第40話 獣人オークション(3)

 狭い廊下に黒服を着た男たちが集まってくる。


 ざっと数えて前方に10人、後方に8人ほど。


 全員が同じ黒服を着ている。


 彼らの手元は良く見えないが、魔晶石の指輪をつけている人間もいるはず。


 ジャンが使っていたものと同等のスキルを所持していたら苦戦は必至だろう。


 さて、どうするか。


 獣人の女性たちを守りながら黒服たちを全員倒すのはちょっと現実的じゃない。


 正面の扉の向こうにある階段を登れば外に出られるし、ここは強引に押し通るほうがいいかもしれないな。



「ど、どうするの、トーマ?」



 そっとミリネアが尋ねてくる。



「バカ正直に戦いを挑むのは避ける」



 俺は腰からアロンダイトを抜き、ミリネアに渡す。



「ミリネアはその剣を使って、獣人たちを守ってくれないか?」

「わ、わかった。けど、トーマは?」

「俺は前のやつらを排除して退路を確保する。俺が合図を出したら、彼女たちを連れて全速力であのドアに走れ」



 ミリネアの身体能力とアロンダイトの力があれば、時間稼ぎくらいはできるはずだろう。


 その時間を使って、ドアの前に立ちふさがる黒服たちを倒す。



「おい、カインの偽物」



 声をかけてきたのは、カインの知り合いらしき男。



「お前、トーマ……とか言ったか? ジャッジがどうしてここに?」

「さぁね。あんたに教えるつもりはないよ」

「……そうかい」



 そう答えると、男は引きつった笑みを浮かべる。



「どうやってカインの姿になったのかわからねぇが……半殺しにして全部吐かせればいいだけだ」



 男が手を挙げると、黒服たちがこちらに向かって歩きはじめた。



「【レインメーカー】」

「【岩鉄硬拳】」



 前方の黒服たちが何かのスキルを発動させた。 


 だが、一体どんな能力なのかはわからない。


 出し惜しみ無くスキルを使って、一気に勝負を決めるつもりなのだろう。


 このまま突っ込んでもいいが、相手の能力がわからないまま取っ組み合いをするのは得策ではない。



「……【トキシックブレス】!」



 即座にスキルを発動させた。


 瞬間、赤紫の霧が俺の前方に広がる。


 このスキルは秒間10の毒ダメージを与えるものだが、黒服の連中にダメージを与えるために放ったものではない。


 視界を遮って、安全に彼らに接近するため。

 ミリネアたちがいる後方には流れていないので、彼女の邪魔をすることはないはず。



「……行くぞっ!」



 霧の中に突っ込む。


 毒霧でひるんでいる男のひとりに触れ【解析】を発動した。


 本当なら、全員一気にやりたいところだが、複数の対象を同時に【不正侵入】すると気を失う可能性があるからな。


 少し時間がかかるが、ひとりづつだ。



「ハッ! 何をやりてぇのか知らねぇが、こんな毒霧──」



 と、隣の男の顔を見て、ギョッと目を丸くした。



「な、何だ!? なんで──なんで、カインがふたりいる!?」



 男の隣に立っていたのは、俺と同じカインの姿をした黒服。



「お前こそ、その顔……あの男と同じだぞ!?」

「……な、なんだと!?」



 次々と黒服たちの中に混乱が広まっていく。


 よし、うまくいった。


 触れた男全員をハッキングして、容姿を俺と同じカインに変えてやったのだ。


 【トキシックブレス】で視界が悪くなっていることもあって、本物の俺を見つけるのは難しいはず。


 今なら切り抜けることができる。



「……ミリネア!」



 背後で黒服と対峙しているミリネアに合図を出した。



「行くぞ! このまま切り抜ける!」

「……っ! わかった! みんな行きますよっ!」



 ミリネアたちがこちらに走ってくる。


 彼女たちの前に黒服のひとり立ちふさがったが、【痛撃】スキルを発動させ、蹴り飛ばした。


 これで障害はなくなった。


 あとはあのドアを開ければ──。


 と、振り向いたときだった。 



「小賢しい真似をしてくれるじゃないか。ジャッジ」

「……っ!?」



 俺の背後に誰かが立っていた。


 ひとりは立派な髭をたくわえた商人風の男。


 もうひとりは、中肉中背の黒服。


 ヤバい。


 この距離は危険だ。


 そう考えて距離を取ろうとしたが──間髪入れず、黒服の蹴りが放たれる。



「……ぐっ」



 咄嗟に両手でガードしたが、蹴られた場所がジンジンと痛い。


 相当なダメージを食らったかもしれない。


 こいつ、相当強いな。



「よくも商売をじゃましてくれましたね」



 そう言ったのは、商人風の男。



「……あんたは」

「私がこのオークションのオーナーですよ」



 髭をさすりながら、男が片頬を釣り上げる。


 なるほど。こいつがフランとかいう奴隷商人か。



「トーマ……大丈夫?」



 背後からミリネアが声をかけてきた。



「ああ、なんとかな」

「この剣を使って」



 ミリネアが差し出してきたのは、アロンダイト。


 彼女もあの黒服の強さを肌で感じたのかもしれない。


 しかし、と黒服の男を見て思う。


 他の男たちと比べて体のサイズは小さいが、ただならぬ空気を放っている。


 冷酷な目からは感情が全く見えない。


 それに、髪の色は俺と同じ黒。


 この世界に黒髪の人間はいない。


 つまりこいつは──。 



「あんた、転移者か?」

「そうだ。俺の名前はキサラギ。元Aランク冒険者だ」

「……っ!?」



 Aランクだと?


 元とはいえ、そんな高ランク冒険者に会うのは初めてだ。


 どおりでヤバい空気を放っているはずだ。


 さらに指にはいくつか魔晶石の指輪もつけている。


 少なく見積もっても3個以上のスキルを持っていておかしくない。


 これまでにない強敵だが、臆する必要はない。


 こっちも【不正侵入】スキルで相当強くなっている。


 元Aランクの冒険者だろうと、遅れを取ることはないはず。


 先手必勝。


 一体どんなスキルを使わせる前に、仕留めて終わらせる。


 【軽足】スキルを発動させ、俺はキサラギに飛びかかった。

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