第17話 獣人のソウルフード!?

 ラムズデールの街は4つの区画に分かれているのだが、西地区は日本で言えば下町っぽくて庶民的な店が多い。


 ミリネアに連れていかれたのは、その西地区だった。


 ここに来るのは、鍛冶屋で門前払いを食らった以来か?


 久しぶりというほどでもないが、ここに来るとなんだか懐かしい感じがするのは、雰囲気が日本っぽいからだろうか。


 家屋もどちらかというと背が低い平屋が多くて、道行く人々の足取りもゆったりとしているからか落ち着いた雰囲気がある。


 墨田、浅草、上野、蔵前。


 ここに来るとそんな場所を連想してしまうのは、転移者が住んでいたから……なんて理由があったりするのかもしれないな。


 しかし、ここでどんな礼をしてもらえるんだろう?


 ミリネアは「獣人流のお礼」って言っていたけれど、獣人だけが知っているうまい店があったりするのか?


 そういうのだと嬉しいんだが。



「ここです」



 ミリネアが立ち止まったのは、とある店だった。


 こじんまりとした入り口に、日本風の暖簾がかかっている。


 中に入ると、美味しそうなソースの匂いが充満していた。


 店内にいくつか置かれているテーブルの真ん中に、大きな鉄板のようなものが見える。


 すでに何組か客が来ていて、店員が小さな皿に入った液体状のものを鉄板に流し込み、ジュージューと焼いていた。


 まさかここって──お好み焼き屋なのか?



「びっくりしました?」



 いたずらっぽい表情でミリネアが尋ねてきた。



「ああ。まさか異世界に来て、お好み焼き屋に入ることになるとはな」

「ここ、転移者の方が作ったお店みたいなんです」

「どうりで」



 異世界の文化でお好み焼きが発明されるとは思えない。


 しかし、いい香りだな。


 久しぶりに食べたくなってきたぞ。



「おや、おかえりミリネア」



 と、誰かが声をかけてきた。


 エプロンをつけた恰幅のいい中年の女性だ。


 ブラウンの髪に、青い瞳。

 目尻が下がっていて、優しそうな顔をしている。


 一見、普通の女性に見えるが、腰にはモフッとした尻尾が見えている。


 三角巾をつけているので耳は見えないが、多分彼女も獣人だろう。



「セナさん。ただいま」



 ミリネアがニコリと微笑む。



「紹介しますねトーマさん。彼女は西地区に住んでる獣人を取りまとめている、セナさんです」

「はじめまして。トーマです。仮面のままで失礼します」

「……どうも」



 セナと握手をかわすが、その表情はお世辞にも友好的とは言いづらかった。


 目の奥に見えるのは、明らかな敵意。


 そんな反応をされても仕方がないだろう。

 なにせ相手は、自分たち獣人族を目の敵にしている人間なのだ。

 友好的な態度が取れるわけがない。



「セナさん。これ」



 ミリネアが、セナに銀行台帳を渡す。



「今日の報酬が入っています」

「いつもありがとうね、ミリネア。これで親を亡くした獣人の子供たちを助けることができるよ」



 セナがミリネアに深々と頭を下げる。


 ちょっと驚いてしまった。


 もしかして、ミリネアが冒険者をやっている理由ってそれだったのか?



「ちょっと手違いがあって、いつもより少ないですが」

「少ない?」



 台帳の残高を見て、首をかしげるセナ。



「いや、逆にいつもより多い気がするけど?」

「……え?」



 ミリネアはしばしキョトンとする。

 やがて何かに気づいて、パッと俺を見た。



「もしかして、トーマさん……何かしました?」

「いや、知らんな。何のことだ?」



 適当にはぐらかす。


 どうやら、俺が台帳をハッキングして残高を増やしたことに気づいたらしい。


 少しぼんやりしているミリネアだから気づかれないと思ったが、意外としっかりしてるんだな。


 ミリネアは何やら黙考し、やがて照れくさそうに笑った。



「ありがとうございます、トーマさん」

「だから俺は何も知らん」

「ふふ。とりあえず、座りましょうか」



 ミリネアと窓際の席に座る。


 セナが注文を聞きに来たので、ミリネアのおまかせで注文してもらった。

 「最高に美味しいお好み焼きがあるんです」と自信満々に言っていたので、楽しみだ。


 やがて店員がやってきて、お好み焼きを焼きはじめる。


 キャベツや卵が入った小麦粉をかき混ぜ、油を塗った鉄板に流し込む。


 そこに豚肉にチーズ、コーンを乗せてじっくり焼く。

 生地がきつね色になったらひっくり返して、ソースとマヨネーズをかけて完成。


 これはオーソドックスな豚玉お好み焼きかな?


 しかし、ソースはまだしも、マヨネーズまであるなんて驚きだ。


 生地に揚げ玉も使っているみたいだし、転移者が作り方を教えたんだろうな。



「実にうまそうだが、これがミリネアの言っていた『獣人流のお礼』なのか?」

「そうです。なにせお好み焼きは、私たち獣人のソウルフードですからね」



 え? マジで?


 一体いつからこの世界にお好み焼きがあるのか知らないが、ソウルフードになるくらい浸透しているんだな。


 なんだか日本人として嬉しいよ。



「では、頂きましょうか」

「そうだな。頂きます」



 早速、お好み焼きにかぶりつく。



「……おお、こりゃうまい」



 濃厚な生地や素材の味を、ソースがしっかりと引き立てている。


 カリッとした外側と、ふっくらとした中の生地の食感もたまらない。


 日本でもこれほどうまいお好み焼きはそうそう食べられないぞ。



「しかし、ここに来てミリネアが冒険者をやっている理由がわかったよ」



 何気なしに切り出した。


 ミリネアは一瞬キョトンとした顔をした後、照れくさそうに破顔する。



「ばれちゃいましたね。えへへ」

「セナさんとは長いのか?」 

「はい。私が借りている部屋も西地区にあって、街にやってきた獣人の子供の保護をセナさんとやっているんです」

「保護? そういうのは教会の仕事じゃ?」

「獣人は対象外みたいなんですよね」



 ミリネアの耳がしゅんと垂れ下がる。



「それに、保護した子供のひとりが病気に罹っていて、薬を買うお金も必要なんです。だから、もっとがんばらなくちゃ……」

「病気?」



 詳しく聞けば、1ヶ月ほど前に保護した獣人の女の子が原因不明の病気に罹ってしまったのだという。


 医者に診せたが原因がわからず、手当たり次第に効きそうな薬を世界中から取り寄せているらしい。


 なるほどな。そりゃ金がかかるわけだ。



「でも、どの薬も効果がなくて」

「そうなのか……」



 この世界の医療は現代と比べてひどく遅れているからな。


 民間療法に頼っている部分も多いと聞くし。


 病名くらいわかれば対処のしようもあるのだろうが──。



「……病名?」



 ふと、とあることが脳裏に浮かぶ。


 もしかして【解析】を使えば病名がわかるんじゃないだろうか。


 ステータスに「状態」という項目があるし。



「よし。後で俺が診てみよう」

「え? トーマさんが?」

「ああ。俺は医者じゃないが【解析】スキルを使えば、病名くらいわかるかもしれんからな。病名がわかれば無作為に薬を取り寄せる必要はなくなるだろう?」



 キョトンとした顔をするミリネア。


 やがてハッと我にかえり、満面の笑顔を浮かべる。



「あ、ありがとうございます!」

「……い、いや」



 そのミリネアの喜びように、少し気圧されてしまった。


 ただスキルでステータスを見るだけだし、そんなに喜ぶようなことでもない気がするが、相当困っていたんだろうな。 


 というわけで、残りのお好み焼きを食べ終えてから、ミリネアと女の子が寝ているという店の2階へと向かった。




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