第46話 お誘い
この世界に来て半年が経った。
つまり、トーマの名前になって4ヶ月が経過したことになる。
この半年は本当にあっという間だった。
同じ転移者に罪をなすりつけられかけたり、巨大なモンスターと戦ったり、奴隷オークションで大立ち回りをしたり──。
色々あったが、今の状況はそれほど悪くない。
いや、むしろかなり良くなっていると言っても過言ではない。
平日は適度に冒険者の仕事をこなし、オフの日はミリネアの依頼を手伝ったりセナの店で獣人料理を堪能したりしている。
貯金もそこそこ貯まってきて、念願の田舎暮らしが少しだけ見えてきたのも嬉しいところ。
だが、冒険者のランクはDのままだ。
ランクがあがればもっと報酬が美味い依頼を受けることができるが、ソロではなく複数人のパーティでの依頼が増えてくるからな。
また須藤みたいな連中のトラブルに巻き込まれるのは勘弁願いたい。
それに、人付き合いとか面倒だし。気楽なソロが絶対良い。
──ま、ミリネアは別なんだが。
最近はミリネアと一緒に行動することが多いが、種族は元の人間に戻している。
能力向上の恩恵があるから獣人のままでも良かったのだが、街に入るときの手続きが面倒になったり、入店を拒否されたりと色々不都合があったからだ。
ミリネアがいればいつでも獣人になれるし、必要になれば彼女に協力してもらうつもりだ。
「……ト、トーマ?」
夕暮れ近い、ラムズデールの街。
ミリネアの手伝いでEランクのゴブリン討伐依頼が終わった帰り道。
街に入るやいなや、彼女がどこか落ち着かない様子で俺の名を呼んだ。
「そ、そそ、そういえば、今日は天気がいいですねぇ?」
「……え?」
なんだなんだ。
いきなりどうした?
「天気? 良い、のか?」
見上げた空は分厚い雲が広がっている。
獣人にとってはこれが晴れ……なわけがないと思うが。
「天気予報では夕方くらいから晴れるらしいです」
「そうか。ならもうすぐ晴れるな」
「ラムズデールの街って意外と水はけが良いんですよね。地面がしっかり整備されているんです。だから今日が雨でも、明日は大丈夫」
「確かに雨が降っても水たまりをあまり見ないな」
中世のヨーロッパでは、水はけが悪いせいで雨が降ると街中が水たまりだらけになって歩くのもままならないと聞いたことがある。
この世界の文明レベルは中世ヨーロッパに近いが、魔術や魔導具があるし、そういうもので水はけを良くしているのかもしれないな。
「お小遣いは100ライムくらいですかね」
「……は? お小遣い?」
なにそれ?
遠足のおやつは100円までみたいな。
というか、さっきから一体何の話をしてるんだ?
「すまん。さっきからどうした?」
「え?」
「いや、天気がどうとか小遣いがどうとか。何か変というか、上の空というか……」
口調も仕事モードになってるし。
こういうときのミリネアは何か隠し事をしていることが多い。
そう言えば、先日もこんな時があったっけ?
あのときは俺の転移半年記念を一緒に祝いたかったけど言い出せなかったってパターンだったか。
それを聞き出してからセナの店でお好み焼きパーティをしたのだが、かなり楽しかったのを覚えている。
今回も似た感じだと思うが……さて、何を隠しているのやら。
「……ん?」
首を捻っていると、ミリネアが何かをじっとみているのに気づく。
その視線を辿っていくと、通りの壁面に何かが貼られていた。
あれは、何かの告知のポスターか?
「王国誕生祭……?」
そこに書かれていたのは、年に1回開催されるという建国祭……いわゆる、街を上げての「お祭り」の告知だった。
それを見て、ああと気づく。
ラムズデールは水はけがいいとか、お小遣いは100ライムとか、ミリネアってばこの祭りに行きたかったのね。
この世界は現代と違って娯楽が凄まじく少ない。
なので年に1回の祭りともなれば、浮足立つのも仕方がないことなのかもしれない。
だが、明日は受付嬢の仕事があるはずだよな?
もし祭りを回るとしたら、ギルドが終わる夕方からになる、か。
……ふむ。その時間なら俺も冒険者の仕事が終わってるだろうし、一緒に行けるかもしれないな。
よし、ちょっと誘ってみるか。
「一緒に行くか?」
「……えっ?」
「王国誕生祭だよ」
ポスターを顎で指す。
しばしぽーっとしていたミリネアだったが、ようやく俺の言葉の意味を理解したのか、耳がピョコッと反応した。
「えっ……ほっ、ほほ、本当ですかっ!?」
「ああ。ミリネアが良ければ、だが」
「愚問ですだよっ! 良いにきまってるじゃないですかっ!」
「そ、そうか」
軽く噛んだミリネアは、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねる。
尻尾もくねくねと踊っている。
そこまで喜んでくれるなんて、なんだかこっちも嬉しくなっちゃうな。
だが、少々オーバーリアクションというか、声がデカい。
ボリュームを下げてくれ、ミリネア。
周りの人もびっくりしてこっちを見てるじゃないか。
「お互い仕事があるから朝から参加ってのは無理だろうけど、ギルドが終わってから合流しようか。夜まで祭りはやってるみたいだし」
「そうなんだよね! 王国誕生祭は、むしろ夜のほうがメインっていうか!」
「へぇ、そうなんだな」
というか詳しいな。
「もしかして毎年参加してるのか?」
「もちろん! 街を挙げた一大イベントだからね! 去年はセナさんたちと参加したんだけど、すっごく楽しかった!」
ふんすと鼻を鳴らすミリネア。
彼女曰く、誕生祭が始まると通りや中央区の広場に多くの露店が並ぶのだという。
食べ物や酒はもちろん、綺麗な髪飾りや腕輪なんかが売っている装飾品店に魔道具店、射的ゲームに輪投げ……さらに金魚すくいまであるらしい。
後半は日本人には馴染がある内容すぎる。
多分、転移者が広めたに違いない。
そして、夜になると広場に設けられたメインステージに巨大な篝火が焚かれ、そこで火を灯した篝火を持つ参加者によるパレードが開かれるという。
参加者は建国の喜びを歌いながら街の中を練り歩き、城門で控えている城の人間に貢ぎ物を献上するのだとか。
「それに参加するのが楽しみなんだよね」
「ふぅん……」
つい気の抜けた返事をしてしまった。
ミリネアの話だけでは何が楽しいのかはイマイチわからない。
だって、篝火を持って歩くだけだよな?
露店がたくさん出るんなら、食べ歩きするほうが楽しそうだが。
「……えへへ。でも、トーマと誕生祭に行けるなんて嬉しいな」
「そんなに喜んでもらえるなんて、こっちも嬉しいよ」
誘った甲斐があったというか。
しかし、祭りか。
夏祭りとか、学生時代に一度だけ行ったことがあるくらいだな。
人混みに嫌気が差して、さっさとお暇したのを覚えている。
何をするにも長蛇の列に並ばないといけないし、今後二度と行くことはないだろうと思っていたのだが──まさか異世界で行くことになるとは。
人生何が起きるかわからないな。
まぁ、ミリネアは心の底から楽しみにしているみたいだし、明日は早めに仕事を切り上げるか。
というわけで、俺たちは明日の仕事の後、中央区にあるラムズデール広場に集合することになった。
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