第23話 セナという獣人

 溜毒の釜を後にして無事にラムズデールの街に戻ってきた俺たちは、その足でセナの店へと向かった。


 もうすぐ夕刻ということもあって忙しくしていたが、セナは俺たちを見るなり驚いた顔をしたあと、落胆するように肩を落とした。


 どうしたんだと思ったが、アンピテプラの討伐に失敗したと勘違いしたのだろう。


 街を出発したのは今朝だし、アンピテプラクラスのモンスターの討伐となると数日がかりでやるのが普通……なのかもしれない。


 なので、魔晶石を渡して安心させることにした。



「……ぅええっ!?」



 セナは目玉が落ちるんじゃないかと心配になるくらい、目を丸くする。



「こ、ここ、これ、アンピテプラの魔晶石なのかい!?」

「そうだ」

「ま、まさか……だって、あんたに魔晶石を頼んだのは昨日だよ!? こんな短時間で倒してくるなんて」

「そうなんですよ、セナさん!」



 まだ興奮冷め上がらぬ雰囲気で、ミリネアが身を乗り出してくる。



「トーマさんひとりでアンピプテラを倒したんですよ! ばばば~って! すごくかっこよかった!」

「し、信じられない……てっきり討伐は諦めて帰ってきたのかと。あんた、見かけによらず、とてつもなく強いんだね」

「そ、そんなことはないと思うが……」



 ふたりががりで「かっこいい」だの「強い」だの、ちょっとやめて頂きたい。



「それに、アンピテプラを倒したのは俺ひとりの手柄じゃないぞ? ヤツを発見したのはミリネアだし、彼女がいなければもっと時間がかかっていたはずだ」

「……え? 私?」



 一瞬、キョトンとするミリネアだったが、慌ててかぶりを振る。



「そ、そんなことありませんってば! 私はスキルを使ったり、近寄ってきたモンスターを倒しただけですから!」

「だから、それがなければ時間がかかったと言っているんだ」

「そっ、そう……なんですかね? ムフフ〜」



 ドヤ顔になるミリネア。

 ちょっと生意気な顔も可愛い。



「この魔晶石、本当にあたしにくれるのかい? トーマ?」

「もちろんだ。そのためにわざわざ溜毒の釜に行ったんだからな」

「……」



 セナはしばらく魔晶石をじっと見つめてから、俺に深々と頭をさげた。



「……ありがとう。これであの子も助かるよ」



 素直に感謝の言葉を返されて、少し驚いてしまった。


 てっきり「人間にお礼は言わない」だのなんだと、敵愾心むき出しの言葉を投げつけられると思っていたのだが。


 セナは頑固に見えて、意外と素直な獣人なのかもしれないな。


 俺から魔晶石を受け取ったセナは、早速、治療薬の錬金をはじめた。


 彼女が向かったのは店の地下。

 どうやらそこに錬金器具があるらしい。


 薬の生成に必要な他の素材は既に手に入れてあるようで、それらを規定量すり潰し、砕いた魔晶石と混ぜれば完成だという。


 意外と簡単なんだな……と思ったが、薬品錬金で重要なのは素材の分量で、少しでも比率を間違ってしまえば全く違う効果が現れてしまうのだとか。


 薬が一変して、猛毒になることもあるらしい。


 知識がモノを言う作業というわけだ。

 この世界でも薬剤師になるためには免許が必要というのも頷ける。


 セナの作業が終わるまで、俺たちは2階のリビングで待つことになった。


 ミリネアと一緒にふかふかのソファーに座って待っていたのだが、戦闘の疲れもあって物の数分でうつらうつらと船を漕ぎ始めてしまった。


 そして、待つこと1時間ほど。


 完成した薬を持って現れたセナと一緒に、獣人の子供サラが眠っている部屋へと向かった。


 調合した薬をサラの口に入れ、白湯でなんとか流し込む。

 多少咳き込んでいたけれど、無事に飲んでくれた。


 さて、どうだ。


 ベッドのそばで固唾をのんで見守っていると、サラの瞼がゆっくりと開いた。



「サラ!?」

「……セナ、さん?」



 声は弱々しいが、意識は戻ったようだ。


 どうやら薬が効いたみたいだな。


 しかし、こんな短時間で効果が出るなんて驚いた。

 この世界の医療技術は遅れていると思ったが、現代の薬より良く効くんじゃないか?



「サラ、体はどう? 薬で熱は下がったと思うんだけど」

「う、うん。まだちょっとだるいけど……全然平気。ありがとう」



 弱々しく笑顔を覗かせるサラ。

 

 そんな彼女を、安堵の表情を見せたセナが抱きしめる。



「私が飲んだ薬って、セナさんが作ってくれたの?」

「……いや」



 セナが俺を見る。



「あそこにいるトーマって人間が作ってくれた薬さ」

「お、おい」



 そういうのは別に言わなくていいだろ。


 サラも人間を嫌ってるだろうし。



「……」



 サラは不安げにこちらをじっと見ている。


 ほらみたことか──と思ったのだが。



「あ、ありがとう、トーマ」



 サラが恥ずかしそうに小さく頭を下げた。



「トーマのおかげで助かったよ。このお礼は絶対するから……」

「い、いや、気にするな。キミを助けたのは……ええと、そう、趣味みたいなものだからな」

「趣味? フフ、なんですかそれ」



 ミリネアに笑われてしまった。


 うるさいな。礼を言われるのに慣れてないんだよ。



「ミリネア」



 と、セナの声。



「下からサラの食べ物を持ってきてくれないかい?」

「あ、はい、わかりました」

「トーマ。あんたはあたしと一緒に来な」

「……ああ、わかった」



 なんだろうと思いつつ、セナと一緒に部屋の外に出る。


 彼女が向かったのは、誰もいない子供の遊び場だった。


 つい先程まで子供が遊んでいたのか、木のおもちゃが散らばっている。



「本当にありがとう。トーマ」

「……えっ?」



 いきなりそんなことを言われて、ギョッとしてしまった。 



「な、何だ突然?」

「あんたのことを誤解していたよ。昨日の無礼な態度……心からお詫びさせてほしい」



 そう言って、深く頭を下げるセナ。


 なんだかセナという獣人のことがわかったような気がした。


 人間に対して相当遺恨があるだろうに、自分の過ちを認めて素直に頭をさげるなんて、そうできるもんじゃない。


 皆に慕われているには理由があるってわけだ。



「顔をあげてくれ、セナ」



 そんなセナに、そっと声をかける。



「昨日のことは気にしていない。あんたたち獣人が人間に受けている仕打ちを考えると、ああいう反応になって当然だと思うしな」

「……驚いた。怒らないのかい?」

「まぁ、嫌な気分にはならなかったといえばウソになるが、もう過ぎたことだ。今はサラの病気が治ったことを喜ぶべきだろう?」



 セナは一瞬キョトンとして、ブハッと噴き出した。



「な、なんだ?」

「いや。人間の中にもこんな良い男がいるなんてね」

「……は?」

「ミリネアがあんたを気にかけている理由がわかったよ。あたしももう少し若かったら、ちょっとヤバかったかもしれないね」



 待て待て。

 どういう意味だそれ?


 ヤバかったって……一体、何がだ?



「それよりトーマ、今回の謝礼の件だけど」

「サラにも言ったが、気にする必要はない。報酬が欲しくてやったわけじゃないからな」

「ハッ、本当に人助けが趣味だってのかい?」

「そう受け取ってもらってもかまわない」

「あんた、本当に面白い男だね。だけど、それじゃあ、あたしの気がすまないよ。きっちり礼はさせてもらうからね?」



 ジロリと睨んでくるサラ。


 ちょっと怖いよ。


 その顔で「礼はさせてもらう」って、真逆の意味に聞こえるんだが。



「……とはいえだ。あたしらに支払える金はない。だから、お粗末だが簡単な宴を開かせてもらうよ」

「え? 宴?」

「そうさ。いわゆる獣人流のもてなしってやつだね」



 そう言って、バチッとウインクするセナ。


 ううむ、なんだろう。

 こう言っちゃ失礼だが……やっぱり怖いな。

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