第44話 獣人ペア

 ざっと見て、馬車の周囲にいたジャッジは3人ほどだった。


 この人数ならスキルを使う必要もないだろう。


 キサラギとの戦いでSPがほとんど残ってないから助かった。

 しばらく待っていれば回復していくが、生憎、そんな時間はないしな。


 気づかれないように中腰になり、そっと路地裏へと向かう。



「蛆虫が逃げましたよっ! 皆さん捕まえてくださいっ!」



 背後からシラトリの声。



「……っ!? お、おい、お前!」



 すぐさまジャッジたちが反応するが、お構いなしに走る。


 こっちはもう路地裏に入っているし、追いつくまでに時間がかかるだろう。

 追跡スキルは持っていないようだし、時間を稼いで適当な場所に身を隠してしまえば、発見は困難なはず。



「……上手く逃げてくれよ、ミリネア」



 ふと、馬車に残っているミリネアのことが心配になったが、彼女に危害が及ぶことはないはず。


 シラトリが追っているのは俺だけ。

 流石にミリネアが犯罪者として捕まるなんてことはありえない。


 なんとか獣人たちをセナの店まで送り届けてほしいのだが──。



「トーマ!」



 と、俺の名を呼ぶ声がした。


 まさかシラトリか来たのか──と焦ったが、振り向いた俺の目に写ったのは、銀色の髪の女性。



「……ミ、ミリネア!?」



 一心不乱にこちらに走ってきていたのは、ミリネアだった。



「どうして来た!? シラトリが狙っているのは俺なんだぞ!?」

「だ、だって……トーマが心配で──」

「おい、いたぞ、あそこだ! 斡旋人だ!」



 ミリネアのすぐ後ろにジャッジが見えた。


 すごい形相のシラトリの姿もある。


 クソ。ぐずぐずしてると追いつかれてしまうな。



「急ぐぞ、ミリネア!」

「う、うん!」



 ミリネアの手を引いて、全力で走る。


 裏路地は、まるでビル街の隙間のようだった。


 ラムズデールは壁に覆われた街で、建物を建設できるスペースが限られている。


 なので、街の成長は横ではなく縦──つまり、建物が上に上にと増築されていくのだ。


 この中央区も例外ではなく、立ち並ぶ家屋の背が異様に高い。


 だが、陽の光が遮られた裏路地は薄暗くて、逃走経路としては好都合。


 だったのだが──。



「……ああ、畜生」



 俺たちがたどり着いたのは、通り抜けできない袋小路だった。


 失敗した。

 中央区の地理に疎いのが仇になってしまったか。


 こんなことなら、ミリネアの【マッピング】スキルに頼ればよかったか。



「……さて、どうする」



 戻ろうにも、後ろからはジャッジが来ている。


 完全に逃げ場がなくなってしまった。


 周囲をぐるっと見渡したが、入れそうな窓やドアは見当たらない。


 壁を登ろうにもはしごもないし、身を隠す茂みもない。


 八方塞がり。


 こうなったら、正面切ってジャッジどもと戦うか?


 今の俺のステータスなら、スキルが無くても勝てるはず。


 だが──ジャッジに手を出せば、この街で生きていけなくなる。


 指名手配されて一日中追われるハメになるし、冒険者ライセンスも剥奪されてしまうだろう。


 それに、ミリネアにも迷惑が──。



「……ミリネア」



 と、ミリネアの顔を見て、俺の頭にひとつアイデアが浮かんだ。


 そうだ。これだったら、ジャッジの追撃をかわせるかもしれない。



「ミリネア、俺に協力してくれ!」

「えっ? あ、うん、もちろん、私にできることならなんでもやるよ!」

「なんでも、だな?」

「当たり前でしょ!? トーマを助けるためだったら……ひょえええっ!?」



 ミリネアの悲鳴があがった。


 彼女を壁に押し付ける、いわゆる「壁ドン」をしたからだ。



「な、ななな、何!? どど、どうしたのトーマ!? なんでいきなりこんなこと!?」

「悪いミリネア。ちょっと我慢してくれ」

「え? 我慢? って、ちょちょ、トト、トーマ!? かか、顔!? 顔が近い! ま、ま、まだそういうのは私たちには早いと思うし──」



 ぎゃあぎゃあと喚くミリネアを無視して【不正侵入】を使い、彼女からあるステータスを拝借。


 そして、俺はミリネアに顔を近づけていき──。



***


 

「……フフフ、追い詰めましたよ、蛆虫」



 裏路地に透き通った女性の声が浮かぶ。


 ちらりとそちらを見ると、黒髪の女性が立っていた。


 シラトリだ。



「ふふふ、残念ながら袋小路に迷いこんでしまったみたいですね? さあ、諦めて私に捕まって、潔く死刑に──って、あれっ?」



 近づいてきたシラトリが素っ頓狂な声をあげた。



「え? え? 獣人が……ふたり?」



 シラトリは、俺の頭についている耳や尻尾を交互に見ながら、オロオロと瞠若しはじめる。



「あの、すみません、獣人さん。蛆虫はどこでしょうか?」

「知らん」



 というか、蛆虫とか言われてわかるわけないだろ。



「それより、なんだお前ら? ジャッジは他人の逢引きを盗み見る趣味でもあるのか?」

「ふぁ!? あ、あいびぃ!?」



 ぶわっとシラトリの顔が真っ赤になる。



「あっ、あっ、あいびきって、アレですよね!? エッチなことを隠れてごにょごにょ……こっ、こっこっこっ、こうぜんエッチざいは死刑で──」

「シラトリさん、流石にそれは無理がありますってば」



 後ろから別のジャッジに腕を引っ張られるシラトリ。



「すぐに他の道を探しましょう。きっとどこかに隠れたんですよ」

「えええいっ! あの蛆虫め! 生意気にも頭だけは回るようですねっ! 急いで蛆虫を追いかけますよ、みなさんっ!」



 シラトリの命令に踵を返すジャッジたち。


 ただ、シラトリ本人だけは、何度もちらちらとこっちを盗み見ていた。


 エッチは死刑だとか言っておきながら、そういうことに興味があるらしい。


 やっぱりあいつ──お子様だな。



「うぅ……ト、トーマ……?」



 ジャッジがいなくなると同時に、ミリネアがかすれるような声を出す。


 すぐ目の前にミリネアの顔があることに気づき、パッと距離を取った。



「あ、わ、悪い」

「う、ううん……大丈夫」



 こっちもこっちで、頬を赤く染めてしまっている。


 それっぽい雰囲気を出しただけで、実際にキスをしたわけではないのだが、まぁ、恥ずかしいよな。



「か、顔が爆発するかと思った……」

「すまん。これしか方法がなくて」

「き、きき、気にしないで。ジャッジも騙せたみたいだし、結果オーライだよね。っていうか──」



 じっと俺の顔を覗き込むミリネア。



「な、何だ?」

「えへへ、トーマの獣人姿って、可愛いね」

「……っ」



 これが俺の考えたアイデアだった。


 リロイを獣人にしたように、俺の種族を獣人にしてカムフラージュしたのだ。


 しかし、こうもあっさり騙せるとは。


 獣人と言っても人間に近い顔立ちもあれば獣のような顔立ちもあるのだが、幸運にも、俺の獣人顔は後者なのかもしれない。



「なるほど。トーマが獣人になるとそういう顔になるのか」

「いや、この顔は俺の顔じゃなくて、斡旋人の顔だからな?」

「……あっ、そうか」



 鏡を見ていないので、自分がどんな顔になっているのかわからんが、尻尾を見る限りミリネアと同じ猫系の獣人になったのだろう。


 というか、色々なニオイがするな。


 嗅覚が敏感になったのかもしれない。


 これはこれで、色々なことに使えるかもしれないな。


 ──と、そんなことはどうでもよくて。



「とりあえず馬車へ戻ろう。シラトリたちは俺を探しているはずだし、さっさとここを離れたほうがいい」

「そうだね。早くセナさんの店に行こう。そこで元の顔に戻れるんだよね?」

「ああ。セナに協力してもらって、斡旋人を拘束している」



 俺の顔はカインにコピーしているから、元に戻すことができる。



「そっか……」



 だが、ミリネアはなんだか浮かない表情。


 え? なんでそんな顔?



「どうした? なにか気になることでも?」

「えっ!? あ、いや……なんでもないよ。ただ、その、トーマの素顔をね?」

「素顔? ああ……」



 馬車で話していた、俺の顔を見たいという話か。


 こんな状況でそこが気になるって、ミリネアってば案外肝が座っているんだな。


 というか、そんなに俺の素顔を見たいのか?


 良くわからないが、これは喜んで良い……のだろうか?



「安心しろミリネア。俺の顔は拝ませてやる」

「……えっ?」



 びっくりしたような顔。



「まぁ、すぐにとはいかんが……おいおいな」

「……うん。それでいいよ。えへへ、ありがと」



 嬉しそうに肩をすくめるミリネア。


 そうして俺は、ふたたびミリネアの手を引いて、路地裏を歩き始めた。



 

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