第47話 国王誕生祭(1)
そうして迎えた翌日。
仕事を終えて向かった茜色に染まるラムズデール広場は、予想以上に大賑わいだった。
結構な面積がある広場には、所狭しと露店が並んでいる。
ホットドックのような肉をパンに挟んだものをはじめ、串焼きにエール、ワイン。キラキラと輝く装飾品が売られている店に、魔道具店。
さらに人形を売ってる店や、金魚すくい、射的などなどなど……。
店には派手な暖簾が吊り下げられていて、どこか日本っぽい。
これも転移者のアイデアだろうか?
王国誕生祭は100年の歴史がある由緒正しいものだとミリネアは言っていたっけ。
100年前、当時の王様が蛮族やモンスターがはびこっていたこの地を平定して国を立ち上げたとかなんとか。
両手に食べ物や人形なんかを抱えた人たちに混ざって、王冠のようなものを被っている人たちもいる。
あれがパレードの参加者だ。
王冠をつけた参加者が松明を掲げて大通りを練り歩き、王城に国王誕生を祝う貢ぎ物を送るんだっけ。
貢物と言っても高価なものではなく、酒場で売ってる豚の丸焼きに王冠を乗せた程度のものらしいが。
しかし、ミリネアはパレードに参加したいと言っていたが、その王冠は用意しているのだろうか。
「……ふ~む」
広場でミリネアを待つ俺の頭に、ふととあることがよぎる。
昨日、何気なしに「一緒に祭りにいこう」などと誘ってしまったが、よくよく考えると、これってデートなのではないだろうか?
いや、確実にデートだよな?
転移前は仕事漬けの毎日を送っていたせいもあって、恋人はおろか女性と出かけた記憶すらない。
王国祭は夜まで続くと言っていたので、自ずと解散するのは夜になる。
今の時間を考えると3、4時間といったところ。
依頼中なら気を使う必要なんてないが、祭りともなると話は変わってくる。
気まずい空気が流れないようにしなければ。
ううむ。今から緊張してきたな。
「……いや、待て。大げさに考えるから良くないんだ」
デートだなんだと考える必要なんてないだろう。
これは女性という特殊な属性を持つ存在と一緒に、飯を食ったり遊んだりするだけのイベントなのだ。
ほら、そう考えれば気が楽になって──。
「トーマ」
「……っ!?」
突然声をかけられ、つい身構えてしまった。
「……あ、ミリネア」
「あ、えと、お、お待たせ」
恥ずかしそうに頬を紅潮させていたのは、ミリネアだった。
「ちょっと宿に帰って着替えてきたから時間がかかっちゃった。えへへ」
「そ、そうか。俺も今きたところだから気にするな」
ミリネアは受付嬢をやっているときや冒険者のときと違って、なんというか、すごく可愛い服装だった。
ヒザ下くらいまでの紺色のショートスカートには細かい刺繍がしてあって、クリーム色のシャツや、模様が入った肩掛けと相まって北欧的な雰囲気がある。
ミリネアのぽわんとした雰囲気とピッタリだ。
すごく似合っている。
「……ん? どうかした?」
俺の視線に気づいたのか、ミリネアが首をかしげる。
「そんなにジロジロ見て」
「あ、いや。珍しい服だなって」
「……あ、これ? 私の故郷の服なんだよね」
「故郷の?」
ラムズデールから遠く離れた場所にあったというミリネアの故郷。
なるほど。北欧的な雰囲気があるなとは思ったが、民族衣装だったのか。
「そうか。すごく似合ってると思う」
「え? そ、そう? ありがとう……えへへ」
ミリネアがニマニマと頬を緩める。
うん、可愛い。
いつもと違う雰囲気で実に良いな。
一方の俺はというと、いつもと同じ冒険者の服にカラス面なのだが。
「すまんな。俺はこれしか持ってなくて」
「トーマらしくていいと思うよ。うん、かっこいい」
「そ、そうか?」
「ま、私は黒猫獣人のトーマが一番いいんだけどね」
「ふむ。じゃあ、久しぶりに獣人になるか」
獣人姿だと仮面も外せるしな。
ミリネアの肩に触れて【不正侵入】を発動。
彼女の種族をコピーする。
「ふぁ!?」
仮面を外した俺を見て、ミリネアの耳がピンと立つ。
「はわわ~! きゃわいいっ! やっぱりトーマの黒猫最高だよっ!」
「……それはどうも」
いきなりはっちゃけたな。
やはり相手が同じ獣人だと素の部分が出てきちゃうんだろうか。
こういうミリネアも新鮮で良いな。
というわけで、興奮気味のミリネアと一緒に広場をまわってみることにした。
ミリネアは「お小遣いは100ライムまで」と決めてあるらしく、その中で買えるものを探してみる。
まぁ、露店で出されているものは大体数十ライム程度なので、何でも買えちゃうとが。
パレード参加用の王冠は用意しているらしいので、とりあえず軽く腹を満たすことにした。俺も仕事終わりで腹が減ってるしな。
「しかし、人が増えてきたな」
ふと気づけば、広場は人だらけになっていた。
「まだまだ増えて行くと思うよ。本番はこれからだし」
「そ、そうなのか」
街中の人間が広場に集まってるという感じがする。
流石は年に一度の祭りだな。
しかし、ここまで人が多いと食いっぱぐれてしまうかもしれない。
すぐ近くの露店で焼き立ての豚肉を挟んだパンにワイン、それにドーナツのようなお菓子を買ってベンチに腰掛ける。
「それでは、いただきま~す」
「いただきます」
ミリネアと一緒に、まずは肉を挟んだパンに食らいつく。
「……おお、これは美味いな」
一見、地味で小さなホットドックに見えたが、味は全く地味ではなかった。
肉汁たっぷりでスパイスもきいている。
これはめちゃくちゃ美味い。
「あのお店を出してるのって肉屋のスタンリーさんなんだけど、焼肉屋に高級肉を卸してるんだよね」
「へぇ、そうなのか」
だからこんなに美味いんだな。
ミリネアが言うには、普段はこんな金額では絶対食べられないらしい。
焼肉屋で食事をするとだいたい5000ライムほどかかると聞く。
肉の保存に金がかかっているのかと思っていたが、こんなに美味いのならそれくらいして当然かもしれないな。
デザートで買ったドーナツも甘さ控えめで実に美味しかった。
このドーナツは教会の修道院で作っているもので、「修道女の吐息」という名前のスイーツらしい。
甘くて美味しいのは美しい修道女の甘い吐息が入っているから……という逸話から来ているのだとか。
ミリネアに感心してしまった。
冒険者ギルドで受付嬢をやってるとはいえ、事情通すぎる。
打てば響くというのは、正にこのことだろう。
流石です、ミリネアさん。
美味しい料理に舌鼓して、再び露店をまわってみることにした。
しかし、本当にたくさんの露店があるなぁ。
もしかしてセナも店を出しているんだろうか?
「ねぇ、トーマ。あれやってみない?」
ちょいちょいとミリネアが服を引っ張ってきた。
彼女が見ていたのは、人形が並べられた露店。
「あれは射的か」
「そうそう。良く知ってるね」
日本人にとってはおなじみだからな。
しかし、置かれているのはコルクの銃ではなく、おもちゃのボウガン。
使うものは違えど、ルールは現代と同じようだが。
「あの人形、トーマみたいで可愛いくない?」
「……」
台に置かれている人形の中に、ブサイクな黒い猫人形があった。
確かに今の俺と同じ黒猫だが、可愛いかと言われると首をひねらざるを得ない。ミリネアってば、美的センスが少々迷子になっているんだろうか。
「ちょっとチャレンジしていいかな?」
「かまわんが、できるのか?」
「まかせて。こういうの、すごく得意だし」
なるほど、そうなのか。
少しドジっ子だし、むしろ苦手な部類だと思っていたが。
ミリネアは意気揚々と、店主に5ライム支払ってボウガンのおもちゃを受け取る。
「待っててね黒猫ちゃん。私が1発でしとめて──んあっ!?」
真剣な眼差しでおもちゃの矢を放ったミリネアだったが、全く見当違いの場所へと飛んでいった。
流石ミリネアさん。
一回で撃てる矢の数は3つらしく、すぐに次の矢を撃ったが結果は同じ。
すべて明後日の方向に飛んでいってしまった。
「あう~……」
「残念だったな」
「て、天才でも失敗することはあるからね」
「弘法も筆の誤りって言うしな」
「そうそう、こーぼーも……って、こーぼーって何?」
「あ~、ええっと、天才でも失敗することはあるって意味だ」
娯楽が少ないこの世界で射的は人気があるらしく、後ろには参加者の行列ができていた。
子供や若者がボウガン片手にチャレンジしていくが、一向に人形に当たる気配はない。ミリネアが特段下手というわけではなさそうだ。
「トーマもやってみない?」
「え? 俺?」
「トーマなら行けそうな気がする。だって同じ黒猫だし」
「理屈がわからん」
獣人になって上がってるのは身体能力だけだぞ?
でもまぁ、参加費は5ライムだし、やってみるか。
期待するなよ、とミリネアに念押ししておこうと思ったが、キラキラとした目を向けられたので言い出せなかった。
うん。圧が凄い。
外したら凄まじく落胆──いや、怒られそうだな。【投石】スキルは持っているが弓術に覚えはないし、こういうのは苦手なんだが……。
仕方ない。
店主には悪いが、ちょっとズルをさせてもらうか。
手にしたおもちゃのボウガンを【解析】する。
―――――――――――――――――――
名称:おもちゃのボウガン
外形:おもちゃのボウガン
効果:命中率-100
耐久値:100/100
素材:ホップ木
壊れやすい安価なホップ木材でできたおもちゃのボウガン。殺傷能力は低い。
―――――――――――――――――――
おいおい、ちょっと待て。
命中率-100ってなんだよ?
参加者の誰も人形に当てないなと思ってたが、店主がズルをしてたのか。
ふむ。だったら、罪悪感を覚える必要もないか。
効果の命中率を「マイナス」から「プラス」に変える。
これで命中率が+100になった。
これで外れるわけがなく、俺が放った矢は見事黒猫にヒットした。
「……っ!? あっ、当たった!? 当たったよトーマ!?」
「ウ、ウソだろ……!?」
大喜びのミリネアとは裏腹に、店主が愕然とする。
「ん? どうした店主? 何かおかしいことでもあったか?」
「あ、い、いや、何でもない……クソっ、獣人め。何かやりがったな」
店主が悔しそうに倒れた黒猫人形を持ってくる。
ふん。先にズルをして金を稼いでいたのはお前だからな。
祭りに乗じて小狡いことをしやがって。
残り2本の矢も他の人形に命中さたら、魂が抜けたような顔をしていた。
「ほら」
黒猫人形をミリネアに渡す。
瞬間、満面の笑顔を浮かべる。
「うわぁ! ありがとう、トーマ! 嬉しい!」
何度も何度も人形をぎゅっとハグするミリネア。
一方の俺は、少々戸惑い気味。
……あの、ミリネアさん?
喜ぶのは構わないんだが「俺みたいな人形だ」と言われた手前、そんなに愛おしそうにされるとちょっと恥ずかしくなるのだが……。
「う~ん、可愛い! この人形、家宝にするね!」
「あ、ああ」
さっと視線をそらしてしまう。
ううむ、可愛いだの家宝にするだの……やっぱり恥ずかしい。
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