第36話 魔晶石の指輪
リロイに教えてもらった倉庫にやってきた。
話ではここで奴隷のオークションが開かれているということなのだが……どうも様子がおかしい。
レンガ造りの倉庫の周辺には人っ子一人おらず、静まり返っていたのだ。
オークションに参加しているのは富裕層だと言っていたが、馬車は止まっていないし、オークションが開かれている雰囲気などどこにもない。
もしかして──騙されたか?
「……あの男をネズミにしたのは失敗だったか」
戻ってリロイに本当の場所を吐かせようにも、この街でネズミになったあいつを見つけるのは不可能だろう。
これは情報の集め直しか。
クソ、一刻も早くミリネアを助けないといけないのに。
「……おい」
背後から声をかけられた。
振り向いた俺の目に写ったのは、ひとりの男。
年齢は40代くらいだろうか。
商人風の綺麗な服装だが、口元の無精髭が客商売をしていないことを物語っている。
「あんた、希望者か?」
「……え?」
希望者? 何のことだ?
「チッ、違うのか。今の言葉は忘れな」
「おい待て。あんた……オークションの関係者なのか?」
立ち去ろうとしていた男にあわてて駆け寄る。
「ここで獣人のオークションが開かれていると聞いて来た。何か知っているか?」
「なんだよ。希望者か。だったら始めからそう言えよ」
男は口の端を釣り上げ、続ける。
「俺は斡旋人のカインだ」
「斡旋人……?」
「ああ。オークション会場はここじゃない。参加できる一般人は俺に認められた人間……つまり、俺の紹介者だけだ」
男が顎で合図を送る。
すると、倉庫の影から黒い制服のようなものを着た巨躯の男が現れた。
黒い服──と言えばジャッジだが、デザインが違う。
どこかの組織に所属している人間か?
「その水晶に手をかざしな」
黒い制服の男が手のひらサイズの水晶を手にしていたカバンの中から取り出した。
一体何をさせるのか分からないが、ここは言われたとおりにやるべきか。
俺は警戒しつつも、水晶の上に手のひらをかざす。
「……これでいいか?」
「ああ、もう離していいぞ。これでお前が誰なのかが分かって──」
と、水晶を覗き込んだカインの顔が、一瞬で青ざめる。
「ジャ、ジャッジ!?」
「……え?」
「ちょっと待て! トーマ・マモル……てめぇ、ジャッジじゃねぇか!?」
一気に周囲の空気が張り詰める。
ああ、なるほど。
あの水晶で俺の素性を調べるためのものだったのか。
俺の名前だけじゃなく、どこの組織に所属しているかの参照もされるのだろう。多分、転移者が作ったシステムだ。
しかし、マズったな。
トーマの名前はジャッジに登録されたままだったか。
公安隊の大物がオークションに参加していると聞いたが、ジャッジはお断りなのか?
「ああ、クソ! ジャッジにバレるなんてめんどくせぇな!」
吐き捨てるようにカインが続ける。
「おい! ジャン、その男を殺っちまえ!」
「……承知した」
ジャンと呼ばれた黒い制服の巨漢は、水晶をカインに渡すと猛然とこちらに詰め寄ってきた。
こいつ、ここでやるつもりか。
だが、見たところ転移者ではない。
つまり、スキルが使えない人間ってことだ。
「……いいのか? 俺は転移者だぞ?」
「だから何だ」
ジャンは全く気にする様子もなく、身構える。
そして──。
「【マキシマムブースト】、【エナジーチャージ】」
「……っ!?」
ジャンの体が一瞬、赤く発光する。
そのまま身を捻って力を溜め──。
「……ぬんっ!」
凄まじいスピードで俺めがけて拳を振り下ろす。
嫌な予感がして咄嗟に一歩下がって正解だった。
男の拳が地面にめり込み、凄まじい衝撃が放たれる。
「お、お前」
ごくりと息を飲んでしまった。
「今、スキルを使ったのか!?」
まさかと思ったが、今の体の発光にこの力──間違いなくスキルを使った。
だが、この世界でスキルを使えるのは転移者とモンスター、それに、一部の亜人だけのはず。
この男は、どこからどうみてもただの人間。
「ケッケッケ、バカが!」
カインの下品な笑い声が響く。
「スキルが転移者の専売特許だった時代はもう終わったんだよ!」
「……何?」
一体どういうことだ?
まさか、現地人もスキルが使えるようになった?
だが、リロイはスキルを覚えているような素振りはなかったし、そんな話は聞いたことがない。
だとすると、リロイが使っていた筋力増強剤と似たようなものでスキルを取得したか、もしくはそういう魔導具が──。
「ん?」
と、ジャンの指にキラリと光るものがあった。
宝石がついている3つの指輪だ。
不思議に思ったのは、ジャンはアクセサリーをつけるような見た目じゃなかったからだ。どちらかというと、そういうものは毛嫌いするような雰囲気がある。
なのに、あんな派手な指輪をしている。
「なるほど。秘密はその指輪か」
「……っ!?」
カインが目を丸くした。
どうやら正解だったみたいだな。
「良くわかったな転移者」
ジャンが冷ややかな声で言う。
「こいつはモンスターの魔晶石で作られた指輪だ。ひとつ数百万ライムする超高級魔導具だが……」
「……っ!」
ジャンが一気に間合いを詰めてくる。
回避行動を取ろうとしたが、間に合わない。
ジャンの左ジャブが襲ってくる。
咄嗟にガードしたが、凄まじい衝撃でふっとばされてしまった。
「……くっ」
「誰でも転移者並みの力を手に入れられる」
まるで岩に亀裂が入ったように、ジャンが笑みを浮かべる。
凄まじい力だ。
あんな力で殴られたら、さすがにひとたまりもない。
丁度触れられたし、【解析】で作戦を練るべきか。
―――――――――――――――――――
名前:ジャン・エドモンド
種族:人間
性別:男
年齢:34
レベル:29
HP:950/950
MP:30/30
SP:40/40
筋力:23
知力:13
俊敏力:14
持久力:20
スキル:【マキシマムブースト】【エナジーチャージ】【ファランクス】
容姿:ジャン・エドモンド
状態:なし
―――――――――――――――――――
なかなかのステータス。
それに、見たことがないアクティブスキルを持っているな。
どんな能力か調べたいところだが、そんな時間はなさそうだ。
全部奪取して使えなくさせれば問題はない。
と思ったのだが──。
《対象スキルを操作できません》
「……む?」
どういうことだ?
なぜ奪取できない?
アナウンスを聞く限り、SPが足りないわけではなさそうだが。
対象に触れて【解析】を出しているわけだし、ちゃんと【不正侵入】スキルの対象に──。
「……待てよ。対象に触れていないんじゃないか?」
そうだ。
スキルを使えるのはこの男だが、スキルを所持しているのは男ではなく指輪。
男はスキルを借りているだけ。
つまり、あの指輪に触れなければ、操作は無理。
「だったら、操作するのはステータスだ」
筋力を改ざんしてマイナスに。
これでリロイのときのように、攻撃が自分に跳ね返ってくるはずだ。
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