第21話 アンピプテラ(1)

 俺が推測していたとおり、崩落した遺跡の壁を抜けた先には地下河川が流れていた。山脈地帯の雨水が地下水になって流れているのだろう。


 かなりの年月流れているのか、地下河川はかなりの大きさになっていた。

 巨大な川の両側はラムズデールの大通りくらいの広さがある。


 そして──その広大な河岸に、巨大な黒い蛇がとぐろを巻いていた。



「いました。あれがアンピプテラです」



 そっとミリネアが耳打ちしてきた。


 だが、暗くて良く見えない。

 辺りは真っ暗で、光源と言ったら周囲に生えているぼんやりと光るヒカリゴケくらいしかない。こんな中で見えているなんて、獣人は夜目が利くのかもしれないな。


 しかし、と暗闇を見ながら思う。

 ここで戦闘をすることになるのなら、暗闇に目を慣れさせたほうがいいかもしれないな。

 こちらの位置がバレてしまうかもしれないし、腰のランタンは消しておくべきか。


「ミリネア。腰のランタンを消してくれ。目を暗闇に慣れさせる」

「わかりました」


 ランタンを消してしばらくすると、目が暗闇に慣れてきたのかアンピプテラがぼんやりと見えてきた。


 まだら模様の黒い肌。

 巨大な顔には2本の鋭い牙が見えている。


 しかし、かなりのデカさだな。


 牛どころかドラゴンでも余裕で丸呑みできそうだ。



「よし、行こう」



 そっと剣を抜き、ゆっくりとアンピプテラに近づいていく。


 音を立てないよう、慎重に。


 蛇は耳が退化しているが、体の表面で周囲の振動を敏感にキャッチすると聞いたことがある。

 できればこちらの存在に気づかれる前に一撃を加えたいところなのだが──。



「……っ!?」



 しかし、あと数メートルほどの距離まで迫ったとき、突然アンピプテラが、ぬうっと顔を上げた。


 咄嗟に足を止めるが、ばっちり目が合ってしまう。


 これは気づかれたか?


 だが、アンピプテラは微動だにしない。


 もしかして、こっちの姿が見えていないのかもしれない。

 蛇は耳だけじゃなくて目も悪いって言うし──。



「キシャアアアアッ!」

「……っ!?」



 甲高い雄叫びが、周囲の空気を震わせる。


 どうやら、しっかりと補足されていたみたいだ。



「くそ! やるぞミリネア!」

「は、はは、はいっ!」



 アンピプテラまで数メートル。

 この距離だと巨大なアンピプテラが圧倒的に有利だが、ヤツ懐に飛び込めばこちらのチャンスだ。


 一気に距離を縮めれば問題ない。


 そう考え、駆け出した瞬間だった。

 アンピプテラは頭を天井近くまで上げ、地面に向かって何かを吐き出した。


 毒々しい赤紫色をした霧──。



「……っ!? まずい! 毒霧だ!」

「う、ひゃっ!?」



 とっさに反転し、ミリネアの体を抱きかかえるとその場から大きく飛び退いた。


 刹那、先程まで俺たちがいた場所が、赤紫色の毒霧の中に沈む。


 危なかった。

 あのまま突っ込んでいたら、ふたりともやられていたかもしれない。



「あ、あのっ……トーマさん……っ」



 と、かき消えそうなミリネアの声。



「お、おお、おろして……っ」

「……あ、すまない」



 緊急事態だったとはいえ、お姫様抱っこの形で抱えてしまっていた。


 そっとミリネアを地面におろしたが、彼女の尻尾はパンパンに膨れ上がっている。

 これは怒らせてしまったかもしれない。



「すまない。いきなり抱きかかえてしまった」

「いっ、いえ……こちらこそ助けて頂いてありがとうございます。ちょっとドキドキしちゃいました……」

「え? 何だって?」

「なっ、なんでもありません! そんなことよりも、はい! アンピプテラに集中しましょう! ね!? ほら!」



 真っ赤になった顔で、ビシッとアンピプテラを指さすミリネア。


 俺たちが離れてしまったからか、またとぐろを巻いている。


 だが、ヤツの周りには危険な赤紫色の霧が滞留したままだ。



「……どうします? あの霧が晴れるのを待ちますか?」

「いや。このまま行く。どうせまた毒霧を吐かれるだろうからな」

「でも、あの霧の中に入るのは──」

「俺ひとりでいく。すまないがミリネアはここで待っていてくれ」

「えっ!? ひ、ひとりで!?」



 ミリネアがぎょっとした顔をする。



「何か考えがあるんですか?」

「ああ。ダンジョンラットから【毒耐性】スキルを奪っておいたんだ。それを使えば、しばらくはあの毒霧も耐えられると思う」



 念のため奪っておいてよかった。


 このスキルがあれば、なんとか行けるはずだ。



「ミリネアは他のモンスターに警戒しておいて欲しい。この状況でアラクネに横槍を入れられたらひとたまりもないからな」

「わ、わかりました。他のモンスターは私にまかせてください」

「頼む」



 ミリネアにアラクネ対策用のランタンの燃料を渡して、再び剣を構える。 


 アンピプテラを前に、鼓動が早くなっているのがはっきりとわかった。


 【毒耐性】があると頭で理解していても、あの毒霧の中に突っ込むのは勇気がいる。


 それに、毒を無効化できたとしても、あの巨大なアンピプテラと戦うのは俺ひとり。はっきり言って、怖い。


 ──だが、ここで逃げるわけにはいかない。


 意を決して、ゆっくりとアンピプテラへと近づいていく。


 一歩。また一歩。


 先程と同じように、一定の距離に近づいた瞬間、アンピプテラは再び起き上がってブレス攻撃をしかけてきた。


 濃い赤紫の霧が、視界いっぱいに広がる。



「……くっ」



 【毒耐性】のお陰かなんとかしのげてはいるが、全身が痺れるように痛い。


 これは間違いなくダメージを受けている。


 だが、こちらには【毒耐性】の他にも【体力自動回復】スキルがある。ダメージと相殺できているはずだ。



「とは言え、こんな場所でのんびりするつもりはないがな」



 すぐさま別のスキルを発動させる。


 【毒耐性】と一緒にダンジョンラットから奪った【軽足】だ。



《移動速度が10%加速しました》 



 アナウンスが聞こえると同時に、一気にアンピプテラとの距離を詰める。


 急に加速したからか、モンスターは反応できていない。


 このまま一気に片付けてやる。


 そう考えて、全力で斬りつけたのだが──。



「……くっ!?」



 まるで鉄の塊を殴りつけたような衝撃。


 アンピプテラの表皮には、傷ひとつついていなかった。


 筋力30オーバーの力でも無理だとは。

 明らかにこれまで戦ってきたモンスターとはレベルが違う。


 ステータスを確認して、戦略を練ったほうが良いかもしれないな。



―――――――――――――――――――

 名前:シャトレス・レナギス

 種族:アンピプテラ

 性別:メス

 年齢:93

 レベル:65

 HP:6530/6530

 MP:0/0

 SP:500/500

 筋力:95

 知力:54

 俊敏力:80

 持久力:120

 スキル:【トキシックブレス】【アシッドブレス】【魔眼】【テイルアタック】【防御力強化(大)】【体力強化(大)】【SP強化(大)】

 容姿:シャトレス・レナギス

―――――――――――――――――――



「……こりゃすごい」



 ついひとりごちてしまった。


 ステータス値、スキルともに桁違い。

 流石はCランクモンスターだ。


 ゴブリンロードとは比べものにならないくらいの強敵。



「ふふ……ふふふ」



 しかし、そんな相手を前にしても、つい笑みがこぼれてしまった。


 確かにアンピプテラは強敵。


 だが──このステータスは、宝の山だ。

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