみません。私も一緒に行って良いですよね、トーマさん?」

「ああ、構わない」



 ミリネアの【マッピング】スキルはアンピプテラの捜索に役立つだろうし、むしろ一緒に来て欲しいと思っていた。


 ホッと胸をなでおろすミリネアの横で、セナがじっと俺を見ている。



「……それじゃあ、よろしく頼むよ。カラス面」



 まだわだかまりは残ってそうな表情で、セナが小さく頭を下げる。


 これ以上は何を言っても無駄だろう。


 だが、アンピプテラを倒して魔晶石を持って帰れば、彼女も否応なしに信じてくれるはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る