第24話 新たな仲間たち

 宴の準備が出来たという知らせを受けて1階に降りたのだが、すでに大勢の獣人たちが集まっていた。


 サラの回復祝いで、西区に住む獣人たちがやってきたらしい。


 最初、それを見たとき狼狽してしまった。


 はじめセナがそうだったように、人間を目の敵にしている獣人も多いはず。


 下手をしたらトラブルになりやしないか──と不安になったが、目の敵にされるどころか、店にやってきた獣人全員に感謝されてしまった。


 どうやら事前にセナがサラの件を伝えていたらしい。


 おまけに、俺が転移者だということを知って「お互い大変だよな……」なんて親身になってくれる獣人もいた。


 もしかすると転移者って、人間よりも獣人と仲良くなれるのかもしれない。



「おまたせしました~」



 そんなことを考えていると、ミリネアが大量の料理をテーブルに運んできた。


 いい香りが店中に広がる。


 料理自体は塩焼きや唐揚げなどオーソドックスなものだが、あまり見たことがない肉ばかりだ。



「美味しそうな料理だな。これは何の肉なんだ?」

「キジにシカ……珍しいところだと、クマ肉もありますよ」

「へぇ、すごいな」



 完全にジビエ料理だ。


 まぁ、この世界の料理はほとんどがジビエなんだが。 


 とはいえ、ラムズデールでは豚や魚、ウサギやイノシシは良く酒場で出されているが、カモやシカはあまり出されることはない。


 多分、上流階級の人間に流れていて、あまり市場に出回っていないのだろう。



「はい、これ」

「……む、これは」



 ミリネアにジョッキを渡され、まさかと思って匂いを嗅いだら蜂蜜酒だった。


 さすがにビビってしまった。


 街で販売されている酒類は酒造組合によって厳格に管理されていて、許可されている酒場以外で酒を製造販売することは禁止されているのだ。


 なのに、こうして酒が出されるということは──。



「密造酒だよ」



 隣の席にドカッと座ったのは、セナだ。



「これであんたもグルってわけだね」

「……この世界に来て、はじめて犯罪に手を染めてしまったよ」



 犯罪行為には絶対加担しないって決めてたのに。



「あっはっは! そう重く捉えなさんなって。別に密造酒で闇商売をしてるわけじゃないからさ。この酒はこういうめでたいときにしか出さないモンだ」

「めでたい?」

「そうさ。今日はあたしらに新しい仲間ができた、めでたい日だよ」



 そう言って、セナはこちらにジョッキを差し出す。



「種族は違えど、あんたはもうあたしらの家族だ。もし何か困ったことがあったらいつでもウチに来な。西区の獣人総出で助けてやるからさ」

「それは心強いな。ありがとう」



 おべっかでもなんでもなく、心の底からそう思った。


 未だに右も左もわからないこの世界で味方になってくれる人がいるというのは、それだけで心の支えになるものだからな。


 本当にありがたい。


 それから俺は、出された蜂蜜酒と料理を堪能した。


 転移前もジビエ料理なんて食べたことがなかったが、シカ肉もキジ肉もクセが少なく、脂がのっていてすごくジューシーだった。


 特にクマの肉はすごく美味しかった。


 脂が多くて口に入れると甘さがぶわっと広がって、すぐに溶けていく。


 なんだろうこれ。他の肉では味わえない甘さだ。



「トーマさん」



 もくもくと肉料理を口に運んでいると、そばから声がした。


 少しだけ頬を紅潮させているミリネアだ。


 ちょっと酔っ払っているのかな?



「楽しんでいますか?」

「もちろんだ。獣人料理がすごく美味しくてな」

「えへへ、そうでしょうそうでしょう」



 嬉しそうに鼻を鳴らすミリネア。


 獣人のソウルフードと言っていたお好み焼きも美味しかったけど、どちらかというと、こういう肉料理のほうが獣人料理っぽいよな。


 何というかこう、ワイルドというかさ。


 ミリネアはとなりにちょこんと腰をおろして、手にしていたジョッキを口につける。



「この肉料理を食べると、故郷を思い出すんですよね」

「故郷? ミリネアはラムズデール生まれじゃないのか?」

「違いますよ。ここからすごく遠くにあった獣人の集落生まれです」



 その説明に少しだけ引っかかりを覚えたのは、ミリネアの言葉が過去形だったからだ。



「随分前に焼かれてしまったんです。それで奴隷商に売られそうになっていたところを、ルシールさんに助けてもらったんです」

「そうだったのか。全然知らなかったよ」

「そりゃあ、トーマさんと知り合ったのは最近ですし」



 ミリネアが小さく肩をすくめる。


 イリヤとして会っていたときから知らなったけどな。


 まぁ、そういう立ち入った話をするような間柄ではなかったが。 



「この街で暮らすことになって、楽しいこともたくさんあるんですが色々とつらいこともあって。だけど、2ヶ月前くらいにイリヤさんと知り合って……毎日、頑張っている彼の姿を見て元気を貰っていたんです」

「そ、そうなのか」


 

 それはなんというか、光栄だな。


 ちょっと恥ずかしいので、蜂蜜酒を呑んでごまかす。



「しかし、キミに元気をあげるような姿なんて見せていたか? ただ薬草採取をしていただけだろう?」

「そんなことないですよ。だって、イリヤさんって王城の人たちから必要ないって捨てられてしまったのに、ひたむきに頑張っているじゃないですか。だから、なんていうか……そんな姿が素敵だなぁって。えへへ」

「……ぶふぉっ」



 思わず酒を噴き出してしまった。



「あ、ちょ、大丈夫ですか!?」

「ゲホッ……だ、大丈夫だ」



 多分、顔が真っ赤になっているだろうが仮面をつけていてよかった。


 しかし、本人の前でそんな事を恥ずかしげもなく言うなんて、ミリネアってば意外と大胆な性格なんだな──と思ったけど、今の俺はイリヤではないんだった。


 ああ、なるほど。

 だから正直に話してるってわけか。


 でも、なんだろう。

 盗み聞きしているような罪悪感を覚えてしまうな。



「そう言えばトーマさん、イリヤさんが向かった先って知ってますか?」



 どこか恥ずかしそうに、小さな声でミリネアが尋ねてきた。



「イリヤが向かった先?」

「はい。直接会いにいくのは無理なんですけど、お手紙を書こうかなって。文通とかできたら、元気を貰えるかなって。えへへ」

「……」



 一瞬、仮面を外して自分がイリヤだと告白してしまおうかと思ったが、グッと思いとどまった。


 イリヤが生きていることがバレれば、間違いなくジャッジに追われることになる。


 そうなればラムズデールにはいられなくなるし、ミリネアやセナたちにも迷惑がかかってしまうかもしれない。



「……悪い。そこまではわからん。手伝ったのはヤツが街を出るまでだったからな」

「そ、そうなんですね……」

「だが、またあいつと会うこともあるだろう。イリヤも冒険者を続けているはずだからな。そのときにミリネアが気にしていたと伝えておこう」

「本当ですか? ありがとうございます」



 ミリネアがどこかホッとしたような笑顔を見せる。


 その笑顔に少しだけ安堵すると同時に、罪悪感を覚えてしまう。


 騙しているようで申し訳無いと思う。

 だが、ミリネアの想いはしっかり本人に届いているから、許してほしい。


 いつかイリヤとしてミリネアと顔をあわせることができたなら、「キミの言葉にいつも元気を貰っていた」と伝えよう。


 ──そんな日が来るかは、わからないが。



「ねぇ、トーマさん」



 再びミリネアの声。



「不躾なお願いかもしれませんが、私と正式に冒険者パーティを組んでいただけませんか?」

「……え? パーティ?」

「はい。もちろん、私がオフの日だけですけれど」



 先日の須藤がそうだったように、複数人のパーティを組んで活動する冒険者は多い。特に申請の必要もないので組もうと思えばすぐにできるのだが──。



「どうして俺なんかと?」

「強い方と一緒にパーティを組みたいと思うのは普通じゃないですかね?」

「いや、まぁ……そう、なのか?」



 しどろもどろになってしまった。


 論理としては正しいかもしれないが、強い方と言われて「はいそうです」とは言いにくい。



「あ、でも、トーマさんにおんぶにだっこってわけじゃないですよ!? 私もしっかりサポートします! こう見えて、戦闘は得意なんですから!」



 フンスと鼻を鳴らすミリネア。



「まぁ、アンピテプラをひとりで倒しちゃったトーマさんに向かって戦闘が得意だなんていうのは失礼かもですけど……」

「いやいや、そんなことはないぞ。ミリネアの強さには驚きっぱなしだった」



 ゴブリンやドライアド戦のときから思っていたけれど、ミリネアの身体能力には目をみはるものがある。


 それに何より、ミリネアには便利な【マッピング】スキルがある。

 協力してもらえたらと思っていたし、こちらとしても願ったり叶ったりだ。



「こちらこそよろしく頼むよミリネア。キミのサポートがあれば、依頼もずっと楽になりそうだ」

「ほ、本当ですか!?」



 ミリネアはこぼれんばかりの笑顔を浮かべる。



「ただ、ひとつ頼みたいことがある。俺とパーティを組むんだったら、もっとフランクに接してほしい。つまり、その堅苦しい言葉遣いはナシだ」

「……っ」



 ミリネアはぎょっとした後、目を激しく泳がせはじめる。


 そして、恥ずかしそうにうつむいたかと思うと、顔を真っ赤にして言う。



「……うん、わかったよ、トーマ」



 上目遣いでこちらを見るミリネアに、ちょっとドキッとしてしまった。


 フランクに接して欲しいと言ったが、そういう反応をされると、ちょっと恥ずかしいな。



「ええっと、それじゃあ」



 そんなミリネアが、そっとジョッキを差し出してくる。



「これからもよろしくね。トーマ」

「……ああ、こっちこそ」



 ジョッキをあわせる俺たち。


 そうして、新しくできた異世界での仲間たちとの宴は、夜遅くまで続いた。

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