第16話 転移者と獣人

 ドライアドの討伐が終わってから俺の依頼も手伝ってもらい、無事にラムズデールの街に戻ってきた。


 ミリネアのスキルのおかげでトレントも容易に発見することができたし、偶然とはいえミリネアと会えて本当によかった。


 というか、どちらかというと俺のほうが得をしている感すらある。


 このまま解散するのは、ちょっと忍びないな。



「あの……トーマさん?」



 門で荷物検査を受けていると、ミリネアがそっと声をかけてきた。



「この後少しお時間ありますか? 助けて頂いたお礼がしたくて……」

「奇遇だな。俺も助けてくれた礼がしたかったところなんだ」

「……えっ?」



 ギョッとした顔をするミリネア。



「この後、飯でもどうだろう? まぁ、お互いに明日があるから軽くになるだろうが」

「わっ、私とですか!?」

「そ、そうだが……嫌か?」



 尻尾がパンパンに膨れ上がっているミリネアを見て焦ってしまった。

 気軽に誘ってしまったが、ちょっと馴れ馴れしかったか?



「い、嫌だなんてとんでもない! むしろ嬉しくって……えへへ」



 恥ずかしそうに、うつむくミリネア。


 そ、そうか。喜んでくれたのなら、こちらとしても嬉しいな。


 しかし、飯を食べに行くとはいえ、仮面は外さないようにしておかないとな。うっかり素顔を見られるなんてヘマはしないように注意しないと。


 というわけで、お互いに依頼の報告をしてからまた集まることにした。


 集合場所はどこにするかいくつか提案したが、「トーマさんがいらっしゃるところに行きますよ」と返された。


 携帯電話もないのにどうやって居場所のやりとりをするんだ──と思ったが、ミリネアは【マッピング】スキルを持っていたんだった。


 スキルを使えば人混みの中でも簡単に俺を見つけることができるってわけだ。


 やっぱり【マッピング】スキルって便利すぎるな。


 ミリネアと別れてフィアス・キャッツに戻り、受付カウンターへと向かったが、アナスタシアはおらず別の受付嬢に代わっていた。


 彼女にトレントの魔晶石を受付に渡して、報酬の1200ライムを受け取る。


 いつもの通り、報酬は現金ではなく銀行台帳に送ってもらった。


 しかし、半日で1200ライムか。


 日本円に換算すると12000円くらいだ。かなり美味しいな。


 こんなに簡単に依頼を終わらせることができたのはミリネアのおかげだし、ちょっと奮発して豪華な料理でもごちそうしてやらないとな。


 まだ利用したことがない焼肉屋にでも行ってみようか。


 噂によれば転移者が作ったらしく、中身はそのまま日本の焼肉屋っぽいんだよな。


 前から気になってはいたが、そこそこ金を取られるので敬遠していた。なんでも、生肉の保存に高価な魔導具が必要なんだとか。


 それでも利益が取れているなんて、やっぱり焼肉の魅力ってすごい。

 きっとミリネアも気に入るだろう。


 そんなことを考えながら、彼女が拠点にしている冒険者ギルドに向かう。


 大通りからひとつ路地に入った場所にある、とミリネアが言ってたっけ。



「……ここか」



 到着したのは、一見ただの住居のように見える家屋だった。


 フィアス・キャッツと比べると、こじんまりした雰囲気。


 部屋の奥にカウンターがあって、幾人かの冒険者が受付をしている。


 そこに銀の尻尾をせわしなくパタパタと動かしている獣人がいた


 ミリネアだ。


 あの尻尾の動きからして、あまり良くないことが起きているような気がする。

 だってほら、ミリネアって猫系の獣人だし。


 猫ってストレスを感じたら尻尾を激しく振るんだったよな?



「ミリネア」

「あ、トーマさん」



 俺に気づいたミリネアの表情がパッと明るくなった。



「どうした? 何かあったか?」

「あ……ええっと、報酬の件でちょっと」

「報酬?」 



 カウンターを見ると、ドライアド討伐の依頼書と報酬が置かれていた。


 依頼書に書かれていた報酬は1400ライム。


 だが、カウンターに置かれている実際の報酬は数百ライムほど。


 明らかに少ない。



「どうして少ないんだ? 何か依頼内容に不備があったのか?」

「い、いえ、そういうことではなく、税金の関係で……」



 税金? 


 一体何のことだろう。


 とりあえず、受付の男に確認してみる。



「依頼書の報酬と実際の額が合ってないようだが、どういうことだ?」

「……あん?」



 受付の男は実に面倒そうな怪訝な顔をこちらに向けた。



「誰だあんた?」

「彼女の知り合いだ。依頼書の報酬額よりもあきらかに少ないみたいだが」

「……チッ、転移者がいちいち首を突っ込んでくるんじゃねぇよ」



 男は小さな声で吐き捨てる。


 どこに行っても転移者は嫌われているなぁ。



「獣人は報酬から税金を徴収するのがルールなんだよ」

「……税金? 冗談だろ。そんな話、聞いたことがないぞ?」

「そりゃそうだ。ウチだけのルールだからな」



 ウチだけのルール? なんだそりゃ。


 このギルドだけ獣人から税金を取ってるってことか?


 そんなルールがまかり通っているなんて、とんでもないギルドだな。



「何も知らねぇようだから教えとくぜ、転移者様? 普通は獣人なんぞに誰も仕事を斡旋したりしねぇんだ。だがウチは良好なギルドだからなぁ。税金を徴収する代わりに仕事を紹介してるってわけだ」



 男はジロリとミリネアを睨みつけ、続ける。



「仕事を貰えるだけ有り難いと思えよ、獣人」

「……は、はい」



 刺々しい言葉を投げつけられ、申し訳無さそうにうつむくミリネア。


 なんだか腹が立ってきた。


 ミリネアの代わりに一発殴っとくか、と思ったが、その怒りはぐっと堪える。



「ほら、わかったなら報酬を受けとって帰れ」

「す、すみません。報酬はできれば銀行台帳で……」

「チッ、めんどくせぇな。さっさと出しな」

「は、はい……っ」



 男はミリネアから台帳を受け取ると、彼の手元にあったギルドの台帳から報酬を振り込む。

 


「済んだぜ。ほら、受け取りな」

「すまん。ちょっと良いか、ミリネア」

「え? あ、はい」



 ミリネアの代わりに台帳を受け取ると同時に、ギルドの台帳に一瞬だけ触れて【不正侵入】を発動させた。 


 表示されたウインドウをパパッと操作して、ギルドの口座からミリネアの口座に金を移した。


 もちろん、移すのは正規の報酬額だけだが。


 全額移動させてやろうかと思ったが、そんなことをしたらミリネアに迷惑がかかっちゃうからな。


 というか台帳を見てわかったが、税金徴収とか言って報酬が500ライム……半額以下になっているじゃないか。


 この悪徳ギルドめ。


 ムカついたので、ギルドの口座残高を改ざんして、ゼロをひとつ少なくしておいた。後でギルドマスターから大目玉を食らうと良い。



「行こう、ミリネア」

「は、はい」



 ミリネアに台帳を渡してギルドを後にする。


 うつむいたまま、俺の隣を歩くミリネア。


 なんだか、すごく落ち込んでいるように見える。



「……もしかして税金を取られたのは、はじめてだったのか?」



 そう尋ねると、ミリネは小さく首を横にふる。



「い、いえ、初めてではないのですが、この前までは1割程度だったんです。それなのに急に……」



 なるほど。


 何の通達もなく、1割が5割以上まで増えたってわけか。


 それでミリネアは受付に事情を聞こうとしたが、突っぱねられて困っていたんだろう。



「しかし、どうしてあのギルドを拠点にしているんだ? 依頼を受けたいなら、キミが働いているフィアス・キャッツでもいいだろ?」 



 顔見知りがいるギルドなら、税金なんて取られないだろうし。



「だ、だめですよ。私が冒険者をやっているのはルシールさん以外、秘密にしていますし」

「だったら他のギルドに行けば良い。ラムズデールには他にもたくさんギルドがあるだろう?」

「獣人に依頼を受けさせてくれるのは、あのギルドくらいなんです」

「……」



 返す言葉がなくなってしまった。


 つまり、あそこで仕事を受けているのは仕方なくってことか。


 そんなに獣人って差別を受けているのか。


 そう言われると、獣人の冒険者はあまり見かけないし、店員として働いている姿も見ない。


 俺たち転移者も白い目で見られることが多いが、獣人はそれ以上の仕打ちをうけているのかもしれないな。


 しかし、そこまでして冒険者の仕事をしなくちゃいけない理由って何なんだ?


 ミリネアは「運動」と言っていたが、別の理由がある気がする。



「でも……あそこまで言ってくれるなんて、びっくりしました」


 

 ミリネアの声。

 ふと隣をみると、なんだか嬉しそうな顔をしていた。



「報酬のことですよ。額がおかしいって言ってくれたじゃありませんか」

「あれはその……あの男に腹が立ったっていうか」

「トーマさんって不思議な人ですよね。獣人の私なんかに優しいですし……それに、お礼がしたいなんてって言ってくれるし」



 にこりと微笑むミリネア。


 なんだか恥ずかしくなって視線を反らしてしまった。



「ま、まぁ、長い付き合いだからな」

「長い? まだ知り合って一週間も経ってないですよね?」

「……あっ、いや」



 マズい。口が滑ってしまった。


 トーマとしての付き合いはまだ数日たらずだった。


 何か言い訳をしないと。

 と、慌てて言葉を探していたが──。



「す、すみません」



 ミリネアが申し訳なさそうに肩をすくめる。


 もしかすると気を害したと勘違いされたのかもしれない。



「と、とりあえず湿っぽい話は、これくらいにしましょう。お約束どおり、獣人流のお礼をしますので」

「獣人流?」



 首を捻ってしまった。


 そんな話、してたっけ?



「えへへ」



 ミリネアはいたずらっぽくペロッと舌を出すと、俺の手を握ってきた。


 ひんやりとしたミリネアの手。


 不意打ちを食らって、ドキッと心臓が跳ねる。



「お、おい、何を──」

「人が多いので手をつなぎましょう。目指すは西地区です」

「西地区? そこに何があるんだ?」

「秘密ですよ」



 ムフフッとミリネアが笑う。


 なんだか嫌な予感がするな。


 こちらとしてはその「獣人流」じゃなく、普通に焼肉を食べるだけでいいのだが……。


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