第39話 獣人オークション(2)

 やはりミリネアは奴隷商に連れ去られていたのか。


 今すぐステージに行って、司会者をぶちのめして彼女を助け出してやりたかったが、その衝動をぐっと堪える。


 当初の予定通り、金の力でミリネアを救出する。



「……20万」



 会場から声があがった。


 入札したのは、きらびやかな衣服を身にまとった、貴族っぽい男だ。


 小太りしていて、ミリネアを見て舌なめずりをしている。


 変態野郎め。


 俺はすかさず手をあげる。



「30万」

「ここまで全商品を落札された方からの30万が入りました。ふふ、相当獣人がお好きなご様子ですね?」



 司会者の言葉に会場から軽い笑い声があがる。


 獣人が好きなのはお前らだろ。



「さぁ、他に入札される方はいらっしゃいますか?」

「35万」



 小太り貴族の声。


 即座に上乗せする。



「50万」

「……っ!?」



 ちらりと見ると、小太りの貴族は悔しそうにこちらを睨んでいた。



「そちらのお方、いかがなさいますか?」

「ぐ、ぐぬぬ……は、80万だっ!」

「おおお」



 会場からどよめきがあがる。


 それを聞いて、小太り貴族は勝ち誇ったかのようなドヤ顔。


 これまでの獣人が5万程度で落札されていたことを考えると、桁違いだ。


 だが、残念だったな。


 こっちの予算はその程度じゃないんだ。


 全額投入してやるよ。



「400万」

「……っ!? よんひゃ!?」

「おおおおお!」



 会場から今日一番の歓声があがった。


 80万でギリギリって感じだったからな。これでもう終わりだろう。


 小太りの貴族は悔しそうに指を噛んでいたが、やがて諦めたように椅子の背もたれに体を預けた。



「それではそちらの御方が落札です。おめでとうございます」



 会場から拍手が起きる。


 こんなことで称賛されても全く嬉しくないが、軽く手をあげて応えておいた。


 ミリネアを最後にオークションは閉会。


 しばらくして受付に立っていた女性がやってきて、隣の部屋へと案内された。


 そこで待っていたのは、俺が落札した獣人の女性たち。


 その中にミリネアの姿もあった。


 ここで商品の引き渡しってわけだ。



「すまないが馬車を用意できるか?」

「かしこまりました。ご用意できましたらお声がけいたします」

「ああ、頼む」



 できるだけ見られたくないからな。


 馬車で西区に行って、獣人たちの保護をセナにお願いしよう。


 ──と、その前にミリネアに声をかけておくか。


 かなり不安になっているだろうしな。



「ミリネア」

「……」



 声をかけたが、ミリネアはうつむいたまま悲しそうな顔をしている。


 どうしたんだと不思議に思って、別人の姿になっていたことを思い出す。



「ああ、悪い。俺だ。トーマだ」

「……えっ?」



 ミリネアはしばしキョトンとした顔をしていたが、すぐに破顔する。



「トト、ト、トーマさん!?」

「ああ、そうだ。スキルで顔を変えているが俺だ。キミを助けに来た」

「……っ!」



 一瞬、不安げな顔をしたミリネアだったが、すぐに大粒の涙をこぼし始める。


 いきなり泣き始めるなんてびっくりしてしまった。 


 どうしようとしばし考えて、仕方なく軽く抱きしめてやった。

 こういうのは苦手だが、ミリネアのためだ。



「もう、大丈夫だ」

「あ、あ、ありがとう……ございます。ぐすっ」

「馬車の準備が出来次第、急いでここから出るぞ。西区に向かう」

「は、はいっ」



 他の獣人たちにも事情を説明し、西区のセナの店に向かうことを伝えた。


 商品として買われて絶望していた彼女たちも、ミリネアと同じように泣いて喜び、何度も感謝の言葉を口にした。


 事情を聞けば、彼女たちはラムズデールの外から連れてこられたらしい。


 セナたちはそういった獣人を故郷に帰す活動もしているようなので、きっと彼女たちもすぐに親御さんの元に戻れるだろう。



「お待たせしました」



 部屋でしばらく待っていると、受付の女性が部屋にやってきた。


 どうやら、俺の馬車の準備ができたらしい。


 受付の女性と一緒に、ミリネアと他の獣人たちを連れて部屋を出る。


 廊下を通って階段に。


 もう少しでここから出られる。


 ──そう思ったときだった。



「おい」



 不意に肩を掴まれた。



「ちょっと待てカイン。なんだその女どもは?」



 俺の肩を掴んできたのは、会場の入り口で会ったカインの知り合いの黒服だ。


 ああ、畜生。

 タイミングが悪すぎだろ。



「まさかお前、オークションに参加してたのか? ウソだろ? 金がねぇって、俺に借りたばっかりじゃねぇか?」

「こ、これは……」



 マズいマズい。

 完全に疑われてしまっている。


 何か良い切り返しはないか。



「……失礼ですが、ご身分を改めさせていただきます」



 まごまごしていると、受付の女性が訝しげな視線を向けてきた。


 彼女が取り出したのは、小さな水晶。

 カインが持っていたものと同じヤツだ。


 黒服の男が俺の腕を掴み、強引に水晶の上に手のひらを乗せる。


 やばい。今の俺の名前は、トーマのままで──。



「ジャ……ジャッジ!?」



 女性が目を丸くすると同時に、黒服の男が水晶をひったくる。


 その顔がみるみる驚愕の色に変わっていく。



「トーマ!? お前……カインじゃねぇのか!? どういうことだ!?」

「……くそ」



 こんなことになるなら、カインの名前も奪っておくべきだったか。


 俺がトーマだということをミリネアに証明するために、名前だけは変えていなかったが、完全に仇になった。


 

「全員集まれ! ジャッジだ! ジャッジがオークションに紛れ込んでやがる!」



 そんな俺の後悔をあざ笑うかのように、黒い制服を着た連中が、わらわらと集まってきた。


 ざっと数えて10名以上。

 振り返れば、背後からも黒服たちが来ている。


 一体何人いるんだこいつら。



「トト、トーマ!? どど、どうするの!?」

「……仕方ない。不本意だが、少々手荒にいく」



 ひとりひとり相手をするのは無理。

 だとしたら、強引に押し通るしかない。


 だが安心しろミリネア。 


 キミは絶対、ここから無事に連れ出してやる。

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