第38話 獣人オークション(1)

 灯台下暗しとは良く言ったものだ。


 奴隷オークションが行われていたのは、公安隊の本部がある北地区……大きな商会の会館や国の役所などがある区画だった。


 そんな場所で堂々と違法な人身売買が行われているなんて驚きだが、こんな場所で犯罪が行われているわけがない……という先入観が、こういう輩をのさばらせているのかもしれない。



「いらっしゃい」



 扉を開けると、紳士風の男が声をかけてきた。


 俺が入ったのは、おしゃれなカフェだった。


 店内はシックで落ち着いた雰囲気があり、品の良さそうな客が午後のひとときを楽しんでいた。


 どうやらこの店の地下でオークションが開かれているらしい。


 合言葉はたしか──。



「『兎狩り』の会場に行きたい」

「……こちらにどうぞ」



 カフェの店主が、店の奥にある階段にむかう。


 絨毯が敷かれた階段を降りていくと、黒塗りの扉がひとつ。


 その前に、倉庫街で襲ってきたジャンと同じ黒い制服を着た男が立っていた。


 ジャンと似た巨躯の男だ。


 その指には、彼と同じように魔晶石がはめられた指輪をつけていた。


 ジャンがつけていたあの魔晶石の指輪は頂いてきたが、今はポケットの中にしまってある。


 そういうところから正体がバレてしまうかもしれないからな。



「……よぉ、カイン」



 俺をみるやいなや、男は嬉しそうに声をかけてきた。



「お前が会場に来るなんてめずらしいじゃねぇか。どうした?」

「俺が許可を出したヤツらのことが気になってな。騒ぎを起こされたら俺の評判がガタ落ちになるだろ」

「確かにな。だが安心しろ、全員良客だ」

「良かった。中を見てきてもいいか?」

「ああ、もちろん良いぜ」



 そう言って男は黒い扉を開ける。


 ここがフランという奴隷商が経営しているという、オークション会場。


 フランは王国の大きな街にこういった会場を持っていて、商品を仕入れては街を転々としてオークションを開いているのだという。


 それを教えてくれたのは、顔をコピーさせてもらったカインだ。


 【不正侵入】を使って、カインの容姿と俺の容姿を入れ替えたのだが、彼は今、セナの店で監禁されている。


 セナを巻き込むのは気が引けたが、ミリネアを助けるために協力してくれないかと頼んだところ、二つ返事で了承してくれたのだ。


 セナは「西地区の獣人総出でオークション会場を襲おうか?」なんて物騒なことを申し出てくれたが、丁重に断った。


 そんなことをしたら、ジャッジが押し寄せてくるからな。


 ここは穏便に。


 ミリネアを助けて、静かにお暇するのが得策だ。


 扉をくぐると、美しい絵画が飾られている廊下が続いていた。


 そこを歩いて、オークションの受付に向かう。 


 しかし、と豪華な装飾を施された廊下を見て改めて思う。


 街の治安を守る公安のお膝元にこんな場所を作って違法な人身売買をやっているなんて驚きだな。


 フランという奴隷商がすごいのか。


 それとも、公安の上層部が腐りきっているのか。


 公安のお偉いさんもオークションに参加しているというし、裏ではズブズブなんだろうな。


 なんだか腹が立ってきたぞ。


 言いがかりをつけてすぐ逮捕するくせに、こういう犯罪行為は見逃すなんて。


 大人しくしていようと思ったが、大暴れてしてミリネア以外の獣人たちも助けるか? 


 だが、そんなことをしたらルシールさんたちに迷惑がかかってしまうからな。



「……だったら正攻法で全員助けようか」



 なにせ、こっちには【不正侵入】スキルがある。


 手荒い方法を使わなくても、いくらでもやりようはある。



「いらっしゃいませ」



 受付に立つ女性がうやうやしく頭を下げた。


 表の男はカインと顔見知りのようだったので、受付でも声をかけられるかと思ったが、どうやらこの女性はカインの顔を知らないようだな。


 ということは、黒い制服を着た連中と関わりがあるのかもしれないな。


 フランの用心棒か金で雇った傭兵……というところか。



「オークションに参加したいのだが」

「参加費は30000ライムです」



 べらぼうに高いな。


 参加するだけで30000ライムも取られるなんて、さすがは上流階級御用達のオークションだ。



「台帳からいいか?」

「承ります」



 カバンの中から銀行台帳を取り出す。


 女性に渡すと同時に、受付カウンターに置かれていた奴隷商の台帳に一瞬触れてハッキングした。



「……ご参加ありがとうございます。こちらにどうぞ」

「ああ」



 女性に連れられ、さらに奥の部屋に。


 受付を離れてから、こっそりステータス画面を開き、奴隷商の台帳から残高をすべて自分の口座に移した。


 これが全てというわけではないだろうが、残高は450万ライムほどあった。


 よし。これを使って、ここにいる獣人たちを買って助け出してやる。 



「こちらでオークション開始までしばらくお待ち下さい」

「ありがとう」



 オークション会場は、さらに地下にある大広間だった。


 大理石で作られた壁に、巨大なシャンデリア。


 どこぞの宮殿のような美しい見た目で、実に厳かな空気が流れているが──ここで今から行われるのは、品性のかけらもない人身売買。


 まったくもって、反吐が出る。


 ずらりと並べられた席はほとんどが埋まっていた。


 ほとんどの人間が仮面をつけて顔を隠している。顔をさらけ出して違法行為をする勇気はないらしい。


 しばらく椅子に腰掛けて待っていると、フロックコートを着た男性が現れた。



「大変お待たせいたしました。只今より、競売を始めさせていただきます」



 いよいよオークションが始まるらしい。


 ステージの幕が開けられ、黒服が幾人かの獣人を連れてくる。


 全員が若い女性。

 食事もまともに与えられていないのか、やせ細ってしまっている。


 俺はステージに上げられた獣人全員を入札していった。


 だいたいひとり5万ライムほど。


 合計10人の獣人を落札したが、まだまだ残高には余裕がある。



「……それでは本日最後の競売に参りましょう」


 

 司会の男がにこやかに続ける。



「最後は、近年稀に見る美しさを持つすばらしい商品です」

「おお……」

 


 黒服が連れてきたのは、銀髪のくせっ毛に透き通った白い肌の獣人。



「……ミリネア」



 奴隷であることを示す首輪がつけられている彼女の姿を見た瞬間、俺の拳に自然と力が入った。

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