第48話 王国誕生祭(2)

 気がつけば陽は沈み、ラムズデールの街には夜の帳が下りていた。


 広場の中心では巨大な篝火が焚かれ、祭りの参加者たちが各々手にした松明に明かりを灯していく。


 いよいよ誕生祭のメインイベントのパレードが始まるようだ。


 ミリネアもいつのまにか小さな王冠をつけていて、手にはダンジョン探索用の松明が握られている。


 い、いつの間に……。



「はいこれ。トーマに」

「……王冠?」



 ミリネアに渡されたのは、彼女が頭に乗せているものと同じ小さな王冠。


 よく見ると銀細工で作られていて、すごく綺麗だ。



「準備してきてないだろうなって思って用意しといた」

「ありがとう。だが、借りていいのか? 結構高そうだが?」

「気にしない気にしない」

「……ふむ」



 ミリネアがそいうなら、拝借するか。


 しかし、俺が王冠ねぇ……。


 こんなもの付けたことはないが、絶対似合ってないだろうな。


 どうしようかとしばし悩んで、頭の上にチョコンと乗せた。



「あ、可愛い。似合ってるよ」

「……そ、そうか?」



 何だか恥ずかしいな。


 しかし、人間の姿だったらカラス面をつけないといけないし、滑稽な姿になっていただろう。獣人の姿になっていて良かった。


 だが、と楽しそうに笑うミリネアを見て思う。


 祭りが始まる前は気まずい空気が流れやしないかと危惧していたが、そんなことはなかった。


 なんだかんだと祭りを満喫してしまったし、この調子だと、つまらないと思っていたパレードも楽しめるかもしれないな。


 早速、松明に火を灯して、参加者たちと一緒に通りを練り歩く。


 周りの参加者たちは建国を祝う歌を口ずさんだり、おしゃべりしたりと結構自由な形で歩いている。



「王国バンザイ!」

「来年もいい年にしよう!」

「乾杯~っ!」



 パレードに参加している若い男女がジョッキを合わせる。


 そこに別の参加者も混ざり、乾杯の輪が広がっていく。


 その不思議な一体感に既視感があるなと思ったけど、これはあれだ。


 スポーツの世界大会で日本が勝ったときの街の空気に近い。見知らぬ相手でも喜びあえる妙な高揚感というか。


 たまに仕事帰りに遭遇したことがあるけれど、クタクタだったから正直ウザいなと思っていた。


 だけど──こうして輪に加わってみると、全く別の感想が出てくるな。


 ミリネアが「楽しい」と言っていた理由がわかったよ。


 パレードは中央区をぐるっと回ったあと、王城の方へと流れていく。



「見てトーマ。お城だよ」

「ああ、そうだな」



 城壁で囲まれた王城が見えてきた。


 普段は立ち入れない場所とあって、ミリネアも興奮気味。


 俺にとってはあまり良い印象がない場所だが。


 勝手に俺をこの世界に召喚したくせに、使えないとわかった途端に追放した聖女シルビア様は元気だろうか。



「道を開けろ!」



 と、楽しそうな参加者の声を切り裂くように、怒鳴り声が聞こえた。



「騎士団が通る! 道を開けんか!」

「ええい、邪魔だ!」



 怒号を飛ばしながらやってきたのは、馬にまたがる騎兵たち。


 あれは王室お抱えの騎士団か?


 どうやら王城から何処かへ出立しているところのようだが、何もパレードの最中じゃなくてもいいだろうに。


 パレードの参加者が道の両脇へと慌てて移動すると、猛スピードで騎兵たちが駆け抜けていった。


 その数、おおよそ20ほど。


 血相を変えていたが、何かあったんだろうか。


 彼らが去ってすぐにパレードが再開されたが、またすぐに流れが止まってしまった。今度は前方で何か騒ぎが起きているらしい。



「……どうしたんだろ? 何かトラブルかな?」

「かもしれない。ちょっと行ってみようか」



 騎士団といい、何か嫌な予感がする。


 ミリネアと一緒にひとごみをかき分け、王城の方へと歩いていく。



「ちょっと待ってくださいよ!」



 やがて何やら言い争っている声が聞こえてきた。



「中に入れないってどういうことですか!?」

「言葉の通りだ! 何人も王城に立ち入ることは許されん!」



 どうやら王城への貢物を抱えた人たちが、門を警護する兵士と揉め事を起こしているっぽい。



「今日は誕生祭ですよ!? せっかく貢物を持ってきたっていうのに……!」

「うるさい! パレードなど中止だ! 即刻立ち去れ!」

「立ち去れ!? ちょっと横暴すぎやしませんか!?」



 最初は下手に出ていた参加者たちの声にも、やがて怒気が滲んでくる。


 このままだと暴動に発展しかねない雰囲気だ。


 しかし、王城の連中も、どうして突然パレードの中止なんて言い始めたんだろう?


 さきほどの騎士団といい、何か起きているのは間違いないが──。



「あの噂のせいかもしれねぇな」



 と、近くにいた男たちの会話が聞こえてきた。


 身なりからして、冒険者だろう。



「あん? 噂? 何の噂だ?」

「なんでも西のブラックスワン砦がモンスターの大群に襲われたんだとよ」

「うぇっ!? 本当かよ!?」



 ブラックスワン砦──。


 先日、ルシールさんの依頼で安全を確保した砦だ。


 あそこを拠点に、モンスターの掃討作戦が実施されると言っていたが。



「数日前に虎の子の王国第2騎士団が配属されたばっかだよな?」

「ああ。それが一瞬で壊滅しちまったらしい。だから王城の連中は大慌てで別の騎士団を動かしてるんだと」

「それがさっきの騎士団か」

「多分な。今頃、王城は大騒ぎだろうぜ」



 なるほど。


 ブラックスワン砦の対応に追われてるってのもあるだろうが、子飼いの騎士団を外に出して警護人員が薄くなっているため、立入禁止にしてるってところか。


 しかし、騎士団を一瞬で全滅させるモンスターの群れか。



「……砦の噂は私も聞いてるよ」



 そっと声をかけてきたのはミリネアだ。



「例年以上にモンスターが活発化しているんだって。だから近々国王様の勅令でギルドに大掛かりな討伐依頼が来るってお義父……ルシールさんが言ってた」

「……ふむ」



 勅令が出されるってことは、そうとうまずい状況なんだろうか。


 前々からモンスターの数が増えてるとは思っていたが、どうやら気の所為ではなかったらしいな。



「ええい! とにかく祭りは中止だ! 即刻、ここから立ち去れ群衆ども!」



 兵士の怒号が飛ぶ。



「このままここで騒ぎ続けるなら、強制的に排除するぞ!」

「ふざけるな! 100年の歴史がある王国誕生祭なんだぞ!」

「そうだ! 使いっ走りの門兵の分際で、俺たちの祭りを冒涜するつもりか!」

「つ、使いっ走りぃ!?」



 顔を真っ赤にした兵士が群衆に詰め寄る。



「おい! 今、暴言を吐いたのはどいつだ! そこの貴様か!?」

「ああ!? ンだとテメェ!? 難癖つけるつもりか!?」

「勝手に祭りを中止するだの排除だの、ブッ殺すぞコラッ!」

「……っ!?」



 ついに群衆の怒りも頂点に達したらしい。


 冒険者っぽい見た目の男たちが兵士に掴みかかろうとする。



「そ、それ以上近づくな!」



 大男に威嚇され、兵士のひとりが剣を抜いた。


 それに一瞬どよめく参加者たちだったが、それが引き金になってしまった。



「この野郎、剣を抜きやがったぞ!?」

「クソ門兵が、王城務めだからってお高くとまりやがって!」

「日頃の恨み晴らしてやろうぜ!」

「おお、やっちまえッ!」

「ぶっ殺せッ!」



 群衆たちが次々と剣を構える。


 まずいな。最悪の状況になってきた。


 こうなったら、もう誰にも止められないぞ。



「クソっ! 応援だ! 応援を呼べっ!」



 後ずさりながら兵士が笛を高々と鳴らした。


 ゆっくりと門が開き、見覚えのある制服を身にまとった連中が姿を現す。


 漆黒の制服を着た、最悪の死刑執行人。



「ジャ、ジャッジだ!」

「くそ、ジャッジが来やがったぞ!」



 暴動を起こしかけていた群衆たちの中に動揺が広がる。


 流石にジャッジに剣を向けるほど冷静さを失ってはいないようだ。



「はぁ、この非常事態に……本当に蛆虫は時と場所を選びませんねぇ!」



 ジャッジたちを引き連れ、ひとりの女性が姿を見せる。


 その顔に、思わずげんなりしてしまった。


 長い黒髪に白い肌。


 俺と同じ転移者のシラトリだ。



「はい! 街の治安を脅かす蛆虫どもは即刻死刑! 皆さんやっちゃって!」

「了解っ!」



 シラトリの声に呼応するように、ジャッジたちが一斉に剣を抜く。


 瞬間、大群衆が我先にと逃げ始め、城門前はさながら戦場の様相を呈し始める。



「う、わわっ!?」 

「……っ!? ミリネア!」



 群衆の波に飲み込まれかけたミリネアの腕を咄嗟に掴み、引き寄せる。



「大丈夫か?」

「う、うん、平気。押されただけだから……」



 どうやら怪我はなさそう。


 だが、このままここにいたら無事ではすまなさそうだ。



「面倒ごとに巻き込まれる前に俺たちも逃げよう」

「そうだね。こんなふうにパレードが終わっちゃうのは残念だけど──」



 と、そのときだ。群衆の隙間を縫って、何かが襲いかかってきた。


 細長い黒い布──。 


 ジャッジの拘束スキルだ。


 咄嗟に剣を抜き、その布を断ち切る。


 だが。



「大人しくしろ! 獣人!」



 現れたのはひとりのジャッジ。


 その周囲には黒い布でがんじがらめになった群衆たちの姿がある。



「抵抗するならこの場で処刑する!」

「……ちっ」



 できるならジャッジと面倒を起こしたくなかったが仕方がない。


 スキル【グランドブレイク】を発動し、ジャッジの腹部めがけて蹴りを放つ。



「うぐっ!」



 まともに蹴りを受けたジャッジがその場にうずくまった。 


 この【グランドブレイク】は打撃ダメージ+俊敏力低下。


 これで追ってくることは難しいだろう。



「ト、トーマ!」

「逃げるぞミリネア!」



 彼女の手を取り踵を返そうとしたのだが──またしてもジャッジが俺たちの前に立ちはだかる。



「……おや? あなた、見た顔ですねぇ?」



 それも、できれば会いたくなかった最悪の女。


 シラトリ。


 ああクソ、どうしてこうなる。



「ああ、そうだ。いつぞや路地裏で見かけましたね。そちらの獣人の女性と一緒に」

「何のことを言ってるのかわからんな」



 こいつ、大事なところが抜けてるポンコツかと思っていたが、意外と記憶力があるんだな。



「それに今、トーマと呼ばれましたよね? もしかしてあなたが冒険者ギルドのフィアス・キャッツを拠点にしている冒険者のトーマですか?」

「……っ!?」



 思わず息を呑んでしまった。 


 こいつ、どうしてトーマの名前を?



「ふふふ、これは運が良いですねぇ。実はあなたにちょっと聞きたいことがあったんですよ」

「ああそうかい。だが、こっちはジャッジに用事なんてない」

「トーマさん。あなた──転移者のスドウという男をご存知でしょう?」



 本日2回目の驚嘆。


 ──スドウ。


 俺をハメて殺そうとした転移者だ。


 トーマの名前に続いてなぜあの男の名前を?


 これは……底はなとなく嫌な予感がするな。




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